2016年08月13日

今更ですが、8月8日の陛下のお言葉を拝聴して私が思ったこと

ご無沙汰しています。
皆様、いかがお過ごしですか。
私は、なんだかいろいろ立て込んではいますが
お蔭様で、まあまあ元気です(笑)

さて、さきほどようやく、陛下の8月8日のお言葉の動画を拝見しました。
ニュースやネットなどで概要は見ていましたし
いろんな人の反応も読んでいましたが、
自分自身としてきちんと陛下のお言葉に向き合わないと、と思っていました。
そして、陛下の今回のお言葉はただ文章を流し読みすることはせず、
時間のある時に正座して動画を拝聴して、
自分なりにまっすぐに受け止めさせていただこう、と思っていたのでした。

さて、その時がようやくやってきて願いが叶いましたので、
以下からは、私が個人的に感じたことなどを淡々と書いていきます。


今回のお言葉以前もお言葉以降も、マスコミは
「陛下はご年齢とご健康に不安を抱えていらっしゃるので
生前退位を希望されている旨を周囲に漏らしている」
などと、自分達の願望を織り交ぜたデタラメを発信し続けている。

しかしながらこの動画の中で陛下は、
どんなことがあったとしても

天皇は生涯天皇であり続ける、と断言していらっしゃる。
動画をしっかり見た人、あるいは文章としてしっかり読んだ人で
日本語の分かる人なら、その点は一分の隙もなく揺るぎないことだ。

さらに陛下は、天皇が高齢になったからなどという理由で
「国事行為や、その象徴としての行為を
限りなく縮小していくことには無理がある」
とおっしゃっている。
(このお言葉からは、現在、天皇陛下が
必要最低限の国事行為や、
象徴としての行為の縮小を迫られている可能性を感じた。

つまり陛下は公の場で「生前退位」という
非常に失礼なイジメを受けているだけでなく、
内々の場でも道理の分からぬ者達から
「もうそろ、そろこの国事行為もご辞退なさっては」などと
余計なことを言われておいでなのではないか)

陛下のご公務に対する真摯なご姿勢を垣間見た者であれば、
誰でも直感的にわかることだとは思うが
陛下は「もう疲れたから天皇を辞めたい」なんて
無責任におっしゃる方では絶対にない。
そして、たとえ、さまざまな公務や
公的行事を行うことが難しくなられたとしても、
陛下はこの先もずっと天皇であり続けるお覚悟をお持ちでいらっしゃる。

天皇という存在は、日本国や国民と共にあり、
ときとして国民のかたわらに立ち、
言葉に耳を傾け、思いに寄り添い続けるもの。

そのようなあり方を命ある限り続けていく、
そんな覚悟をお持ちだということを、この動画の中で
改めてお示しになられたのだと私は感じた。

そして、昭和天皇崩御後の「もがりの行事」の大変さと並行して
今上天皇に即位するためのさまざまな準備を進めてきた重いご経験から
「いつかのとき」に備えて、変えるべき法制度は現状に即して変えることも
検討してもよいかもしれない。天皇にはそもそも国政に関わる権能はないが、
皇室が日本において国民と共に未来を築いていくために、
そして象徴天皇という役割・務めが安定的に続いていくために、
主権者である国民の中で、必要と思われたことはどうか話し合ってほしい…
と願われてお言葉を終えられている。

陛下は皇室(=日本の縮図)の未来を、
私達日本国民に委ねようとされているのだ、と私は思った。

天皇陛下という「立派で頼れるお父さん」に
私達日本国民も、いつまでも甘えてばかりはいられない。
「お父さん」が代々ずっと祈り、守り続けてくださったこの日本を
これからは私達日本人一人ひとりが自覚的に守り、助け、
繁栄させていく覚悟を持つ時代だ。
まず私は、「もがりの行事」とは何たるかを学ぶところから
始めようと考えている。参考までにwikiの説明を貼っておくけど、
これからきちんとした有識者会議で、
天皇崩御後の行事の在り方について見直して、
それを政府主導でどんどん発信してほしいと思っている。
(この件ではマスコミは特に当てにならないので、
私は官邸や宮内庁からの正式な発信を追いかけていくつもり。
官邸メールも送らないとね!)


さて、最後になるが、東宮大夫いわく、今回の陛下のお言葉を
皇太子殿下は
「大変重く受け止めておられる」そうだ。

それでは、皇太子同妃両殿下はこの先、
今回「重く受け止めたこと」をご一家なりの公的行事を通して、
どのように表現していかれるのだろうか。
また「国民と共にあり、国民のかたわらに寄り添うというご姿勢」を
お二人はどれほど真摯に貫いていかれるおつもりなのか。

私は、皇太子同妃両殿下の今後のご様子を
ただ静かに見させていただこうと思っている。


posted by はなうた at 21:47| Comment(0) | 皇室と日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月14日

「陛下の生前退位」とかいうあやしいマッチポンプ的リーク

取り急ぎ思ったことを。

陛下の「生前退位」とやらをぶち上げたのは、
どの記事を読んでも「宮内庁関係者」です。
で、誰なんでしょうね、その「宮内庁関係者」って。

こんな大きな話を公式に発表せず、
しかも両陛下の御静養中にすっぱ抜く形で流したりする人達が
まともな人達なわけがないでしょう。
これは、明らかに両陛下に精神的打撃を
与えようとしている集団の仕業です。
騙されないように。

個人的には、チャイナの南シナ海のハーグ裁定批判が
よほど堪えたんだろうな、と感じています。
それから最近マスコミが大好きな「改憲勢力」(笑)への恐怖心も大きいのでしょう。

昨日までのマスコミの情報が今日からは
「陛下、生前退位」で嬉しそうに色めき立っていますが
出来の悪いマッチポンプです。
腹が立ちますが、裏切り者をあぶりだすチャンスでもあります。

それにしても、日本の皇室の継承にまで口を出して
さらにマスコミをこんな風に使って既定路線に載せようとするとはね。
「そこまでやるか」の一線を越えてしまいました。

いくらお前たち反日勢力があがいたとしても、
お前たちの滅亡はすでに決定事項なのよ(メーテルの口調で)

ということで、日本を愛する関係各位におかれましては
ゆめゆめ日本を破壊しようとする一派に騙されないよう
お気を付けあそばせ〜。

posted by はなうた at 12:32| Comment(4) | 皇室と日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月29日

秋篠宮佳子内親王殿下、21歳のお誕生日おめでとうございます

秋篠宮佳子内親王殿下!
21歳のお誕生日、おめでとうございます!

佳子内親王殿下のお誕生日を、
素敵な画像と、秋篠宮家の方々のお言葉と共にご紹介します。
なお、お言葉は、宮内庁HPの以下のページより引用しています。

文仁親王殿下お誕生日に際し(平成26年)
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/03/kaiken/kaiken-h26.html

文仁親王同妃両殿下ご結婚満25年に際してのご感想(平成27年6月29日)
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/03/kaiken/gokanso-h27-gokekkon25.html

佳子内親王殿下ご成年をお迎えになるに当たっての記者会見
http://www.kunaicho.go.jp/activity/activity/03/activity03-h26.html


佳子内親王殿下は、お小さい頃から、黒々とした大きな瞳が印象的な
とてもお可愛らしいお姫様でした。

幼稚園ご卒業時.jpg

スケートをなさる佳子様.jpg

秋篠宮同妃両殿下は、
佳子内親王殿下のお小さい頃を振り返られて
こんなご印象を述べられています。


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文仁親王殿下

生まれてしばらくの頃ですけれども,
(佳子内親王殿下は)長女と比べると,すごく静かな子だったんです。
静かな子というのは,赤ちゃんですから,夜泣きを余りしなくて,
途中で起こされることが少なかったということですけれども,
とても静かな子だなということを今でもよく記憶しております。

紀子妃殿下

娘の佳子はとても小さいときは静かな女の子で,
でもよく周りを見て,自分の意志をしっかり持っていたように思います。
小さいときから手を動かすこと,手芸や折り紙を作るのが大好きで,
いろいろと出来たものを私のところに持ってきて
見せてくれたことをよく覚えています。

また,私が娘に作ってあげたぬいぐるみに名前をつけてくれ,
大事にしていました。そのぬいぐるみに兄弟を作りたいと娘は考えまして,
小さいなりに私が作ったぬいぐるみと同じような形になるように考えて,
幾つもぬいぐるみを作ったことを思い出します。

佳子が小さかったとき,誕生日によく手作りのものを贈ってくれました。
幼稚園のときだったでしょうか。
私の誕生日に2つの贈り物を考えていたのですが,
先に作った貝殻の贈り物を私に見せたくて,早めに渡してくれました。
そのあと,誕生日にもうひとつの贈り物をもらい,
お祝いを2回してくれた,かわいらしい思い出もあります。

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お小さい頃から周りの様子をしっかりご覧になられていて、
お母様の妃殿下のことを大好きで大切になさっていた方だということが
良く分かります。特に、妃殿下のお誕生日を2回お祝いなさったことは
本当に可愛らしく素敵なお話で、何度拝読してもキュンとなります。

また、佳子内親王殿下は、ご成年をお迎えになられる際の会見で、
ご家族について以下のようなご印象を述べられています。

佳子様成年のご会見.jpg

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佳子内親王殿下
父は,自分にはない考え方や発想を持っていて,
話していると考えさせられることがよくあります。
幼い頃から質問をするとすぐに答えてくれ,
様々なことを知っているという印象を持っております。
家の中に出てきた虫を捕まえてくれるなど,
頼りになる面もございます。

姉は,何でも話すことのできる頼りになる存在です。
姉と過ごす時間は非常に楽しいので,
よく姉の部屋で過ごしております。
今は海外にいるので余り会うことができず,
寂しく感じることもありますが,時々連絡を取っております。

母は,週刊誌などでは様々な取り上げ方をされているようですが,
娘の私から見ると,非常に優しく前向きで
明るい人だと感じることが多くございます。
幼い頃は手紙にスマイルの絵を描いてくれたことが,
よく印象に残っております。

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佳子内親王殿下にとって、大切で大好きなお母様である紀子妃殿下。
その紀子妃殿下を悪く書きたてるような週刊誌や、
そういう情報を鵜呑みにしている人々の存在を知った上で、
誰のことも責めず、それでいて公然と明確にお母様をフォローなさったことには
深く感銘を受けました。
華やかでお美しいだけのお姫様ではない、
なんというか、この方のご本質は「愛の戦士」だな!と思ったのでした^^

それから、妃殿下は、ご成長された佳子内親王殿下について
こんなエピソードもご紹介してくださいました。


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紀子妃殿下

佳子は私にも素直に気づいたことを話してくれますし,
また励ましたりもしてくれます。
そのような佳子の言葉が私自身の考えや行動を見つめ直したり,
また課題に取り組むきっかけとなりましたりすることもあります。
いつの間にか,小さかった娘の佳子が成長し,
私たちが頼るようになってきたことを,大変うれしく思います。

普段の生活でよく話すことが多いものですから,
ふとしたときのちょっとした言葉でこれは素敵な考えだなとか,
これはもう一度自分の中で受け止めてより良くしていくと
良いなと思うことがいろいろとあります。
これは娘の佳子に限らず,長女の眞子にも長男の悠仁にもあり,
宮様と話していてもありますけれども,
佳子の場合は比較的わかりやすく話してくれまして・・・。

普段の生活の中の一つの例ですが,私が知らないうちに,
人と挨拶するときの声が小さくなっていたようです。
20代よりも30代,30代よりも40代,
お互いに頭を下げて挨拶をしたり,
表情で挨拶したりすることはあっても,
声が小さいことがあります。
もしかしたら20代のときは今よりも若くて体力があり,
元気に声を出していたので,佳子はそのときと比べて
話しているのかもしれませんが。

挨拶というのはとても大事であり,今私が悠仁と一緒にいて
いろいろなことを伝えるときに,私自身が小さい声で話すと,
悠仁の方も小さい声になってしまうのかしらと
気づかされるようなことがあります。
初めは私自身声を大きくして挨拶をするのが
ちょっと恥ずかしいこともありましたが,少しずつ始めてみると,
20代のときの若さが戻ってくるような感じがします。

いろいろなことを話すときも挨拶も,
気持ち良くわかりやすい声で話すことの大切さを
改めて私に伝えてくれたように思います。

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ご自分のお感じになられたことを、臆せず、丁寧に、
ご家族にお伝えになる佳子内親王殿下。
そのお言葉を大切に受け止められて、
ご自身のご成長の糧になさる紀子妃殿下。
本当に素敵な家族の在り方だなあ、と思います^^

内面だけではなく外面も、ご成長とともに
みるみるしっかりなさってお美しくなられた佳子内親王殿下。
マスコミは皇室のご活動についての報道を年々報道を減らし、
軽んじてきましたが、近年再びスポットライトをあてざるを得なくなったのは
佳子内親王殿下のご存在もきっと影響しているのだろうと感じています。

学習院時代の佳子様.jpg

ICUご入学時の佳子様.jpg

私にはいつも、佳子内親王殿下のお持ちの扇が
守り刀のように見えます。

いつも本当にお美しくて華やかな佳子内親王殿下でいらっしゃいますが、
ご自分の大切なものを護るためなら、何をおいても闘う!というご覚悟が
凛としたご表情や、すっと伸びたご姿勢や、きりりと構えたお手元から
溢れているように感じます(あくまで私自身の印象ですが)。


少年剣士のように凛々しい佳子様.jpg

佳子様ご参拝中.jpg

ご参拝からお帰りになられる佳子様.jpg

佳子様のご正装.jpg



秋篠宮家のエピソードで、私がいつも微笑ましいなあと思うのは
佳子内親王殿下と悠仁親王殿下のお話です。

佳子様と悠仁様.jpg

秋篠宮家の動物、ラーマ(ラマ、リャマともいう)に
餌をやっておられるお二人(笑)

ラーマはラクダの仲間で、草食性のとてもおとなしい動物だそうですが、
それを秋篠宮家で飼っていらっしゃるというのが面白いです(笑)
動物好きなご一家なのですね〜。

以下は、悠仁親王殿下と佳子内親王殿下の逸話です。

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紀子妃殿下
娘の佳子は小さいときから妹か弟が欲しいと話していました。
そのため,自分に弟ができたときには大変喜んでおりました。

私が出産する前に1か月入院しておりましたが,
そのときには度々病院に訪ねてきてくれ,学校の宿題をしたり,
これは夏休みだったので夏休みの宿題でしたが,
留守中のことやスケートで練習したときのことの話などを
してくれたりしました。

このように,娘の佳子の優しさに触れる
穏やかな時間も思い出されます。

弟の悠仁とは,一回り,12歳年が違いますが,
年齢が近い姉弟のように仲良く遊んでいる姿をよく見かけます。
悠仁は優しくて,同時にしっかりと
言うべきことは話してくれる姉を慕っています。


佳子内親王殿下
弟につきましては,私は幼い頃から
弟か妹が欲しいと思っておりましたので,
弟が生まれたときは非常にうれしかったことをよく覚えております。

年は離れておりますが,けんかをしたり
一緒に遊んだりしております。
最近は姉が海外にいて,また,両親も仕事で
家にいないことが多かったため,二人で折り紙をしたり
本を読んだりして過ごす時間もございました。


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佳子様は、学業にしっかりと励まれる一方で、
皇室のご公務や公的行事にも
できる限り参加なさっていらっしゃいます。

一般参賀の佳子様.jpg

講書始の儀.jpeg

佳子様ご鑑賞中.jpg

佳子様晩さん会.jpg

紀子妃殿下が、学生時代から学ばれてきた手話を
お姉様の眞子内親王殿下と共に学ばれています。
行事などでも、その明瞭でお上手な手話で
しっかりとコミュニケーションをとっておいでです。

佳子様の手話.jpg

そしてこちらは、先日の天長節(天皇誕生日)での
一般参賀と祝賀行事でのご様子。

145084087009985411178.jpg

それぞれタイプの異なる、それでいてとてもお美しい
秋篠宮家のお姫様達。
淡く明るいお色の御衣裳でお祝いの場を華やげるお三方は
文字通り、光り輝いていらっしゃいますね*^^*

そしてこちらは、眞子内親王殿下と佳子内親王殿下が並んで
来賓をおもてなしなさっていらっしゃるシーンです。
もう、なんといいますか、おそれおおいことですが
見るからに性格がよく、明るく、感性豊かなお姫様達です。

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眞子内親王殿下は、割と涼し気な雰囲気のお写真が多いのですが
こんな豊かなご表情でお話をなさるお方なのですね。お可愛らしい!
そして、佳子内親王殿下の、ちょっとクシャッとした感じの笑顔は
紀子妃殿下そっくりで、これまたキュンとなりました(*´▽`*)

一族の長である今上天皇の祝賀行事にきちんと参加なさって、
ご自身のおできになることを精一杯なさることで
一族をしっかりサポートされている内親王殿下達。
お美しく可憐でありながら、凛としていらして、頼もしくてご立派で、
若い女性の鑑のような方々だなあと思います。

大好きな佳子内親王殿下のますますのご活躍を
心より祈念申し上げます。
そして、素晴らしい秋篠宮家の皆様が
千代に八千代にお幸せに栄えて行かれますように。

すめらみこと いやさか






posted by はなうた at 00:00| Comment(0) | 皇室と日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月23日

【転載】天皇陛下お誕生日に際し(平成27年)天皇陛下の記者会見【奉祝】

皆様、おはようございます^^

宮内庁HPで、お誕生日に際しての陛下の会見のお言葉が
アップされていました。
陛下が日本のことをこまやかに考えてくださっていること、
そして、日本国民の喜びを共に喜んでくださり
日本国民の悲しみを共に悲しんでくださっていることが
ひしひしと伝わってくる内容でした。

宮内庁HPより、全文転載します。


**********************

天皇陛下お誕生日に際し(平成27年)

会見年月日:平成27年12月18日
会見場所:宮殿 石橋の間

陛下(記者会見).jpg

記者会見をなさる天皇陛下

宮内記者会代表質問


今年は自然災害などいたましい出来事があった一方,日本人2人がノーベル賞を受賞するなど,明るい話題もありました。天皇陛下は戦後70年の節目に当たり,新年のご感想で「満州事変に始まる戦争の歴史を学び,今後の日本のあり方を考えることが極めて大切」と述べられ,パラオをはじめ,国内外で慰霊の旅を重ねられました。また,全国戦没者追悼式では「さきの大戦に対する深い反省」という表現を新たに用いてお言葉を述べられたほか,玉音盤の原盤や,御文庫附属庫の公開もありました。年明けには,フィリピンへの公式訪問が予定されています。 
戦争や平和への思いに触れながら,この1年を振り返るとともに,来年へのお考えをお聞かせください。

天皇陛下
今年の自然災害としては,まず5月に鹿児島県の口永良部島の新岳しんだけが噴火して,海岸まで達する火砕流が発生し,全島民が島から避難したことが挙げられます。火砕流は雲仙岳の噴火災害のお見舞いに行った時に見ましたが,海岸まで達する火砕流は本当に恐ろしい光景だったと思います。島民は幸い皆無事でしたが,まだ避難生活が続いていることに心を痛めています。

9月には豪雨により鬼怒川などが氾濫し,8人が亡くなる大きな災害となりました。氾濫により多くの人々が家々に閉じ込められ,どんなにか不安な時を過ごしたことかと思います。自衛隊を始めとするヘリコプター等の救助活動により,人々が無事に救出されたことは本当に幸いなことでした。危険を伴う救出活動に携わった人々に深く感謝しています。水につかった家屋や田畑の復旧作業には多くの労力を必要とするもので,多数のボランティアが協力してくれていることをうれしく思っています。困難に遭遇している人々を助けようという気持ちが日本人の中に豊かに育っていることを非常に心強く思います。後日,常総市の被災地をお見舞いしましたが,泥水につかった田畑が広がり,苦労して作物を育ててきた人々の気持ちはいかばかりかと察せられました。

今年の喜ばしい出来事としては,まず二人の日本人がノーベル賞を受賞されたことが挙げられます。大村博士の生理学・医学賞は,アフリカや南米で,人に感染すると盲目になる危険をもたらすオンコセルカ症を治す薬を地中の菌から作り出されたことなどの業績によるものです。私は以前,オンコセルカ症を患って盲目になった人々が連なって歩いている痛ましい映像を見ていましたので,この病気を治す薬が出来たということを本当にうれしく思いました。一方,梶田博士の物理学賞は,神岡鉱山の地下にあるスーパーカミオカンデにおけるニュートリノの研究で,ニュートリノに質量があることを見出されたことに対する授賞でした。11年前,スーパーカミオカンデを訪問したことが思い起こされました。お二人の長年にわたる地道な研究を誠に尊いものと思います。

また,日本製のジェット旅客機が完成し,試験飛行が行われたこともうれしいことでした。かつて日本で戦後初めてつくられたプロペラの旅客機YS11の試験飛行を,羽田の空港で関係者と共に見守ったことが懐かしく思い起こされました。それから50年以上がたったわけです。

今年は先の大戦が終結して70年という節目の年に当たります。この戦争においては,軍人以外の人々も含め,誠に多くの人命が失われました。平和であったならば,社会の様々な分野で有意義な人生を送ったであろう人々が命を失ったわけであり,このことを考えると,非常に心が痛みます。

軍人以外に戦争によって生命にかかわる大きな犠牲を払った人々として,民間の船の船員があります。将来は外国航路の船員になることも夢見た人々が,民間の船を徴用して軍人や軍用物資などをのせる輸送船の船員として働き,敵の攻撃によって命を失いました。日本は海に囲まれ,海運国として発展していました。私も小さい時,船の絵葉書を見て楽しんだことがありますが,それらの船は,病院船として残った氷川丸以外は,ほとんど海に沈んだということを後に知りました。制空権がなく,輸送船を守るべき軍艦などもない状況下でも,輸送業務に携わらなければならなかった船員の気持ちを本当に痛ましく思います。今年の6月には第45回戦没・殉職船員追悼式が神奈川県の戦没船員の碑の前で行われ,亡くなった船員のことを思い,供花しました。

この節目の年に当たり,かつて日本の委任統治領であったパラオ共和国を皇后と共に訪問し,ペリリュー島にある日本政府の建立した西太平洋戦没者の碑と米国陸軍第81歩兵師団慰霊碑に供花しました。パラオ共和国大統領御夫妻,マーシャル諸島共和国大統領御夫妻,ミクロネシア連邦大統領御夫妻もこの訪問に同行してくださったことを深く感謝しています。この戦没者の碑の先にはアンガウル島があり,そこでも激戦により多くの人々が亡くなりました。アンガウル島は,今,激しい戦闘が行われた所とは思えないような木々の茂る緑の島となっています。空から見たパラオ共和国は珊瑚礁さんごしように囲まれた美しい島々からなっています。しかし,この海には無数の不発弾が沈んでおり,今日,技術を持った元海上自衛隊員がその処理に従事しています。危険を伴う作業であり,この海が安全になるまでにはまだ大変な時間のかかることと知りました。先の戦争が,島々に住む人々に大きな負担をかけるようになってしまったことを忘れてはならないと思います。

パラオ訪問の後,夏には宮城県の北原尾,栃木県の千振,長野県の大日向と戦後の引揚者が入植した開拓の地を訪ねました。外地での開拓で多大な努力を払った人々が,引き揚げの困難を経,不毛に近い土地を必死に耕し,家畜を飼い,生活を立てた苦労がしのばれました。北原尾は,北のパラオという意味で,パラオから引き揚げてきた人々が入植したところです。

この1年を振り返ると,様々な面で先の戦争のことを考えて過ごした1年だったように思います。年々,戦争を知らない世代が増加していきますが,先の戦争のことを十分に知り,考えを深めていくことが日本の将来にとって極めて大切なことと思います。

私はこの誕生日で82になります。年齢というものを感じることも多くなり,行事の時に間違えることもありました。したがって,一つ一つの行事に注意深く臨むことによって,少しでもそのようなことのないようにしていくつもりです。

今年もあとわずかになりました。来る年が人々にとって少しでも良い年となるよう願っています。


この1年のご動静

天皇陛下には,本日,大きなご健康上の問題もなく,満82歳のお誕生日をお迎えになりました。

この1年,国事行為に関して,内閣総理大臣の親任式,国務大臣始め136名の認証官任命式,新任外国大使26名の信任状捧呈式,大綬章及び文化勲章の親授式に臨まれたほか,内閣から上奏のあった1,060件の書類にご署名やご押印をなさいました。また,宮殿や御所では,文化勲章受章者及び文化功労者,勲章受章者や各種の表彰受賞者,日本学士院会員,日本芸術院会員,新認定重要無形文化財保持者夫妻,青年海外協力隊帰国隊員及び日系社会青年ボランティアの代表,シニア海外ボランティア及び日系社会シニアボランティアの代表,両陛下のご成婚を記念して創設された皇太子明仁親王奨学金の奨学生,海外に派遣されて帰国した国際緊急援助隊員,来日中の各国ハンセン病回復者団体代表者等にお会いになり,その労をねぎらわれ,栄誉を祝されました。その回数は73回を数えました。

特に,今年は航路標識事業の発展と航路標識職員の相互扶助を目的として大正4年(1915年)に創立された燈光会が創立100周年を迎えたことから,宮殿でこれを記念する茶会をお催しになりました。皇室と燈光会との関わりは明治期に遡りますが,両陛下は皇太子同妃両殿下の時代から度々地方の灯台や東京湾海上交通センターをご視察になってこられました。陛下は,学習院初等科ご入学前に三浦半島の剱埼灯台を見学されたご経験をお持ちですが,その思い出から,皇后さまとご一緒に幼稚園ご入園前の皇太子殿下,秋篠宮殿下,黒田清子様をそれぞれにお連れになって房総半島の野島埼灯台を訪問されています。即位後の平成元年から平成15年までは,毎年の定例行事として永年勤続者と宮殿でお会いになってきました。この行事は,灯台の無人化等により航路標識職員の生活環境が改善されたことなどから拝謁辞退の申し出があり,平成16年11月の茶会をもって終了しました。

このほか,各府省庁の事務次官,外務省総合外交政策局長からのご進講を13回,行幸啓や行事に関するご説明を49回お受けになったほか,新嘗祭の献穀者や勤労奉仕団として皇居にこられた延べ8,980人の方に63回にわたってお会いになりました。

今年は戦後70年に当たることから,戦没者を慰霊されるため,昨年6月の沖縄県(国立沖縄戦没者墓苑,学童疎開船対馬丸犠牲者慰霊塔及び対馬丸記念館),同年10月の長崎県(長崎市平和公園及び恵の丘長崎原爆ホーム),同年12月の広島県(広島平和都市記念碑及び広島原爆養護ホーム矢野おりづる園)ご訪問に引き続き,今年4月には,慰霊と国際親善のためパラオ共和国を訪問されました。慰霊のための海外ご訪問は,戦後60年に当たる平成17年6月にサイパン島を訪問されて以来のことでした。ペリリュー島にある西太平洋戦没者の碑,米国陸軍の慰霊碑に参られるとともに,同共和国大統領ご夫妻,この折に参加されたミクロネシア連邦大統領ご夫妻,マーシャル諸島共和国大統領ご夫妻,さらにパラオ共和国の多数の人々とお会いになりました。ご帰国後は,4月に戦後復興に尽力し産業災害で殉職した人々を慰霊する高尾みころも霊堂に,5月には東京都慰霊堂に参られ,6月には先の大戦で軍に徴用されて戦没した商船等の船員を慰霊する戦没・殉職船員追悼式にご臨席なさいました。

また,6月に私的ご旅行として宮城県及び山形県を訪問された折に,南洋パラオから引き揚げた人々が入植,開拓した宮城県蔵王町北原尾地区をお訪ねになり,7月には満州から引き揚げた人々が開拓した千振開拓地(栃木県那須町)を,8月には同様の大日向開拓地(長野県軽井沢町)を訪問され,先の戦争による苦境を乗り越えてきた人々に寄り添われました。同じく8月には,広島市被爆70周年記念事業として東京都で開催された広島交響楽団「平和の夕べ」コンサートをご鑑賞になりました。

東日本大震災の関係では,皇后さまと共に今年3月に東京都で開催された4周年追悼式にご臨席になり,また同月,宮城県で開催された第3回国連防災世界会議開会式にご臨席の折に,岩沼市の慰霊碑に参られたほか,岩沼市,名取市,東松島市,石巻市の各市長から復興状況等をお聴きになり,東松島市のいちご栽培,石巻市のかまぼこ製造工場をご視察になりました。

地方へのお出ましは,前述のほか,今年1月に「1.17のつどい―阪神・淡路大震災20年追悼式典」ご臨席のため兵庫県を,5月には全国植樹祭ご臨場のため石川県をご訪問になったほか,両陛下御成婚記念として建設された「こどもの国」の開園50周年記念式典ご臨席のため,神奈川県横浜市にお出ましになりました。7月には国際第四紀学連合第19回大会開会式ご臨席のため愛知県をご訪問,9月には第70回国民体育大会ご臨場のため和歌山県を訪問され,その折に紀伊半島大水害の被災者とご懇談になりました。10月には,昭和39年の東京パラリンピックを始め身体障害者スポーツに深く関わり,その関連施設を含め両陛下も4回お訪ねになった障害者の自立を支援する「太陽の家」創立50周年記念式典にご臨席なさるため大分県をご訪問,また同月,全国豊かな海づくり大会ご臨席のため富山県をご訪問になり,併せて県立イタイイタイ病資料館をご視察になって公害病克服の歴史について説明をお受けになりました。11月には青年海外協力隊発足50周年記念式典ご臨席のため神奈川県横浜市を,12月には障害者週間にちなみ,障害者の競技用等の車いすを製造している施設をご視察になるため千葉県をご訪問になりました。

青年海外協力隊事業は昭和40年に発足しましたが,両陛下は初代隊員から派遣前に御所にお招きになって励まされ,昭和43年からは帰国した隊員の代表ともお会いになってこられました。また,外国ご訪問の折に青年海外協力隊員とお会いになったほか,青年海外協力隊発足10周年の記念行事,20周年,30周年,40周年の記念式典へのご臨席,都内の訓練施設のご視察,現地での交通事故により負傷して帰国入院中の隊員のお見舞い,殉職隊員の慰霊碑ご供花等,両陛下は様々な形で青年海外協力隊事業とその隊員の活動を支えてこられました。ちなみに,派遣前の隊員とは138回,帰国隊員の代表とは45回お会いになっています。事業発足から30年の節目に当たる平成8年からは,派遣前隊員とのご接見を皇太子同妃両殿下にお任せになりましたが,新たに設立された日系社会青年ボランティア代表,日系社会シニアボランティア代表及び帰国シニア海外ボランティア代表とは,帰国隊員の代表と同様に今でも定期的にお会いになっています。

一昨年からお始めになった私的ご旅行では,6月に宮城県及び山形県をご訪問,宮城県では北原尾地区のほか平成9年の全国植樹祭でお手植えになった樹木をご覧になり,山形県では東根市のさくらんぼ生産農家をご訪問,河北町の紅花資料館ではご視察の後に皇太子同妃両殿下時代にお会いになった紅花関係者とご懇談,山形空港で知事から東日本大震災への県の対応について説明をお聞きになりました。7月には,一昨年7月の大雨災害のためご訪問をお取りやめになった福島県桑折町のもも生産農家をお訪ねになり,福島市の復興公営住宅で飯舘村等からの避難者とご懇談になりました。9月に予定されていた栃木県日光市のご訪問は,関東・東北豪雨による災害のためお取りやめになりましたが,10月に皇后さまと共に被災地の茨城県常総市をお訪ねになり,被災地域を視察され,被災者をお見舞いになりました。

私的ご旅行を含む地方へのお出ましは,ご静養のための御用邸へのお出ましを除き,15県29市11町でした。

都内の行幸啓としては,国会開会式,全国戦没者追悼式,恒例となっている日本国際賞,日本芸術院賞,日本学士院賞,国際生物学賞の授賞式,ご即位20年に当たり天皇陛下からの御下賜金を受けて創設された「日本学術振興会 育志賞」第5回授賞式にお出ましになったほか,今年は国連大学創立40周年に当たることから,国連大学本部において大学院生とご懇談になりました。その数は28回を数えました。

両陛下と国連大学とのお関わりは深く,国連大学が発足した昭和50年の国連大学本部開設レセプションにご臨席になり,平成19年に国連大学で講義の様子をご視察になったほか,願い出をお受けになって,初代学長から現在の第6代学長までの各学長を御所にお招きになって説明をお聴きになり,ご懇談なさってこられました。

外国との関係では,6月に国賓としてフィリピン国大統領閣下をお迎えになり,歓迎行事,ご会見,宮中晩餐,お別れのご訪問をなさいました。また,公式実務訪問賓客として来日されたカタール国首長殿下とは陛下お一人で,インドネシア国大統領閣下及び令夫人,ウガンダ国大統領閣下及び令夫人とは両陛下でご会見・午餐に臨まれたほか,ニジェール国大統領閣下,ウルグアイ国大統領閣下と会見されました。ポーランド国大統領閣下及び令夫人,ホンジュラス国大統領閣下及び令夫人,トルコ国大統領閣下及び令夫人とは両陛下で会見されました。さらに,公賓として来日されたベトナム国共産党中央執行委員会書記長,公式実務訪問賓客として来日されたラオス国首相,ドイツ国首相,ポルトガル国首相をご引見になったほか,アゼルバイジャン国国会議長をご引見になりました。また,公式実務訪問賓客として来日されたマレーシア国首相夫妻,イタリア国首相夫妻,スリランカ国首相夫妻,パプアニューギニア国首相夫妻,各種賓客として来日されたモンゴル国国家大会議議長夫妻,欧州理事会議長夫妻及び欧州委員会委員長,メキシコ国上院議長夫妻,アメリカ合衆国最高裁判所長官夫妻,インドネシア国国会議長夫妻を両陛下でご引見になりました。また,同じく両陛下で,来日中のベルギー国首相と御所でご接見になったほか,英国ケンブリッジ公殿下,デンマーク国皇太子同妃両殿下,パラオ国大統領閣下及び令夫人並びにマーシャル国大統領閣下及び令夫人を御所でのご昼餐に,赤十字国際委員会総裁,スワジランド国国王陛下及び王妃殿下,クリントン元アメリカ合衆国大統領,ミシェル・オバマ・アメリカ合衆国大統領夫人,アリヨシ元ハワイ州知事夫妻,フレイ元チリ国大統領夫妻,かつて皇太子時代とご即位後の2回両陛下でお訪ねになったスペイン国サラマンカ大学のエルナンデス学長ほかを御所でのお茶に,第7回太平洋・島サミット首脳会議に出席する各国首脳を宮殿での茶会に,陛下お一方では,第7回日本・メコン地域諸国首脳会議に出席する各国首脳等を宮殿での茶会に,それぞれお招きになりました。

なお,今年3月に仙台市で開催された第3回国連防災世界会議にお出ましの際には,会議の前日,会議に出席するトルクメニスタン国大統領閣下とご会見になり,オランダ国マルグリート王女殿下をお茶にお招きになったほか,当日は会議に先立ち,各国元首,国連事務総長夫妻始め各国政府要人とお会いになりました。

在京外交団とは,この1年間に着任後間もない30か国の大使夫妻をお茶に,着任後3年を経過した19か国の大使夫妻を午餐にお招きになり,離任する24か国の大使夫妻をご引見になりました。日本から赴任する49か国の大使夫妻にも出発前にお会いになり,帰国した62か国の大使夫妻をお茶に招いて任地の話をお聴きになりました。

御用邸へは,両陛下で葉山御用邸と那須御用邸にお出ましになりました。那須御用邸ご滞在中は,千振開拓地のほか,例年どおり農家をご訪問になり,また,陛下のお考えからご即位20年の機会に御用邸用地の一部を宮内庁から環境省に移管して整備された「那須平成の森」を散策され,居合わせた来訪者と歓談されました。8月下旬には,長野県軽井沢町と群馬県草津町でお過ごしになりました。

今年6月,宜仁親王殿下の薨去こうきよから1周年に当たり,両陛下は一周年祭の儀の後に拝礼のため豊島岡墓地に行幸啓になりました。また今月は,11月に傘寿をお迎えになった正仁親王殿下のお祝いのご内宴をお催しになったほか,12月2日に百歳を迎えられた崇仁親王殿下のご内宴にお出ましになり,お祝いなさいました。

宮中祭祀については,恒例の祭祀等に19回お出ましになり,天長祭及び歳旦祭はご代拝とされました。また,新嘗祭神嘉殿の儀につきましては昨年同様,夕の儀はお出ましの時間を短縮して儀式の半ばより出御され,暁の儀はご健康への影響を考慮して,儀式終了までの間,御所でお慎みになりました。

陛下は今年も例年どおり,皇居内生物学研究所の一画で種籾たねもみのお手まき,お田植えをなさり,お手刈りをなさいました。また,陸稲と粟あわをお子様及びお孫様方とご一緒に種をまかれ,刈り取られました。粟あわは新嘗祭の折にお手刈りになった水稲と共にその一部をお供えになりました。神嘗祭に際しては,お手植えになった根付きの稲を神宮にお供えになりました。

皇居内生物学研究所では,国立遺伝学研究所等の研究者や生物学研究所職員らと,核DNAの分析によるハゼ科魚類キヌバリとチャガラの種分化について研究報告をお聴きになりました。また,国立科学博物館本館で魚類分類研究会に4回ご出席になりました。

この1年も,陛下の傘寿を奉祝する様々な行事が催されました。

春と秋には宮殿の特別参観が行われ,通常は平日に行っている皇居一般参観が土曜日も実施されました。5月には両陛下の傘寿を奉祝して,皇居内の馬場で古式馬術である打毬だきゆうと母衣引ほろひきを披露する記念行事が催され,思し召しによりご即位後の歴代三権の長及び閣僚が招かれ,その後に宮殿で茶会が催されました。12月には,昨年に引き続いて皇居乾通りの一般公開が実施されました。

12月23日のお誕生日当日は,午前中は御所で侍従職職員から祝賀をお受けになった後,宮殿で皇族方を始め宮内庁職員等による祝賀を5回にわたりお受けになります。また,この間に3回にわたり長和殿ベランダに立たれて国民の参賀にお応えになります。午後からは内閣総理大臣,衆・参両院議長,最高裁判所長官の祝賀をお受けになった後,皇族方もお加わりになって,三権の長,閣僚,各界の代表等との祝宴に臨まれます。その後,外交団を招かれての茶会,元側近奉仕者等との茶会,次いでご進講者等との茶会に臨まれます。夕刻には未成年の内親王,親王殿下のご挨拶をお受けになり,夜にはお子様方ご夫妻とお祝御膳を囲まれます。


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すめらぎ いやさか。


posted by はなうた at 09:25| Comment(0) | 皇室と日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【奉祝】天長節〜天皇陛下、82歳のお誕生日おめでとうございます【弥栄】

今上天皇

82歳のお誕生日、おめでとうございます。

いつも、いつでも、日本国と日本国民のために
全身全霊でお働きくださいまして
本当にありがとうございます。

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祭祀や年中行事といった皇室の伝統を
大切に受け継いでくださり、ありがとうございます。

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おそれながら、天皇陛下は、日本国民みんなにとっての
「心のお父さん」だと思っております。
いち国民として、陛下をお慕い申し上げています。


それから、陛下、日本人にとって本当に大切で
感謝してもしきれないぐらいありがたい英霊の皆様を
常々気にかけてくださり、
海外までお迎えに行ってくださり
本当にありがとうございます。

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生まれ故郷を遠く離れた地で、その命を落とし、
悲しい夢の中をさまよっておられた英霊の皆様は、
両陛下のお姿を目の当たりにされたときに
どんなにか嬉しかったことでしょう。

悲しみや苦しみ、痛みや孤独に耐えておられた英霊を
一人残らずお迎えに行くことを決意してくださり、
さらに、その胸に我が子のように抱きとめてくださり
本当にありがとうございます。

それは、誰にでもできる簡単なことではありません。
名実ともに「日本国民の心のお父さん」である
天皇陛下にしかできないことだと思います。


それから、既に4年前の話になりますが、
東日本大震災では、陛下は震災の5日後に
心のこもったお言葉を
全国に向けて発信してくださいました。
当時大混乱していた日本の人々を落ち着かせ、
励まし、勇気づけてくださいました。

あのときの陛下のお言葉は、今あらためて拝読しても
陛下の大御心が胸の内側まで深く響いて、涙が出ます。

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東北地方太平洋沖地震に関する天皇陛下のおことば
(平成23年3月16日)


この度の東北地方太平洋沖地震は,
マグニチュード9.0という例を見ない規模の巨大地震であり,
被災地の悲惨な状況に深く心を痛めています。
地震や津波による死者の数は日を追って増加し,
犠牲者が何人になるのかも分かりません。
一人でも多くの人の無事が確認されることを願っています。

また,現在,原子力発電所の状況が
予断を許さぬものであることを深く案じ,
関係者の尽力により事態の更なる悪化が回避されることを
切に願っています。

現在,国を挙げての救援活動が進められていますが,
厳しい寒さの中で,多くの人々が,食糧,飲料水,
燃料などの不足により,極めて苦しい避難生活を
余儀なくされています。
その速やかな救済のために全力を挙げることにより,
被災者の状況が少しでも好転し,
人々の復興への希望につながっていくことを
心から願わずにはいられません。

そして,何にも増して,この大災害を生き抜き,
被災者としての自らを励ましつつ,
これからの日々を生きようとしている人々の雄々しさに
深く胸を打たれています。

自衛隊,警察,消防,海上保安庁を始めとする
国や地方自治体の人々,諸外国から救援のために
来日した人々,国内の様々な救援組織に属する人々が,
余震の続く危険な状況の中で,日夜救援活動を
進めている努力に感謝し,その労を深くねぎらいたく思います。

今回,世界各国の元首から相次いでお見舞いの電報が届き,
その多くに各国国民の気持ちが被災者と共にあるとの言葉が
添えられていました。
これを被災地の人々にお伝えします。

海外においては,この深い悲しみの中で,日本人が,
取り乱すことなく助け合い,秩序ある対応を示していることに
触れた論調も多いと聞いています。
これからも皆が相携え,いたわり合って,
この不幸な時期を乗り越えることを衷心より願っています。

被災者のこれからの苦難の日々を,私たち皆が,
様々な形で少しでも多く分かち合っていくことが
大切であろうと思います。
被災した人々が決して希望を捨てることなく,
身体(からだ)を大切に明日からの日々を生き抜いてくれるよう,
また,国民一人びとりが,被災した各地域の上に
これからも長く心を寄せ,被災者と共にそれぞれの地域の
復興の道のりを見守り続けていくことを心より願っています。

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陛下のお顔は、いつ拝見しても、
ずるさがまったく感じられないお顔です。
とがったところが、まったく感じられないお顔です。
つめたいところが、まったく感じられないお顔です。

それはおそらく、陛下が、
みんなのことを思いやれる、広く深いお心をお持ちだということ。
まろやかでおおらかで、すべてを受け容れていらっしゃるということ。
温かく柔らかく、それでいてみんなのために立つ強さをお持ちだということ。

だからこそ陛下のお顔を拝見するたびに、
私はただただ嬉しく、ありがたい気持ちで満たされていきます。

今上天皇6.jpg

それから、両陛下が並んでいらっしゃるところを拝見するたびに、
私はいつも「高砂」のお人形を思い出します。
優しくて、おだやかで、喜びとありがたさに満ちたご存在。
長寿と夫婦和合の象徴のようなお二人。

「今日も天皇皇后両陛下が、
お幸せにお健やかにお過ごしになりますように」と
毎朝、神棚に向かってお祈りしています。

いつも、いつでも、日本のためにいてくださって、
ありがとうございます。

野々村彩乃さんの歌う素晴らしい「君が代」の響きで
陛下のお誕生日をお祝いさせてください。



すめらぎ いやさか。



posted by はなうた at 00:00| Comment(0) | 皇室と日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする