2015年12月10日

適切な歴史教育により、「北海道人」や「日本人」としての根っこを得た子供達の感想文(後編)

こんばんは〜。

先日のコメントで、あるもさんが
北海道産のお米「ゆめぴりか」を召し上がっている、
というお話をされていて、嬉しくなりました。
実は私も「ゆめぴりか」派なのです。

「ゆめぴりか」はなんといっても「もち米かな?」と思うほど
つやと粘りがあって、冷めても甘みがしっかりあるので、
お弁当に持って行ってもご飯の美味さがしっかり感じられる
すばらしい品種だと絶賛しています。
(ちなみに私は、お米はヘイワの超重い圧力鍋でガス炊きしています。
たまに外食で白米を食べる機会がありますが、どの店のご飯を食べても
「やっぱりうちで炊いたご飯が一番おいしい!」と頷いています(ドヤッ)

四季の移り変わりや景色が綺麗で、
水や空気が美味しい上に、
採れるお米は全国的に見ても高品質だなんて、
旭川は本当に豊かで恵まれた町ですよね…*^^*

旭川の持っている素質や魅力をもっともっと伸ばしていって、
町としてより輝かせていきたいな〜、と夢見ている今日この頃です。


さて、今回は先日の記事の続編です。
「適切な歴史教育により、
「北海道人」や「日本人」としての根っこを得た
子供達の感想文」の後編として、
中学生の子達が書いた素敵な作文をご紹介します。


本日の書籍
『旭川屯田100年史』
 編集 旭川屯田会
     100年史編集委員会
 出版 須田出版

******************************

東旭川開基100年にあたって
   旭川中学校 1年1組 ○○ ○○

「開基100年」この言葉、今だからこそ
一言で言うことができる言葉です。

明治23年この地に旭川がおかれ、
次いで明治25年から
屯田兵の人達の努力と
苦労が100歳の東旭川となって

現在ここにあるのです。

私は、13歳。まだ13年間しかこの旭川を知りません。

私の知る旭川、この地にしてみれば、
スタートが見える、
ほんの少しにすぎないのかもしれません。

しかし、そんな東旭川開基100年も、
次代へ伝えるための
開基100年にすぎないのです。
この旭川が誕生して100年。この100年間には
時代の進歩と共にさまざまな発展があったのです。
私が知るのは確実に、今のことが多いはずです。

私には、祖父と祖母がいます。
時々、昔の畑仕事のことや
家畜の話を聞きます。
話の内容は、手順、農具や、
その頃困ったことなどで、
今と比較してみると、昔は、
手作業が多く、
電力や燃料を使うものが少なかった、

というより、なかったということがわかりました。

今なら、機械化が進み、ほとんどが、
機会や石油などを使っている。

ということがあげられるでしょう。話をきいて感じたことは
「屯田兵の人達がこの地にたどりついた時、機械もなく、
木を一本倒すのもきっと、たくさんの人達の努力があったからで、
水田や畑を造るのも、大変だったろうな」と感じました。

この旭川には「兵村記念館」があります。みなさんも1度は、
見たり、聞いたりしたことがあると思います。
私は、その兵村記念館を、1度だけ見学したことがあります。
それは、小学校の時に授業で学年全体で行った時でした。

見慣れた建物ですが、中に入ってみると、思っていたより
たくさんの写真、道具がここ東旭川の歴史を物語っていました。
中でも、開拓当時の写真と、生活の中での道具が印象に残りました。

なぜ開拓当時の写真が印象に残ったか。というとやはり、
今とはちがう、景色や背景の中で
すべて第一歩から始めていく
人の苦労が見えて、
今の旭川があるのは、この頃の人達が
木を一本一本切り倒し、
無数の荒れ地を鍬で耕してこの地を

切り拓いてくれたおかげでもあるのだなと思ったからです。

また、なぜ生活の中での道具が印象に残ったかというと、
今のような技術がなかった昔、屯田兵の人達がどのように
生活していたか。ということに興味があったからです。

現在の生活では欠かすことのできない物でも、当時には
ありませんでした。あたり前のことですが、現在の人に
「生活してみてください」というとやはり無理だと思うのです。

時代や場所によって慣れた生活もありますが、
もし、
電気のない生活をすることになると、
困ることもたくさんあると思います。

昔なら当然のことでも現在なら無理、また、逆なことでも
同じことがいえるでしょう。

このようなことは、昔から現在へ、時代と共に
発展があったことの
証拠であり、
特に印象に残った道具の理由(わけ)でもあるのです。


このように「開基100年」といっても、
多くの人達の努力があったように、
たくさんの発展もあり、
それを受け継いだ私達も大切な役目を
果たしているのです。
しかし、私達にはこれから、何年もかけて

やりとげていかなくてはいけない役目が残っています。
それは、次代へ伝えるということです。
祖先から受け継ぎ、子孫に伝える、このことこそ、私達人間の
最大の役目だと思います。

「開基100年」確かに多くの人が歩んだ足跡であり、これから200年、
300年と切り開いていかなくてはいけない道であると思います。


東旭川開基100年について
   旭川中学校 1年 ○○ ○○

平成2年になると同時に旭川市開基100年と言う言葉や字が
耳や目に入りました。今年は、旭川市の記念すべき年であることを、
誰もが知っていることです。

一口に「100年」と言うのは、実に簡単であると思います。
100年前は、まだ私たちが生まれていない、また、私の父母、
そして祖父母までも生まれていないのです。

こういった、長い年月の間には、いろいろな行事や
明暗な事があったでしょう。私たちの住んでいる東旭川には、
そのような昔の物を、大切に保管する、「旭川兵村記念館」や、
「屯田兵屋」があります。

「旭川市兵村記念館」には、屯田兵資料、1,200点。
その豊富さは全道一。「屯田兵屋」は、現存する道内唯一の
貴重な建物なのだそうです。
兵村記念館には、昔の書物や地図、お金や食器類が
使いこなされた姿で展示され、かんろく十分でした。
この、記念館などがあるからこそ、私たちは、昔の出来事がわかり、
大変良い物だと思います。

また、兵村記念館の近くにある、「ハルニレの木」は、全国で
ベスト10位に選ばれたもので、360年も、動かずに、私たち、
そして、この町を見守って来ました。
入植する時には、ササや大木があったり、食物に関しても、あわ、
大豆、小豆、とうもろこしなどの穀類などが中心だったそうです。

100年たった今、水道、電気、ガス、全ての事がなに不自由なく、
生活できるのは、昔の人々の苦労のおかげです。
私は1度、旭川のどまん中の上空から、旭川を
見下ろしてみたいと思っています。どのように見えるか、楽しみです。

旭川はとても良い所だと思います。海などの被害も与えられないし、
大きな地しんだって、めったに来ない所だからです。
旭川に生まれたのだから、この旭川で、一生暮す事を望みます。
これからも、旭川のたくさんの行事などにも参加させてもらい、
旭川のことを、今まで以上に勉強して、
旭川の役に立つことをしたいと思っています。


屯田兵について
   旭中 3年3組 ○○ ○○

旭川開基100年ということで、
この旭川を開拓した屯田兵について
調べてみようと思い、
兵村記念館へと足を運びました。

私はまず、受付の所にいたおばさんに、
屯田兵について聞こうと思い
声をかけました。すると、
「資料がないので、パンフレットだけあげますよ。」

といって集めてくれました。

家に帰ってこのパンフレットを見てみると、
記念館の中の説明しか
書いていなくて、
屯田兵のことについては、なにも書いてありませんでした。

わたしは、せっかく行ったのに、がっかりしました。
そこで、
家にあった「東旭川町史」という本を参考に調べました。

本によると、原半左ヱ門という人が100人を率いて
蝦夷地に来てから
約30年で、屯田兵として移住した戸数は
全体で7,337戸、人数は
3万911人にも及んだということです。

屯田兵応募資格は、17歳以上
25歳未満で
身長が150センチ以上の兵農の経験がある人にかぎられ、

採用された人は、愛媛、香川、京都、大分県の出身者が多く、
平民が主だった。それ以外には、特権を失ってなれない商売に失敗した
士族から採用した。そのため、営農には不利であり、殖産の実績が
挙がらなかった。
それなら、士族から採用しなくてもよいのではないだろうかと思った。

採用された人々には、「移住心得」といわれるきまりが示された。
それには、1戸に対して5人しか住めず、荷物は1戸につき8箱以内で、
屯田兵になったからには、再び帰郷できないで
北海道に骨を埋める覚悟で
なけらばならないと定められていました。
死ぬまでその家にいるのに
荷物8箱では少なすぎるような気がしました。

本を調べていくと、びっくりしたことがありました。
私たちの通っている
旭川中学校附近は密林地帯だったということです。
ここを練兵場にしていたことは、知っていたのですが密林地帯については
はっきりとは知りませんでした。よく考えてみると、だから大きな木が
たくさんあるんだなぁということがわかりました。
それにしてみると、グランドに木がないのがすごいと思いました。
屯田兵の人々が木を切りたおしたのでしょう。私が屯田兵の1人だったら、
きっとこんなつらい仕事はできないと思います。

屯田兵初期の農業は、鋤(すき)と鍬(くわ)と鎌しか与えられないで
営農しなければならないというのである。屯田兵はまず、
鍬と鎌で開墾し、そこに種子をまき、麦類を収穫した、これで初めて
営農する自信を得たのである。密林地帯を切り開いて
物を収穫できた時のよろこびはおもってもみなかったことだろう。

それからというもの農業は、いろいろな分野で発達した。
まずは上川管内の養蚕地帯として士別などがあげられた。
始めのころ密林や荒れ地だった所が、収穫できるようになるためには、
普通の努力ではいけないと思いました。
このように、屯田兵の人々のおかげで、今私たちは
幸せな生活を送っています。
屯田兵の人々に感謝しなければならないと思います。


******************************

前編の記事でご紹介した小学校の子達の感想文では、
屯田兵の人達は苦労していてすごい、よく働いていて尊敬する、
という意見が多く見られ、いじらしくて非常に微笑ましいものでした。
今回の中学生の子達の感想からも、同じ尊敬の念は伝わってきますが
「これは、さすが中学生!小学生と違うところだなあ」と私が感じたのは

「100年続いたこの町のすばらしい歴史を、
私達が200年、300年先まで伝えていく役目を担っている」

と彼らなりにしっかりと感じているところです。

郷土の歴史を学ぶことを通して感じる
「ご先祖様達が〜〜してくれてうれしい、ありがとう」

という素朴な感謝の気持ちの先には、
「自分は何をすればこのご恩のお返しができるのだろうか?」
という精神的な前進と模索・実現の段階が待っていると私は考えています。

自分なりの「ご恩返し」を見つけて実践することで、私達は本当の意味で、
愛する郷土に根を下ろし大きく成長していくことができるのではないでしょうか。

そして、人によって「ご恩返し」のバリエーションはさまざまだとは思いますが、
自分達のご先祖様や先人達の成し遂げたことについて少しずつ学び、
縁ある人達に伝えることは、誰にでもできる立派な「恩返し」であり
護国活動にもなるものです。

同時にそれは、生まれ育った町に幸せと繁栄の種をまく行為でもあると
私は考えています。

ですから、縁あってこの記事を読んでくださった方には、どうか
郷土史に触れる機会があるたびに、そこでできるだけしっかり感じて、
ご自分が感動したことや感じたことを周りの人に伝えていただきたい、
と強く願っていますm( )m

特に、旭川市内および近郊に住んでおられる方は、どうか、
子供達の作文でも何回も触れられている兵村記念館か、
もしくは北鎮記念館に実際に行ってほしいなと思います。
私は、「自分の住んでいる町のことを知らないのは恥ずかしいな、
勉強したいな」と思って2年前にこの二つの博物館を訪れたのですが、
実際に足を運んだことで、私の運命は大きく変わりました。

もし兵村記念館に行かなかったら…

東旭川という町が、実は当時から文化的に非常に優れていて
それでいて努力家の多い町だった、ということを
ほとんど知らずに生きていってしまうところでした。
自分の暮らした町に誇りを持ち、幸せを感じるという貴重な機会を
私はあの古くて大きな兵村記念館から、抱えきれないほど受け取ったのです。

また、もし北鎮記念館に行くことがなければ、
私は護国手ぬぐいを作ることすら思いつかなかったでしょうし、
手ぬぐいやハンカチを求めてくださった皆様と交流をもったり、
お目にかかる機会も決してなかったでしょう。

旭川のヒーロー・加藤建夫さんのことも知ることがなかったでしょうし、
帝国陸軍の第七師団や、現在の自衛隊の第2師団について
一生懸命調べたり考えたりすることもなかったかもしれません。
そして、駐屯地モニターになることもほぼありえなかったdしょう。

気になった場所へ、面倒でも何でもいいから自ら足を運ぶことが、
遅かれ早かれ、自分が行くべき方向へ自分を連れて行ってくれるのだと
私は感じています。

ということで、繰り返しになりますが、今回の記事をお読みになって
旭川の兵村記念館や北鎮記念館が気になるなあ、と思った方は
どうかぜひ、ご自身で行ってみてください。
ちなみに北鎮記念館では、受付で自衛官の方にガイドを頼めます
(ガイドは無料です)。
自分一人で見て回るよりも、詳しい人に案内してもらった方が
いろいろ勉強になり印象にも残るので、ぜひガイドをお薦めします。

ということで、今回の記事はここまでです!


次回の記事では、これらの記事の流れを受けつつ
現代の旭川の教育に目線を転じまして、
少しピリ辛なテーマを扱うことを予告いたします(人)
ちょっと事情があるので、なるべく早めにアップするつもりでいます。
どうぞよろしくお願いします。




posted by はなうた at 19:43| Comment(1) | 北海道の歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
小学生の子達の作文も素敵であります(^^)…ゆめぴりか!も相当な魅力満載であります(^^)…気になった以上、放って置けません!\(^o^)/
Posted by ハッピー at 2015年12月10日 23:47
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。