2015年04月27日

駐屯地モニターの委嘱式に着ていった着物

H27.4.29追記
コメント欄で教えていただいたのですが、
今回の着物の柄は「南天柄」でした。
ばっちり古典柄でしたm( )m
「南天=難を転じる」という意味を持つ
吉祥柄だそうで、まさに、
自衛隊の式典にはぴったりだったようです*^^*

先日の記事
の番外編であります。
駐屯地モニターの委嘱式に着ていった着物の話。

着物は、虫襖(むしあお)色の江戸小紋にしました。
「虫襖(むしあお)」という色はあまり聞きなれませんが
日本の伝統色で「玉虫の羽の色」という意味だそうです。
とりあえず、自分の手持ちの着物の中で一番
陸上自衛隊のイメージに近い色を選んで、
「国防に当たる方々への敬意」を表してみました^^

帯は亀甲柄の、箔をあしらった名古屋帯。
格やおめでたさを漂わせつつ質実剛健な雰囲気で、
こういった式の場にはふさわしいだろうと思い選びました。

帯揚は、着物と帯がやや重い感じになったので
軽さと華やかさがあるクリーム×ピンクのものを。
帯締は、さわやかな春らしさを加えたかったので
晴れた青空のようにクリアな水色にしました。

組み合わせると、こんな感じです。

2015042616001400.jpg

なんとなく制服っぽいような、ストイックな雰囲気です^^

こちらの画像↓では、着物の柄を拡大してみました。

IMG_20150426_155602.jpg

ご覧のとおり虫襖色は、深くて柔らかい青緑色で
肌の色に合いさえすれば、年代を問わず長く着られそうです。
落ち着いた中間色なので、いろいろな帯とも合わせやすく、
何かと重宝しております^^

なお江戸小紋には、御留柄のような
由緒正しい古い文様もたくさんありますが、
これはそういうタイプの文様ではないようです。
どうも、何かの植物の実と葉をあしらった文様のようで
江戸小紋の中では割とカジュアルなタイプかと思われます。

ちなみに、この江戸小紋は無紋です。
今回は式典も含んだイベントだったので
一つ紋の色無地の方がいいだろうかと迷ったのですが
紋入りの着物を着ていくほどガチガチに格式ばった場でも
ないような気がしたので、こちらの無紋の江戸小紋にしました。


そして、参考までに…^^
委嘱式で撮影した写真の一部をご紹介します。

IMG_20150425_230341.jpg

いかんせん、顔かくしの処理がちょっと個性的過ぎて
謎の秘密クラブみたいになってしまいましたが(笑)
いかがでしょうか?着物の人なりに
精一杯健闘(?)して、
自衛官の方々の中に
微妙に溶け込んでみました\(^o^)/


「えっ…?着物の人が、自衛官の方々に
あえて溶け込む必要はないのでは…?」


という全国の護国紳士&護国乙女のツッコミは
ア〜アア〜、キコエナイ〜〜〜〜♪
とりあえず自分としては、この組み合わせで
よかった…と思い、満足しております(^◇^)


余談ですが、私は、子供のころからどうしても
スーツという衣服を好きになれませんでした。

「スーツ着用必須!の仕事にだけは就きたくない」
と思い、なんとかスーツを免れつつ今日に至りますがw
「きちんとした格好」を求められる場面は
年齢を重ねるにつれ、どんどん増えてきます。

そんな風に追い詰められていく中で(汗)
着物があるということは、本当にありがたいのです。

その場に合った着物をきちんと着さえすれば
スーツの人の中にいても決して見劣りしませんし
失礼にも当たらないのですから、私のような者にとっては
ぴかぴか(新しい)朗報ぴかぴか(新しい)以外の何ものでもありません!

それに、なんといっても日本人ですので
体型とTPOに合った着付けさえできれば
必ず着物が似合うはずですし、
日本人は洋服より着物の方が
絶対に立派で、素敵に見えるはず!

とも思っております\(^o^)/♪


日本には、着物という素晴らしい衣服があるのに
着物を活用している人があまりにも少ないので
淋しいしもったいない(´・ω・`)…とつねづね思っています。
ですから自分は、人前に出る機会があれば
なるべく着物を着て行くようにしています。

私一人が張り切って着物を着たところで
いきなり世の中が変わるとは思いませんが、
それでも、着物を着ている私を見た人の中で
誰か一人でも「着物を着よう」と思うかもしれない。

誰か一人のきっかけになれたら御の字だ…

そう思って着物を選んで着ていますし、
こういう着物の記事も
そういう思いの延長線上で書いています^^


着物が好きで、楽しんで喜んで着ている
自分のような者がウロチョロ(笑)することで
「着物もなかなか楽しそうだなあ」
「自分も着物を着てみようかなあ」
と思ってくれる人が一人でも増えたら…と願っています。
そしていずれ、時代劇の世界だけではなく
この現代日本の風景の中で、老若男女が着物を着て
楽しげに行きかう様子を目にしたいと夢見ております。


ということで、これからも着物の話をいたしましょう(*´▽`*)ノ

posted by はなうた at 20:55| Comment(6) | TrackBack(0) | 着物の話をいたしましょう | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月26日

平成27年度 旭川駐屯地モニターになりました

神様、仏様、ご先祖様や皆様のご縁をいただきまして
「平成27年度 旭川駐屯地モニター」に
選んでいただきました(^人^)

駐屯地モニター」という言葉は
私は今年に入って初めて聞いたのですが、
調べてみますと、全国の駐屯地で採用されている
とても有名な制度でした。

駐屯地モニターの任務とは、
市民との親睦や交流を図るために
駐屯地が企画する各種行事等に参加して、

気づいた点や要望を伝えることだそう。
それらの意見を受けて駐屯地の方々は、
行事内容の改善を図るとのことでした。

「モニターをやってみませんか」というお声掛けは
今年2月頃、お電話でいただきました。
「光栄です。ぜひやってみたいです」とお伝えして
正式選考を経て、めでたく選んでいただけたのでした^^

モニターの選考基準はよくわからないのですが
おそらく私の場合は…昨年のヘリ搭乗体験
自衛隊の広報の方に感想を求められた際に
郷土愛を含めたアツい意見をとうとうと語ったことが
選考のきっかけになったのかな…?
と推測しております^^;

まあそんなこんなで、先日
モニター委嘱式及び委嘱会議に出席してきました\(^o^)/

委嘱式の服装には決まりはありますか?と伺うと
「特にありませんが、ジャケット着用で…」とのこと。

「委嘱式がどんなものかは分からないけれど
なんといっても自衛隊が主催する式典だし、
正式な書面で案内をいただいたのだから
場としての格式は高いだろうなあ。
敬意を払って、それなりの格好で行こう(`・ω・´)」

と考えて、着物で行くことにしました。

どんな着物を着ていったかについては
後日の別記事で詳しく取り上げることといたしまして、
今回の記事では委嘱式のことをご報告します^^

委嘱式当日は、午前10時30分に受付が始まりました。

駐屯地内の司令庁部という建物に案内されて
入門証に貼り付ける顔写真を撮影してもらってから
委嘱式が行われる会議室へと通されました。

旭川駐屯地モニターの顔ぶれを拝見すると、
とりあえず今年度は、私が一番若輩者のようでした。
そしてどの方も、きちんとした格好でいらしていたので
「あぁ、着物を着てきてよかった。地味だけれど
それなりに格のある着物にしたから、人前でも
不安な思いをしなくて済んだよ〜。よかったよ〜」
と胸をなでおろしました(*´Д`)=3

そして、11時きっかりから委嘱式がスタート。
駐屯地司令の陸将補の方から、とても立派な
委嘱状を授与されました。こちらです↓

委嘱状.jpg

「これは、額に入れて部屋に飾ろう(`・ω・´)!」
と思いました。改めて見ても身が引き締まります。

そして、駐屯地司令の方々のご挨拶を経て式典は終了。
自衛隊の方々とモニターの方々とで記念撮影をしました。

記念撮影後は、食堂に移動して会食。お昼ご飯です。
メニューは駐屯地の食堂でも圧倒的人気を誇るという
背脂をじっくり煮込んだ特製ラーメン(濃厚!美味!)、そして
麦入りご飯、中華風冷奴、ナタデココ入りヨーグルトでした。
食後にはホットコーヒーを出していただきましたが
これまた薫り高いもので、美味しくいただきました。

ラーメン.jpg 

ラーメンにトッピングするモヤシやうずらの卵、豚肉は
こんな風に↑別皿に盛られて出てきましたよ^^

ちなみに旭川駐屯地の食堂で、ラーメンと並んで
人気のメニューはカレーだそうです。そのカレーも、
「パンチの効いたオヤジ味☆」の「北鎮カレー」と
「ほっと優しい、おふくろの味♪」の「大雪カレー」の
二種類があるということでした。
土地を反映したメニューの名前といい、
味のバラエティがあることといい、素敵✨と思いました。

「北鎮カレー」は、北鎮記念館メモリアルショップ内で
レトルトのお土産カレーとして販売されていて
「発売以来好評で、なかなか売れ行きが良いのですよ」
と、自衛官の方が誇らしそうにお話してくださいました。
私も以前「北鎮カレー」を買って食べてみましたが
レトルトなのに、大きな具がごろんと入っていて
ガツンとスパイシーで、うまみが濃厚でした。
自衛官の方曰く「本物は、さらに美味しいですよ(`・ω・´)」
とのことでしたので、いつか本物を食べる機会にも
恵まれるといいな…と思っております♪

この会食の場では、自衛官の方々やモニターの方々が
それぞれ自己紹介をしていきました。
同席されていた自衛官は、皆様とても紳士的で穏やかで
温かみがあり、お蔭様でリラックスして過ごせました。
前述のように、私は着物を着て行ったのですが
「転ばないように」とものすごくご配慮をいただきました(汗)。
ちょっとした疑問にも、とても丁寧にお答えいただきましたし
言葉や気遣いにも細やかさやプロ意識が感じられて
「さすがだなあ」としみじみして、おもてなしを受けました。

一方の私はといいますと、自己紹介がグダグダな感じに…。
「自分のような若輩者を選んでいただいたことに対して
しっかり感謝の気持ちを表明すればよかった…_| ̄|〇」
と落ち込みましたが、今さら落ち込んでも仕方ない〜。
選んでいただけて光栄です、ありがとうございます、の気持ちは
今後のモニター活動を通してその都度表現していこう、と
気持ちを新たにしたのでした💡


会食の後は、北鎮記念館の見学です。
現役自衛官の方がガイドとしてついてくださり
約1時間ほどかけて、館内をじっくり見て回りました。

私自身、北鎮記念館は大好きで何度も訪れていますが
少し見ない間に新しい図表が追加されていたり
展示物が増えていたりして「おお、改善されている!」と
驚いたことがこれまでに何度もありました。

ガイドの内容も、人によって少しずつ違いますし
そもそもの情報量が多いので、何回聞いても勉強になります。
この日も、メモも何も見ずに1時間ひたすら説明し続ける
自衛官ガイドの方に感動して、モニターさん達が口々に
「すごいねえ」「よくそんなに覚えられるねえ」と
褒めたたえていらっしゃいました^^
私も、解説を聞くたびに本当にすごいなあと思います。
さすが自衛官の方だけあって、練度です!
練度が高いのであります!素晴らしいことです\(ΘДΘ)/

見学の後は委嘱会議。駐屯地モニターの概要が説明され、
質疑応答を経て、そして解散、という運びでありました。


余談ですが、私のお世話をしてくださった自衛官の方が
なんと北鎮太鼓の演奏と指導に長年携わってこられた方で
北鎮太鼓の歴史をいろいろと教えていただけました。

北鎮太鼓は、昭和45(1970)年に設立されたということ、
設立時はメンバーが3人だけだったこと。
一番人数の多いときは20人以上いたけれど
現在のメンバーは15人弱ということでした。

音楽演奏を仕事として行う第二音楽隊とは違って、
北鎮太鼓のメンバーの方々は一般の自衛官です。
ですから、休日などを利用して練習に励んだり
演奏に出かけたりするのだそうです。
そしてメンバーの多くは、遊びたい盛りの若者達だけれど
「聞いてくれる人が喜ぶ太鼓演奏をしたい」という思いで
貴重な自由時間を北鎮太鼓に注いでおられるそうです。

演奏の素晴らしさやかっこよさもさることながら
そういう若者達の純粋な思いから成り立っていることも
素晴らしいなあと思うので、私は北鎮太鼓のファンなのです。
ずっと北鎮太鼓が続いて行ってほしいなあと思いますし
この先も応援し続けるつもりです\(^o^)/

今年5月に、旭川市民文化会館で行われる「音楽まつり」では
旭川実業高校の生徒達と第二音楽隊と北鎮太鼓が
一堂に会して合奏する企画があるそうです。
自衛官と学生では、合同練習する時間の都合が
なかなかつかず、難しいことも多いそうですが
第二音楽隊と北鎮太鼓と地元の学生が
一緒に演奏をするなんて、とても素敵な企画ですから
個人的に非常に楽しみにしています(*´▽`*)💓


…という感じで、これから約1年、駐屯地モニターとして
新しく知ったことや皆様にシェアしたいことを
ブログ記事の中で、少しずつご紹介してまいります。
自衛隊ファンの方もそうでない方も「なるほど〜」と
楽しく読める記事を書きたいと思っております。
どうぞよろしくお願い申し上げます。

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posted by はなうた at 14:44| Comment(2) | TrackBack(0) | 駐屯地モニター日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月22日

「子供のおままごと」に見る、丁寧で優しい言葉の効用(尋常小学校教科書<大正世代> 国語 巻二 掲載)

久しぶりのアップとなります、
「尋常小学校の国語を学ぼう」
シリーズの最新号であります^^

私の持っている尋常小学校の国語の教科書
(原版ではなく復刻版ですが)の中から、
「この題材は皆様と一緒に読みたいなあ」
と感銘を受けたものをピックアップして
少しずつご紹介しています。

戦前、日本の教育界の最高峰にいた人達が
どのような情熱を燃やしていたのか、
当時の教科書を探ることで
垣間見えてくるのでは…と思っているのです^^

今回の記事も前回同様、現代仮名遣いの表記や
注釈は入れずに、原文と挿絵のみでお送りします。
旧仮名遣いの柔らかい語感と、
カタカナ表記のクラシックな味わいを
どうぞお楽しみください^^♪


***************************

二 オキヤクアソビ

オハナ ト オチヨ ガ 
オキヤクアソビ ヲ シテ ヰマス。

オチヨ ガ オキヤク ニ ナツテ キマシタ。

IMG_20150419_124642.jpg

「ゴメン クダサイ。」

「オチヨ サン デス カ、ヨク イラツシヤイマシタ。」

オハナ ハ オチヨ ヲ ザシキ ヘ トホシテ、
オチヤ ト オクワシ ヲ ダシマシタ。

IMG_20150419_124552.jpg


「ドウゾ オアガリ クダサイ。」

「アリガタウ ゴザイマス。」

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小さな子ども同士なのに、ご挨拶からお礼まで
とてもきちんとした言葉で会話しています。

幼い女の子達が、こんな綺麗な言葉を遣って
真剣に、熱心におままごとをしていたら…
想像するだけでも愛らしく、心和む光景ですね^^
そして、普通の子供同士のやり取りのはずですのに
なんというか、とても「うるわしい」感じもします。

丁寧で優しい言葉遣いは、それだけで
人の心をほっと和ませるものですね*^^*

テレビやラジオや雑誌の中では、
「くだけた」というレベルをとうに通り越した
「こわれた」日本語を遣う人がたくさん登場しますが
私達は、あの人達の真似をする必要はないのです。

美しい日本の言葉を愛する者の一人としましては
できるだけ丁寧で優しい言葉を遣いたいですし、
丁寧で優しい言葉遣いを「良いなあかわいい」と感じる心を
ずっと大切にしていきたいと思っております(ΘДΘ)/♪


ちなみに、この尋常小学校の教科書の制作時期からは
やや下がりますが、昭和初期(戦前)の日本を撮影した
貴重なカラーフィルムがあるのをご存知でしょうか。
Youtubeで、そのフィルムの内容を見ることができます。





尋常小学校の教科書の女の子達とも重なるような
たおやかでうるわしき日本女性の様子が
たっぷりと映し出されています。
参考までに、ぜひご覧ください^^


そして本日の最後となりますが、
尋常小学校の教科書に載っていた
小さな詩を一遍、載せておきます。
調べてみたところ、これは尋常小学校唱歌の一つで
「菊の花」という歌の歌詞のようです。


***************************


ミゴトニ サイタ
カキネ ノ コギク、
一ツ トリタイ、
キイロナ ハナ ヲ、
ヘイタイアソビ ノ クンシヤウ ニ。」

ミゴトニ サイタ
カキネ ノ コギク、
一ツ トリタイ、
マツシロナ ハナ ヲ、
ママゴトアソビ ノ ゴチソウ ニ。」

***************************

垣根に咲いている黄色い小菊を、
兵隊遊びの勲章にする…

この歌は、今まで聞いたことはありませんでしたし
そういった遊びをしたこともありませんでしたが
歌の中の光景をイメージしたときに、
どことなく懐かしい気がしたのはなぜでしょうか。
そして、そんな風に感じるのは私だけでしょうか?^^

「日本」の意識の中に蓄えられてきた思い出の数々が、
こういう詩やお話や絵を通して
自分の中に甦るような気がするのは、
なんとも不思議なことであると同時に
とても嬉しく、楽しいことであります。



posted by はなうた at 20:43| Comment(4) | TrackBack(0) | 尋常小学校の国語を学ぼう | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月18日

昔の硯箱を手紙箱や化粧箱に活用/北方領土入り北海道のビールグラス(SAPPORO)/旭日旗のような可愛い平皿

先日は、久しぶりにのんびりと休日を過ごしました。

自分の楽しみのためだけに
ざっくりした紬の着物を着て、半幅帯を締めて、
よい香りのするミルクティーを入れて
書きたい文章を書くということが
私という人間にとっては一番の幸せで、
とてもありがたいことなのです。

しみじみとありがたいことがあるときはいつも
「神様、仏様、ご先祖様、英霊の皆様のお蔭だね」
と思います(*´▽`*)
そして、感謝の気持ちを持つということは
身も心も柔らかく整える幸せの魔法のようだ…
とも感じたのでありました(Θ人Θ)


さて、本日の本題に入ります。
本日から、ブログ主待望(笑)の新シリーズ
「お気に入りの MADE IN JAPAN」を始めます^^

尊敬する友人の一人・雪風様が以前ブログで
日本製品について、ほとばしる愛を持って
素敵な記事を書かれていたのを拝読して
「おお、いいなあ〜。私も自分のお気に入りの
日本製品のことを書いてみたいなあ」
と思ったことが、シリーズ開始のきっかけとなりました。

ということで、ご縁があって
私の手元に来てくれた日本製品を
これから少しずつ紹介していきます。
どうぞよろしくお願いしますm( )m


********************

数か月前のことです。

私が「中道先生」と呼び、お世話になっている
保守の師匠のところに遊びに伺うと
「あなたにこれを見せようと思っていたんだよね
古い硯箱を出して、見せてくださいました。

硯箱とは、筆や硯や墨などを入れておくための箱です。
材質は、どうやらプラスチックのようでしたが
蓋の表には細かい彫りが施されて重厚な雰囲気でした。
持った感じもしっかりしていて、大変よい感じでした。

2015040119031000.jpg

そして、蓋の裏を見てみますと
そこには思いがけない文字が刻まれていたのです。

2015040119053500.jpg

まず小さい箱の蓋の裏には、なんと!

「明治 開道 百年記念 
北海道護国神社」

との銘が!また大きい箱の裏には
第二師団の部隊章とともに

第二師団創立
第二十五周年

旭川駐とん地(ママ)開庁
第二十三周年記念」


と銘記されていました。

ここで書かれている「開道」とは、
おそらく「北海道を開拓する」という意味で
間違いないと思います。

「開道」の年については諸説あるようですが
だいたい昭和43年(1968年)をもって
「開道百年」とされているようですので、
小さい方の硯箱は今から37年前に
作られたことになるのでしょうか。

また第二師団は、平成27年(2015年)をもって
創立65周年となりますので、
大きい方の硯箱は今から40年前に
作られたことになります。

かくして、こんなテカテカした顔→(Φ∀Φ*)で
硯箱に見入る私を、師匠はしばらくウムウム…
という感じで静かに見ておられましたが、
「こういうものは、自分のような古い人間よりも
あなたのような若い人が持って活用した方が
いいと思うんだ…」おっしゃり、なんと二つとも!
気前よく譲ってくださったのでした。
ありがたいことです(u人u)


さて、硯箱を自宅に持ち帰り
中性洗剤で洗って、乾かして綺麗に拭いたわけですが
本来の用途である「硯箱」としては
私はちょっと使わないかなあと思いました。

硯箱は、小さなものを既に一つ持っていますし
そもそも何個も必要なものではないからです。

かといって、使わずありがたく仕舞い込んでしまうのも
なんだか違う気がするし…どうしたらいいかな(`・ω・´)?
と考えた結果

小さい方は化粧箱として、
大きい方は手紙箱として

活用することにしました。

というわけで。小さい方は、こんな感じです^^

2015040118592500.jpg

細筆を入れるための右側の細い仕切りのスペースには
ちょうどアイブロウペンシルやアイライナーが収まりました。

上側の墨を入れるスペースには、綿棒やヘアピンや
爪ヤスリ、まゆ毛カット用の小さなハサミを置きました。

そして硯を置く広いスペースには、チークブラシや
クリーム、マスカラやベビーパウダーを入れました。

このような使い方は、もしも年配の方がご覧になったら
ぎょっとするような使い方かもしれませんが
個人的には、箱の蓋を持ち上げるたびに
わが町旭川のすがすがしい護国神社の社殿や
英霊の皆様のことが思い浮かび、
なんだかピシッとした気持ちになれるのです。
そしてそのピシッとした気持ちをキープしながら
鏡台の前で朝晩のおつくりをしております(`・ω・´)ぴかぴか(新しい)


そして、こちらが大きい方の硯箱。

IMG_20150412_175646.jpg

こちらには、手ぬぐいやハンカチのやり取りを通じて
いただいた、お礼のお手紙を入れています。

以前は、いただいたお手紙は
机の引き出しの一角にまとめて入れていたのですが
このように立派な居場所ができますと
お手紙もホッとくつろいだように見えますし
私としても、よかったなあと思っております(*´ω`*)


さらに、上の硯箱とともに師匠からは
併せてビールグラスも譲っていただきました。

こちらは、サッポロクラシックの記念品として
作られたビールグラスのようですが、なんと珍しく
北海道の隣に北方領土を描いているのです。

2015040119002200.jpg

私は、お酒はほとんど飲まないのですが
たまに嬉しいことがあると、このグラスを出してきて
ビール(主にノンアルコールw)を入れて、いただいいます
(ちなみに手前に写っているのは、お友達が送ってくれた
心尽くしのおいしい梅干しです。R様、どうもありがとう!!)。

サッポロビールの前身は「開拓使麦酒醸造所」といいまして
もともとは官制のビール工場だったそうです。

また、有名な五稜星のマークも当時から使われていて、
今のサッポロビールに受け継がれたそうです(というお話は
北鎮記念館の解説の方から教えていただきました^^)。

ですから、サッポロビールといえば、私にとっては!
由緒正しき!歴史ゆかしい!北海道のビールメーカー!!!
というイメージがあり、思い入れもひとしおなのです\(^o^)/

なお!我らが北方領土が
日本に返還された暁には!

もちろん、このビールグラスを出してきて
盛大にお祝いするつもりですよー揺れるハート


そして、本日最後のご紹介となりますのが、こちらのお皿。


2015040119024500.jpg

これは、古道具屋さんの片隅で埃をかぶっていた50円のお皿です。

真ん中には菊が描かれ、そこから放射線が引かれています。
私はこれを見た瞬間「旭日旗?!」「OH、日本!」と興奮(笑)、
喜び勇んで購入したのでした^O^

これも、何に使ったらよいだろうとしばらく考えていたのですが
鏡台の上に置いて、頻繁に使う口紅やネックレスなどを置く
アクセサリートレイとして活用しています。

2015040119095700.jpg

こまごまとしたものは、いくら整然と並べて置いたつもりでも
ゴチャゴチャとして見えてしまいがちですが
お皿の上に置くと、なんとなく格好が着くから不思議です(笑)

こんな風に、自分の好きなものを自分の好きなように使って
楽しく暮らしております*^^*


今回ご紹介したモノは、いずれも長い長い日本の歴史という
礎なくしては生まれ得なかったモノばかりで、
私にとってはとても貴重な宝物です。

そして、長い長い歴史という礎があるからこそ
日本の文化は豊かで、質が高くて奥行きがあって、
その素晴らしさが海外からも愛され絶賛されるのでしょう。

ところが、日本の文化が絶賛されれればされるほど
そのことをうとましく思う勢力もあるわけです。
現代においてはその勢力は主に「I AM NO.1★」の国と
「チューカ思想」の国の後方でチョロチョロ糸を引いています。

日本の素晴らしさは本物だから
国境を越えて人々に感動や気づきを与えてしまう。
日本という国がある限り、自分達はいつまで経っても
本当の意味での一番にはなれない。
というか日本を放っておけば、自分たちの地位が危うくなる。

憎い。妬ましい。うらやましい。許せない。

自分達が確実に一番になるためには
日本は必ず壊さなければならない。
そうだ、日本を壊して日本人を骨抜きにして、
私達が奴隷よろしく日本を使ってやろう。

…という彼らの、ものすごく陰険で精巧な策が功を奏して
めちゃくちゃのグダグダの骨抜きにさせられたのが
今の日本と日本人ですね。彼らが仕掛けた破壊の呪いは
強烈であり、今日に至るまで国内外で、日本にまつわる
残念な事象を目にすることが多いのも事実です。

とはいえ、そんな腐りかけたような状況下(汗)でも
大和魂をけなげに持ち続けている人達が
意外と多くいることも、また事実なのです。
さすが、皇紀2675年の日本は
ちょっとやそっとでは壊されることはない、
すごいものだなあと改めて感動します。

大和魂や志のある人達のお蔭で
私も何とか日本の素晴らしさに気づくことができ、
この素晴らしさを次代に受け継ぎたいと
微力ながらも思うようになりました(人)
今では「日本の素晴らしさに気づけてよかった」
としみじみ嬉しいですし、安心もしていますし、
日本人として生きているんだという実感が
自分の幸せの源の一つとなっています*^^*


私達、戦後生まれの日本人は
「新しいモノは古いモノより優れている」
「見たこともないモノの方がカッコイイ」
「昔からあるモノはすべてダサい」
「日本製よりも外国製の方が本物だしオシャレ」

と思い込まされてきました。
けれども、そうやって無視したり軽視したりしてきた
日本のモノを再評価することこそが、
日本人が精神的に立ち直っていくためには
とても大切なプロセスなのでは?と感じてます。

ということで、このシリーズでは
自分の身近にある日本の古いモノを拾い上げて
こつこつとアップし、感じたことを書き連ねたり
褒めたたえていこうかな、と考えています('◇')ゞ




posted by はなうた at 19:20| Comment(2) | TrackBack(0) | お気に入りの MADE IN JAPAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月14日

2015年 統一地方選挙(前半戦)の結果から感じたこと

統一地方選挙(前半戦)が終了しました。

拙ブログでも応援していた高橋はるみ知事
みごと再選されましたが、札幌市長選では
本間奈々候補が、あえなく落選。
さらには札幌市民や日本人、そして「本物の」
アイヌ系日本人の名誉のために頑張ってこられた
金子快之札幌市議も市議選で落選しました。

札幌市の保守の有権者の皆様は、この結果に
さぞ落胆されたことと思います。私も落ち込みました。

けれども、こういった結果にため息をつくようなことも
今年がきっと最後になるはず…と私は考えています。
なぜならマスコミの反日的な報道の姿勢が
変わらざるを得ない状況まで来ているからです。
たとえばこの記事は2ちゃんねるのまとめですが
内容はなかなか信憑性がある、と私は思っています。
参考までに、どうぞご一読を……^^


思えば、これまで、
私達一般の日本人にできることといえば
たとえばこういうことでありました。



投票するぬこ.png


こちらは、ミセバヤ様が先日
拙ブログのコメント欄に貼ってくださった
2ちゃんねるのaa(アスキーアート)です。
とても可愛くて、私も大好きなaaなのですが
このぬこの思いにシンクロするたびに涙が出ます。
特に一番下の、後ろ向きのぬこの表情を想像すると
あまりにも泣けて顔がぐしゃぐしゃになりますw

今までの私達は、このaaのぬこ、そのものでした。

日本を取り巻く事実を知って、驚いて、
悔しくて悲しくて、先人達に申し訳なくて…

知ったことを周りの人達に伝えようとしたけれど、
伝えることに一生懸命になればなるほど
周りの人達は引いていきましたね。
そして私達の立つ瀬は、なくなっていきました。

仕方がないから、せめて私達の日本が
これ以上「日本でないもの」に奪われないように、
選挙に行って、一番マシな立候補者を選んで
自分の一票を投じるしかなかったですね。

そして、情報を知れば知るほど口は悪くなり(笑)
精神的にも殺伐としていったものでした(笑)(笑)


けれども、そんな風になってでも闘い続けてきたことは
結果的には正しかったのだ、と私は感じています。
といいますのも、先日ふと思ったのですが…

大東亜戦争や、それよりも前の戦争で
日本のために闘って亡くなった日本の英霊が
もし今の時代に、日本人として生まれ変わっていたら…
英霊の皆様は絶対に、私達のような
ゴリゴリのネトウヨになっているはず!w


英霊が今の日本に生まれ変わっていたら、というか
「日本に生まれ変わるなら今だよね!\(^o^)/オギャー」
的に、超やる気満々で生まれていたとしたら…ww

日本を取り巻く状況が、たとえどれだけ不利に見えようとも
苦しかろうとも一人ぼっちだろうとも、決して心折れず!
いやいやいや!何度折れようとも、しぶとく立ち上がっては
ネットやリアルの草の根的活動を通して
日本を護ってきたに違いない!だって英霊だもの\(^o^)/

なんだか話がずれてしまいましたが(汗)
日本を思う気持ちから日本を護ることが
間違っているはずがない!
英霊の皆様だって、同じように行動したはずなのだから!
と改めて感じた次第でした。


ちなみに、戦後の日本を護ってきたのは
決して憲法9条なんかではありませんよね。

逆に憲法9条があるからこそ
北方領土は占領されたままですし
竹島も、韓国に李承晩ラインを勝手に引かれたままですし
海保の船は、中国船から攻撃されっぱなしですし
尖閣上空には国籍不明()の飛行機が我が物顔で飛びますし
私達は、拉致被害者をいまだ北朝鮮から奪還できていません。

すべては憲法9条に代表される
未熟で狭量な花畑思想の呪縛から生まれた苦しみです。

まあそれはさておき、
本当の意味で日本を護ってきたのは
上のaaのぬこみたいな健気でまじめな人達とか、
最期の最期まで日本を護った英霊の魂とか、
その魂の気高さに触れて共鳴した志ある人達だと思っています。

そういう人達が、日本という国の持つ価値を理解し、
自らのたった一つの命と引き換えにしてでも
必死に手を伸ばして日本を支えてきたからこそ
今の日本があるのだ、と私は感じています。

そして、そのことを覚えてさえいれば、
私達日本人が恐怖や諦めや悲しみによって
この目を閉じてしまうなんてことは決して、ない!はず!!!

このところ、反日勢力や売国奴の断末魔がやたらと
うっとおしく聞こえてきますが(早く7月9日にな〜れ♪)、
どんなことがあったとしても、しっかりとこの目を見開いて
日本があるべき姿を取り戻していくプロセス
見つめ続けていこうと思っています。




posted by はなうた at 18:05| Comment(2) | TrackBack(0) | 護国ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする