2015年10月20日

【地久節】皇后陛下 81歳のお誕生日おめでとうございます【奉祝】

本日、10月20日は皇后陛下のお誕生日(=地久節)です。
81歳になられました。おめでとうございます\(^o^)/

この記事では、私の好きな皇后陛下のお写真をたくさん並べて、
皇后陛下のますますのご健勝とお幸せをお祈りしたいと思います。

まずは、初々しい入内前のお写真から…^^

入内前の皇后陛下.jpg

ふっくらした頬。澄んだ瞳。
ほのぼのとしてまろやかな雰囲気。

お若い頃から、輝くようにお美しいお方です。

そして、こちらのショットも素敵。

皇后陛下の横顔.jpg

絶世の美人でいらっしゃる皇后陛下は、
どの角度から拝見しても、お上品でお綺麗であらせられます。


こちらは、屋外で何かご観賞されていたときのお写真でしょうか。
手前に映っておられるのは当時の皇太子殿下(現天皇陛下)ですね。

花のような皇后陛下.jpg

お美しいだけでなく、洗練されたセンスもお持ちでいらっしゃいます。
水玉のワンピースと共布のヘアバンドというとりあわせは、
スポーティでありながらも可憐で女性らしく、
持ち前のさわやかな美貌を引き立てています。

お若く、お美しく、理知的でお上品でご健康な皇太子妃殿下
(現皇后陛下)はご成婚前から大変な人気者でいらっしゃいました。
どこへ行かれても注目の的で、日本中をときめかせておられました。

ほとんどお化粧していなくても
この美貌!

お美しい皇后陛下.jpg

お肌も目鼻立ちも髪も、歯並びもお綺麗。
いかにも日本人らしい、
清潔感と可憐さに溢れたお美しさですね。

また、白黒ですが、こちらのショットも印象的!

絵になる皇后陛下.jpg

お顔やスタイルがお美しいことはもちろんですが、
皇后陛下の全身から醸し出される品の良さ、
純粋さ、穏やかさ、温かみにとても心惹かれます*^^*


そしてこちらは、公的行事に励まれる皇后陛下。

国民をお慰めになる皇后陛下.jpg

皇后陛下は、お膝やお首の痛みを抱えておられますが、
被災された方々をお慰めに回られる際はいつも
こうやって同じ目線になられて、笑顔で一人ひとりと向き合われて
ご自身の心からのお言葉をおかけになっておられます。

こういったことをこれまで、地道に積み重ねて来られたからこそ、
両陛下は心あるすべての日本人から尊敬され慕われ、
また世界中の人々から愛されておられるのだと思います。

皇后陛下は「日本国民みんなのお母さん」なのです。

それからこちらは、バスの外にいる人に、笑顔とガッツポーズで
「頑張りましょう」とメッセージを送られる皇后陛下。

皇后陛下のガッツポーズ.jpg

ガッツポーズ世界選手権シード優勝&
光の速さで殿堂入り(断言)


文句なしに世界一お可愛らしいガッツポーズだと思います。

そもそも拍手を送られるご様子すら、
こんなにもキュートな皇后陛下…( *´艸`)

笑顔で拍手なさる皇后陛下.jpg

本当に邪気がない方ですが、それでいて、
皇后陛下のご表情には深みと温かみがあるのです。
母性と神性をきわめた方ならではの
特別お美しい笑顔だと思います。

ちなみにこれはブログ主の個人的な印象ですが、
皇后陛下は、人の悪口とか嫌味とか、
愚痴とかは、絶対におっしゃらない気がします。

それからこちらは、世にも貴重な皇后陛下のビックウェーブの瞬間(笑)

皇后陛下のウェーブ.jpg

長野オリンピックの会場で巻き起こっていたウェーブが、
いつも両陛下のお席の近くで、
遠慮して止まってしまうことに気づかれた皇后陛下。
天皇陛下にお許しをいただいたのちに、ご覧のとおりの満開の笑顔で
チャーミングなウェーブを披露して
ウェーブをしっかりつなげてくださいました。

天皇陛下の笑顔も、温かみに溢れていますね!


一方こちらは、うってかわって非常に真剣なご様子。
お若いころから大好きで続けていらっしゃるピアノのレッスン風景です。

ピアノ御演奏中.jpg

ピアノは素晴らしい腕前だそうですよ。
どんな音色を奏でられるのでしょう。
一度でいいから、お聞かせ願えないかしらと
ひそかに(?)憧れています。

そしてピアノ関連でもう一枚。両陛下の素敵なショット。


両陛下2.jpg

このお写真1枚で、お二人が愛し合い、支え合ってこられた
ご夫婦であることがよく分かります。絵になるお姿ですよね〜。

こちらのお写真も、ほのぼのとします。

両陛下が笑顔でご鑑賞.jpg

どんな楽しいお話をなさっているのでしょう…*^^*

楽しいといえば、皇后陛下はお茶目な方でもあらせられます。
建物の陰からそっと秋篠宮ご一家を見守っている、
あのシルエットは…も、もしや(笑)

あのシルエットは!.jpg


嬉しくて嬉しくて、どうしてもご覧になりたくて
こっそり見に来られたのでしょうね(*´▽`*)
油断した妖精が写真に映っちゃった!的なお可愛らしさです(笑)


そして、こちらが締めの一枚となります。
パラオへご訪問された際のショットです。

パラオご訪問.jpg

天皇陛下のおそばに、いつも
皇后陛下がおられたからこそ
お二人は長い長い慰霊の旅にも似た人生を
ここまでみごとに歩んでこられたのだと思います。

そして、天皇皇后がこのお二方であったからこそ、
この平成の世が保たれているのだとも。

皇后陛下のますますのお幸せとご健康を
心よりお祈り申し上げます。
そして、私達の大切な日本と皇室が、
千代に八千代に栄えていかれますように…


posted by はなうた at 20:24| Comment(0) | 皇室と日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月11日

秋篠宮紀子妃殿下、お誕生日おめでとうございます

9月11日は、秋篠宮紀子妃殿下のお誕生日です。
おめでとうございます\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/

初めて妃殿下をテレビでお見かけした時に
「なんて可愛いお姉さんなんだろう!」とびっくりして
ひと目見て大好きになりました。
それから今にいたるまで、
ブログ主はずっと妃殿下のことが大好きで
心からお慕い申し上げています💕💕💕

今回は、紀子妃殿下の素敵な画像を貼りながら
妃殿下のお可愛らしさやお美しさ、素敵さを讃えて
お誕生日をお祝いさせていただこうと思います\(^o^)/

まずは、御幼少のみぎりから…

少女時代.jpg

お目々がくりくり、お顔立ちがはっきり♪
おしゃまなアメリカンガールのようなお写真ですね^^
お小さい頃の妃殿下は、写真を撮られるときには
このポーズでキメる✨のが定番でいらしたようです🎵


そしてこちらは、七五三のお写真でしょうか。

七五三.jpg

まだお小さいのに、凛としていらして可憐で、
とても綺麗な女の子だなあと思います。
お召しになられているお着物は、桃色と白色と金色の
品良く知的な印象の振袖です。
さすがは学者一家の御令嬢ですね(*^▽^*)


そしてこちらが、テレビで取り上げられ始めた当時の妃殿下。

ジョギング中.jpeg

なんというピカピカのお嬢さん✨

当時の妃殿下は、健康づくりのために
よくジョギングをしていらっしゃいました。
そして報道陣に声を掛けられるたびに
律儀に立ち止まられて、このお写真のように
にこやかにお辞儀なさっていました。

健康で清楚で、明るくて可愛くて、女性らしくて
控えめで、礼儀正しくて…そんな紀子様は
当時のブログ主から見ても
本当に素敵な憧れのお姉さんでした。


そしてこちらは、婚約会見での妃殿下です。

ご婚約会見.jpg

髪を飾る、ベルベットの大きなリボン。
シンプルなワンピースと、清楚なパールのネックレス。
光り輝く満月のような笑顔。

今改めてじーっと眺めても「こんなに可愛いお嬢さんが
この世にいるなんて…」と感動してしまいます。


こちらは、ご成婚時のお写真です。

ご成婚の記念写真.jpg

当時、新聞に掲載されていたこのお写真を切り抜いて、
ブログ主は自分のアルバムに貼っていました(*´▽`*)

ブログ主の育った家庭は、保守でも何でもありませんでした。
そしてブログ主自身も、今よりもはるかにものごとを知らず
皇室への思い入れも、恥ずかしながらほとんどありませんでしたが
それでも紀子様のことは大好きでした。
それでアルバムにこのお写真を貼って、嬉しく眺めていたのです*^^*


ご成婚時のお写真を、もう一枚。

ご成婚の日.jpg

お二人のご成婚当時は、ブログ主は秋篠宮文仁殿下の
お人柄の素晴らしさにはまだピンと来ていませんでしたが
「あの紀子様が恋をして、真剣に考えて選んだ人なのだから
きっと素敵でよい人に違いない」と思っていました(笑)

今は、妃殿下と同じぐらい殿下のことも大好きで尊敬しています。
殿下はお歳を重ねられて、どんどん風格が増してこられましたし
一つひとつのご公務や公的行事を
真摯に丁寧にお務めになっていらっしゃいます。
会見などのお言葉も、知性と思いやりに満ちていて素晴らしいです。
今のこの日本に、秋篠宮文仁殿下がいてくださっていることは
何度感謝してもしきれないほどありがたいことだ…☀と思っています。


話を妃殿下に戻しまして…
妃殿下の、公的行事での素敵なショットを取り上げてみます。

水玉スーツ.jpeg

涼しげで柔らかい笑顔!!
そして歯並びのお美しいこと!
変わり水玉のワンピースが、とてもおしゃれでお似合いです。


そして、紀子様のお可愛らしい笑顔が印象的な一枚。

水色のお帽子とスーツ.jpg

妃殿下のパーソナルカラーは、やっぱりサマーだと思われます。
淡く柔らかい水色のスーツとおリボンのついたお帽子が
本当によくお似合いですよね。


こちらは、ヴォーグの表紙を飾ったプリンセス・スマイル。

ヴォーグの表紙に.jpg

今までヴォーグのカヴァー・ガールをつとめた
どんな女優さんやモデルさんよりも、
紀子様がダントツでナンバー☆ワンだと思う(`・ω・´)キリッ


こちらは、チェックのスーツ姿のお写真です。

チェックのスーツ.jpg

本当に美人さんですよね〜。
奇抜な服装で目立とうとしなくても、
顔が変わるほどすごいお化粧(笑)をしなくても、
身なりを清潔に、きちんと服装を整えて微笑むだけで
紀子様はこんなにも素敵に輝いておられます。


殿下を見つめていらっしゃる妃殿下。

優しいまなざし.jpg

妃殿下は、殿下のことが本当に大好きでいらっしゃるんだなあ、
ということがひしひしと伝わってくる一枚です。
こちらはご成婚後のお写真だと思いますが、
なんていうか…恋する眼差しですよね💓


そして、二十年以上寄り添ってこられてもなお、この潤った眼差し✨

殿下を見つめる妃殿下その2.jpg

下々の言葉で申し上げるのは大変畏れ多いのですが…
ラブラブじゃないですか〜ウフフ💓💓💓って感じです(笑)


見つめる、といえば、こちらのお写真も素敵です。
皇后陛下を見つめていらっしゃる妃殿下。

皇后陛下と妃殿下.jpg

妃殿下が皇后陛下を心から尊敬なさって、大好きでいらして、
そして皇后陛下も妃殿下をいつも大切にされているからこそ、
妃殿下はこういう表情を浮かべておられるのだと思います。

妃殿下が皇后陛下を思う真心が溢れた一枚だと思います💠


こちらは、悠仁様ご出産直後の妃殿下。殿下もご一緒です。

2015090819434500.jpg

ブログ主は、このときの妃殿下の「手」が
本当に綺麗で素敵だなあと思って見ています。
悠仁親王殿下を包み込み護ろうとする妃殿下の愛情が
そのまんま外に現れたような、優しくて尊い手の形。


そして、お隣にいらっしゃる殿下を見つめるお可愛らしい笑顔。

IMG_20150908_194246.jpg

純白のお洋服よりも上質の真珠よりも、
妃殿下ご自身が一番光輝いておられます。


こちらは、正装をなさって移動中の妃殿下。
お綺麗でお可愛らしいだけではなく、
強く優しく豊かな「慈母」のご表情だなあと思います。

ご正装ご移動中.jpeg



泣いていらっしゃる悠仁親王殿下を
笑顔で抱きかかえておられる妃殿下。
明るく気丈なお人柄がにじみ出たお写真です。

強くて明るいお母さん.jpg


一般参賀での妃殿下。お顔も仕草も、観音様みたいです。

一般参賀.jpg


こちらは、施設をご訪問中の妃殿下。
世界一のプリンセス・スマイル。

手話で笑顔.jpg


最後に、紀子様のお人柄がよくわかるお写真を
あと数点ご紹介します。


紀子様が描かれた鶏の絵。

紀子様の鶏の絵.jpg

紀子様がしたためられた書。

紀子様の書.jpg

紀子様が手話をなさっているところ。

紀子妃殿下.jpg

絵も書も手話も、丁寧で美しくて繊細で、深みがあります。
そして、生まれつきここまでのクオリティで
表現ができる人なんて、いないのです。
絵も書も手話も、妃殿下がこれまで
並外れた努力を積み重ねてこられたからこそ
ここまでのレベルのものを表現できるのだとブログ主は思います。

紀子妃殿下は、単にお美しくお可愛らしいだけではない、
しなやかで、お強くてお優しくて聡明で、人一倍根気のある方です。
大和撫子のお手本の一人は紀子様だ、とブログ主は思っています。


天皇皇后両陛下の御心を大切になさり、
秋篠宮文仁殿下を心身ともにお支えになり、
眞子内親王殿下、佳子内親王殿下、悠仁親王殿下を
それぞれご立派にお育てになり、
国内外で多くの人を励まし勇気づけてこられた紀子妃殿下。
妃殿下のことが、ずっとずっと大好きです。尊敬しています。
妃殿下と妃殿下を大好きな皆さまに、
これからどうかますますの幸がありますように…💓✨









posted by はなうた at 00:00| Comment(0) | 皇室と日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月06日

悠仁親王殿下、お誕生日おめでとうございます\(^o^)/

皆様、ごきげんよう\(^o^)/

PCの不具合の件ですが、もう大丈夫そうですので
今日からまたぼちぼち記事を更新していきます。
よろしくお願いいたします(*´▽`*)

本日9月6日は、秋篠宮悠仁親王殿下、
愛称「ゆうゆう殿下」の9歳のお誕生日です。

ということで、ゆうゆう殿下の素敵な画像を貼って
お誕生日をお祝いさせていただきます\(^o^)/

お小さいころから、このお可愛らしさ…( *´艸`)

幼児期.jpg


幼くして、この聡明なお目々の輝きぴかぴか(新しい)

着袴.jpg


そして、9歳の今がこちら!!

9歳.jpg

虫取りが大好きな悠仁親王殿下。

6歳のお誕生日に公開された、
このお写真も素敵でした^^

虫をとる親王殿下.jpg


話を戻しまして、9歳現在の画像へ。

9歳その1.jpg

秋篠宮文仁親王殿下は、
悠仁親王殿下のことを「大切な我が子」のようにも
「大好きなお友達」のようにも見つめながら
嬉しそうにお話を聞いていらっしゃいます。
とても素敵な父子のお姿だなあと思います。

こちらでは、上の画像の関連動画が見られます(^▽^)ノ



そしてこちらは、お父様に無慈悲なツッコミ(笑)を入れる悠仁様



「だめだめ、もー。全然できてないから、それ。
わかってる?わかってないよね?」的な容赦ないジェスチャー(笑)

眞子内親王殿下や佳子内親王殿下の会見のお言葉で
「父は導火線が短いので…(笑)」とからかわれておいでの殿下も、
悠仁様にはめっぽう弱くていらっしゃる(笑)というか、
とにかく、悠仁様が可愛くて仕方ないのだろうなということが
よくわかる、微笑ましい動画です。

そして、隣で笑顔でご覧になっている紀子妃殿下のお美しいこと。
特別着飾っているわけではないのに、発光するように輝いていらして
「観音様が人間のお姿をしていたら、きっとこんな感じなんだろうな」
と思うようなまばゆい笑顔を浮かべておられます。紀子様大好きかわいい


それにしても、文仁親王殿下も悠仁親王殿下も、
襟付きの青系のチェックのシャツがよくお似合いでするんるん

9歳その3.jpg


チェックのシャツといえば、
眞子内親王殿下と佳子内親王殿下との
野菜畑でのこんなショットも印象に残っています。

秋篠宮家のお子様達.jpg

佳子内親王殿下が後ろを向いておられるのが
ちょっと残念ですが、
笑顔でお話になっておられるようですよね^^

そして眞子内親王殿下の、はっとするようなお美しさ。
悠仁親王殿下の、知的で好奇心いっぱいのご表情。

思えば、昭和天皇は生物学のご研究をなさっていましたし
今上陛下のご専門は魚類学、
秋篠宮殿下は鳥類や両生類、ナマズなど
やはり生物学への造詣が深くていらっしゃいます。

そしてお母様の紀子妃殿下は、代々学者の血筋でいらして、
妃殿下ご自身もお子様達の子育てや公務をなさりながら
心理学で博士号を取得されています。

皆様、とても努力家でいらっしゃり、研究熱心でもあらせられ…
新しいものごとを学んだり、自分を磨いたりすることの喜びを
とても大切になさっておられるのだろうなあと思います。

そういう方々のDNAと思いを受け継いだこのお三方は、
一体どんな知的な会話を楽しんでおられるのかなあ…ひらめき
と、見ているだけで笑顔になってしまうお写真です。

秋篠宮両殿下やお子様達のニュースを拝見するだけで
「日本の未来は明るいなあ」と思えてきますぴかぴか(新しい)


日本の繁栄と世界の平和を実現すべく、
皇祖神や、志にあふれた先人達や
さまざまな人の思いを真摯に受け止めながら、
ひたむきにご努力を重ねておられる秋篠宮ご一家に
どうかますますの幸がありますように(人)

そして、ゆうゆう殿下のますますの健やかなご成長を
心よりお祈り申し上げます(人)


すめらみこと、いやさか〜晴れ


posted by はなうた at 11:41| Comment(0) | 皇室と日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月29日

秋篠宮同妃両殿下ご成婚25周年(銀婚式)のお言葉(対談形式:全文)

秋篠宮同妃両殿下は、2015年6月29日に
ご成婚25周年をお迎えになられました。
おめでとうございます\(^o^)/

この日に合わせて両殿下が発表されたのは、
両殿下のご対談という形式でまとめられた、
一風変わった文章です。
この「対談形式の文章」というスタイルは
秋篠宮殿下が御発案されたことだそうで、
両殿下が一つずつ御相談なさいながら
パソコンで文章を作成されたのだそうです^^

微笑ましくて、創造性豊かで、誠実さに溢れていて、
なんとも素敵な「25年目の共同作業」だと感じました。

文章の内容も、ものすごく素敵でしたので
これが時間限定で消されてしまうのはもったいない!
と思い、以下に全文を転載させていただきました。

長文ですが、ユーモアと愛に溢れていて
とても清々しい気持ちになりますし、感動しますよ〜。

ではでは、ご一緒に拝読いたしましょう!

(産経ニュース 2015年6月29日「ご感想全文」より)



***********************************

 ■結婚25年にあたって
1.jpg

〈出会い〉

 秋篠宮さま 今年は結婚をしてから25年が経つようです。時間は常に経過していますので、取り立てて25年に意味づけをするものではないと思いますが、少し振り返ってみるのも記憶と記録を整理する上でよい機会かもしれませんね。

 紀子さま はい。私たちの今までを整理する方法のひとつとして、対談の形もあるのではないかとのお話になりました。このような形に慣れておりませんが、どうぞよろしくお願いいたします。

 秋篠宮さま もっとも、結婚する前にしばらく付き合っていた時期があるので、そのあたりから始めましょうか。いつのことか覚えていますか?

 紀子さま 30年位前になりますでしょうか。私が大学1年生の春、本を探しに大学内の書店に立ち寄りましたとき、初めてご挨拶をさせていただきました。

 秋篠宮さま 私の記憶に間違いがなければ、1985年の5月のことです。ちょうどそのころ、各地の文化や自然を楽しむことを目的としたインター・カレッジのサークルを作ったので、そこに誘ったところ喜んで入ってくれました。白川郷の合掌集落などずいぶんあちらこちらに出かけましたね。

 紀子さま はい。いろいろなところを旅行して、地域の豊かな文化や多様な自然にふれることができました。

 秋篠宮さま そして1986年、ある集いがあった後、あなたを送っていく途中に…。

 紀子さま 二人で信号を待っておりましたとき、突然、将来のことについてのお話があって、びっくりいたしました。大学卒業後は、海外の大学院に行くことを考えていましたので、どのようにお返事をしたらよろしいかと迷い、考えさせてくださいとお話しさせていただいて。

〈結婚にむけた準備〉

 秋篠宮さま 少し時計の針を進めましょう。私が大学を卒業したのが1988年ですが、その年の夏から暫くの間英国に滞在しました。この間、昭和天皇のご不例と崩御があったことから、しばしば日本に帰ることになりました。日本にいる間は、諸行事に参列するためだったのですが、そのおりに、将来のことについていろいろと話す機会にもなりました。そして、1989年の9月に公表するに至りました。これはいわゆる結納に当たる正式な婚約ではなく、皇室会議の議を経て婚約が内定したということを発表する機会でした。服喪中のこうした発表は異例なことと思った人がいたようですが、1951年7月の順宮(現池田厚子)様の発表は貞明皇后の崩御から約2ヶ月後で、しかも当時参考としていた旧皇室服喪令によると、私たちの発表時期より一段階重い服喪期間中でしたので、手続きを終えたという発表は前例にもあり問題ないと宮内庁は判断したわけです。

 そして、私たちの結婚の時期についてです。秩父宮両殿下のご婚儀が1928年9月末で、昭和天皇の即位の礼が同年の11月初旬。その間は2ヶ月もなく、大変だったことを両陛下が聞いていらしたそうです。そのようなことから、私たちのときには、結婚から同じ年の11月予定の即位の礼までにある程度の時間があったほうがよいとのことで、私が帰国した直後に式がおこなわれることになりました。

 紀子さま とてもありがたい思し召しを賜り、感謝申し上げております。

 秋篠宮さま 話が少し前後しますが、昭和天皇の一周年の行事が終わり、私は1990年の1月から6月にかけては英国に滞在していたわけですが、その間、新たに住む家については、あなたに任せきりでした。もっとも、改築の平面図を見てもイメージすることができない私より、多少は空間認知に優れているあなたが見る方がよかったのは明らかでしたが。

 今のは自分にとって都合のよい言い訳なのですが、実際のところ帰国したのが6月21日で、6月29日の結婚式までは約1週間しかなかったことを考えれば、新居での生活の準備は完全にあなたへ依存していたわけで、このことについては申し訳なかったとしか言いようがありません。

 紀子さま いいえ。むしろ、英国よりのご帰国を待っていたのかのように、式までの約1週間、宮中行事の習礼(しゅらい)をはじめ、関係者とのこまかい打ち合わせが多くおこなわれましたが、時差がある中、大変ではありませんでしたか。

 秋篠宮さま 幸いなことに、私は一般的に言われていることとは逆で、若いころは東へ向かうほうが時差の影響が少なかったため、それで大変ということはなかったと思います。

紀子さま 新しい生活にむけての準備や支度は初めてのことばかりで、新居について、相談をしたいと思いましても、当時は連絡手段としてメールはまだ普及していなくて、電話やファクシミリで、英国との時差もあり、すぐには連絡がとれない状況でした。式までに考えるべきこと、決めるべきことがたくさんあり、大学院の講義も受けていましたので、時間が経つのが早く、準備を終えられるか心配でした。

 そのような中、宮内庁の職員が、改築や内装をはじめ、よく考え、提案してくれました。そばにいらしてくださったら、どんなに心強いかしら、と思うことはありましたが、いろいろな人の助けを借り、用意をある程度進めることができました。
 帰国されたときは、本当にうれしく、それまでの不安もどこかにいってしまうくらいでした。


2.jpg

〈結婚の日と新居〉

 秋篠宮さま さて、1990年6月29日の結婚の日は、結婚の儀にはじまり朝見の儀、その他の諸行事が朝からたくさんあり、夜の10時頃でしょうか、一息ついたときにようやく結婚したことを実感した記憶があります。もっとも、その翌日からもいろいろと行事があったので、何となく慌ただしかったですけれどね。

 紀子さま はい。このよき日の行事を滞りなく終えたときは、安堵(あんど)いたしました。

 大学院生としての日々から、公的な仕事をする生活となったことは、大きな変化でした。そうした中で、折にふれて、両陛下が導いてくださり、あたたかくお見守りくださいました。各宮妃殿下方にも、行事の所作や服装などを丁寧に教えていただきました。さまざまな形で多くの人から支えられましたことを、ありがたく思っております。

 秋篠宮さま 少しばかり新居となった家のことを話しましょうか。というのは、私にとって10年ほど過ごしたこの家には、けっこう思い出があるからです。

 当初、宮内庁は新婚の我々のために、仮住まいではあるけれど同じ場所に新たな家を建てることを考えていました。しかし、いずれ何処かに居を構えるのに、仮住まいのためにたて直すその計画は無駄が多いように思い、現存している建物を一部改築して使いたい旨伝えました。たしかに大勢の人とそこで会うのには適当ではありませんでしたが、こぢんまりとしていたぶん、非常に落ち着く場所でもありました。玄関を入って少し大きな声で呼べば、どこにいても大抵聞こえたのではないでしょうか?
 結婚後の生活をあの家でできたことはよかったと思っています。

 紀子さま 約60年の木造家屋を、二人で過ごせるように直して、新しい生活がはじまりました。そして、娘たちの誕生にあわせて部屋を増やしました。その中で、娘たちは成長していき、子どもたちの元気な声が響き、ギターやピアノの音もよく聞こえる、温もりの感じられる家でした。

 秋篠宮さま 今の家からは近くにあるので、この前行ってみたのですが、子供たちが小さい頃に遊び回っていたことを想い起こし懐かしく感じました。彼女たちも気に入っていましたよね。

 紀子さま はい。今の家に移りましてから、またあちらの家で住みたい、と娘たちが話していたこともありましたね。

〈日本国内・海外の訪問などに関連して〉

 秋篠宮さま ところで、結婚後には公的私的は別にして、日本の各地や海外を訪問する機会がたびたびありました。また各種の行事にも出席をしてきました。訪問場所や行事そのものというより、それらに関連して何か印象に残っていることはありますか?

 紀子さま この25年の間に、日本国内、国外でいくつもの場所を訪問し、行事に出席いたしました。そして、さまざまな出会いがあり、多様な分野の人のお話を伺ったり、取り組まれている活動を見せていただいたりするなど、貴重な経験をいたしました。

 秋篠宮さま そうですね。各地で温かく迎えてくださる方たちがいることは、うれしいしありがたいことです。

 紀子さま また、健康作り、子育て支援や食育など、幼児から一人暮らしの高齢者まで地域の人々の暮らしを見守っている方々にも多くお会いしてきました。心強い活動と感じています。

 秋篠宮さま 私の場合には、たとえば学術や環境関係の授賞式等でご縁のあった人や団体が、その後さらに発展した形で社会への貢献をしたときなどは、とてもうれしく感じます。

 公的ということに関連して、あなたもよく知っているように、皇族には国事行為の臨時代行以外に公務は存在しません。あくまで公的な行為もしくは活動であり、言葉としてきちんと区別するべきものと考えます。そのような公的な仕事は、公務と異なりある程度自分の裁量で取捨選択ができてしまう。そのようなことから、声をかけていただき、それらが適当と判断されたものについては、できるだけ応えるように心がけてはいます。

 紀子さま 私もそのように努めてまいりました。そして、公的な活動でも、生活の中でも、宮家に関わる宮内庁や皇宮警察の職員をはじめ、さまざまな形で支えてくれる人たちがいることを大切に思っています。

 秋篠宮さま いっぽう、これは私的なことになりますが、国内外であなたとは一緒でなく訪れている場所もけっこうあります。なかには、一緒に行ってみたい場所もありますので、近い将来の楽しみとして考えることにしましょうか。

 ちなみに、この時は眞子と一緒だったのですが、かなりの悪路ではあるものの、マダガスカルのチュレアールからムルンベへ行く途中に3種類のバオバブやパキポディウムを見ることができ、コーデックス好きにとっては素晴らしい12時間半のドライブを楽しみました。もちろん、ほぼ同じ時間をかけて帰ってきたのですが、ムルンベのバオバブの景観は本当に素晴らしいですよ。

 紀子さま いつか見てみたいですね。


3.jpg

〈子どもたちのこと〉

 紀子さま 子どもたちが小さいときは動物園や博物館にでかけ、また、一緒に旅行もしました。その他にも、子どもたちとはたくさんの思い出がありますね。

 秋篠宮さま 先日、英国にいる眞子から父の日のカードが送られてきました。普段は必要最小限の連絡事項をメールでしているだけなので、妙にうれしい気分になりました。久しぶりだったからかな。

 紀子さま すてきですね。私も眞子より母の日に羊の親子のカードを受け取りましたときは、胸が熱くなりました。

 秋篠宮さま 佳子とは比較的最近のことですが、珍しく一緒に買い物に出かけたことがありました。父親にたいしてつっけんどんな態度のことが多いのですが、意外と優しいところもあり、私が自由に選んだものについて、代わりに会計をしてくれました。もっとも、帰りに彼女にそのまま荷物を持たせていたら注意されましたけれどね。

 紀子さま ほほえましいですね。佳子が小さかったとき、誕生日によく手作りのものを贈ってくれました。幼稚園のときだったでしょうか。私の誕生日に2つの贈り物を考えていたのですが、先に作った貝殻の贈り物を私に見せたくて、早めに渡してくれました。そのあと、誕生日にもうひとつの贈り物をもらい、お祝いを2回してくれた、かわいらしい思い出もあります。

 秋篠宮さま 悠仁もしばしば折り紙などの作品を届けてくれます。上の子どもたちと同様、もらったものには年月日を付して、飾ったり、保存したりしています。最近は、絵も上手になってきましたね。自分が絵を描くことが下手なので言うわけではありませんが、何かを観察してそれを絵として表現できると旅をしたときの記録として意味が出てきますので、どんどん描いてほしいものです。

 紀子さま 絵を描いたりするほかにも、切り紙をしたり、厚紙で入れものをつくったりしながら、いろいろなものを創り出すことを、悠仁は楽しんでいますね。

 私たちの手許(てもと)には、子どもたちの小さいときからの作品がいくつもあります。どれも大事な宝物。普段なにげなく描いた絵から、本に登場する主人公や生き物などを描いたものが廊下の壁にかかり、折り紙やペーパークラフトが部屋に飾られています。

〈結婚したころと今と〉

 紀子さま ここで、結婚したころと、それから25年たった今のお気持ちを伺ってもよろしいでしょうか?

 秋篠宮さま このような機会がないと考えることもないですからね。

 1990年というのは、ついこの間のことのように思えますが、やはり相応に時間がたっているということを感じることはあります。仕事や研究などでいろいろな事柄を解釈・判断するときに、若いころでは思い至らなかったことが多々あると感じます。そのことで、ずいぶんと周りに迷惑をかけたことがあるように思います。
 もちろん、いまだに不十分で、反省と後悔すること多々ありです。精神年齢が未だ20代から進化していないのでしょう。

 紀子さま 私も結婚をしたころは、慣れないことや戸惑うことがあり、考えすぎることや力を入れすぎて、ご迷惑をおかけしたことがいろいろあったのではないでしょうか。今は遅ればせながら、力を抜くこつが少しずつわかってきたように感じていますが。

 このようなことにも「進化」という見方があるのですね。今でも、20代のときのような探究心や若々しい感性や創造性をおもちになっているのではないでしょうか。例えば、研究会に参加されているときには、そのように強く感じることがあります。

 秋篠宮さま たしかに研究会等への出席は、今まで自分がもっていなかった知識を得る機会にもなり、有意義に感じることが多くあります。まだまだ好奇心は残っているなと。出かける前と帰ってきた後とでは、テンションが違うと感じることがあるでしょう?

 紀子さま はい。お話しくださる様子から、心がはずむ時間を過ごされたのではないかと感じることがあります。

 秋篠宮さま いっぽう、フィジカルな面は劣化していますね。走り回ることについては、佳子が小学生の時にリタイアしてしまいましたが、最近不便に感じているのが老眼。もともと遠視があったので遠からずそうなるだろうと予想はしていましたが、眼鏡が放せなくなってしまいました。まあ、いたしかたないことではありますが。

 紀子さま 私も小さい字が急に見えにくくなりました。また、疲れたとき、回復する時間が以前に比べてかかるようになりました。

 毎朝のように散策をされたり、休みの日には庭仕事をされたり、よく身体を動かされていますね。週末は、散策に私も誘ってくださいますので、四季の移り変わりを感じながら歩くこの時間は、健康のためにも、楽しみのためにもありがたいです。

 秋篠宮さま 25年というと、親・兄妹と過ごした年月より長く一緒にいたことになります。それだけの期間をともに過ごしていれば、共有することができた貴重な経験は数多くあります。また、誰かの言葉を借りれば導火線が短い私ですので、口論も多々あるのはごく普通のことでしょう。そのようななかで、ほとんど言葉に出さないので不満かもしれませんが、感謝の気持ちもきちんともっていますよ。

 紀子さま それはうれしいです。

 秋篠宮さま さまざまな書類、私の所に届くまでに不明な点などを整理しておいてくれますね。これは非常に助かっています。

 紀子さま まだまだ至らないところもあると思いますが、そういう面でもお役にたっておりますなら、幸せです。

 秋篠宮さま また、昔から何故か階段を踏み外しやすいことから、階段のあるところでは、滑り落ちないようにさりげなく支えてくれていますね。周囲から見ると、私があなたを支えているように見えているかもしれないけれども。

 紀子さま こちらこそ、いつもこまやかにお教えくださり、また健康面も気遣ってくださり、深く感謝しております。

 また、一緒に生活をするようになってからわかったことですが、食べ物の好き嫌いがほとんどありませんね。私は、いくつか苦手なものがありますが…。食材を自由に選ぶことができて、助かっています。旅先でもいろいろな郷土料理を一緒に楽しむことができ、食文化に親しむ機会が増えたように思います。

 ほかにも、用事が立て込んでいましても、余裕をもって時間を守られていることには敬服しております。私は自分の時計の針を早く進めても、遅れ気味になってしまいます。もっとも、行事の前に私のところにいらして、あと何分と言われると、プレッシャーを感じますが…。

 お互いの気づきや発見がいろいろあり、自分と違う考え方だなと感じるいっぽうで、共有できる見方もありました。また、理解するのが難しかったこともあれば、言葉を交わさずとも心が通じ合うようになり、助けられたことも多々ありました。

 秋篠宮さま そうですね。結婚するまでまったく異なるところで暮らしてきたわけですから、考え方などで共有できるところとそうでないところがあるのは当然のことでしょう。その上で、我が家の場合に限って言えば、経験を共有することと趣味を共有しないことがよかったと思います。経験は共有することで将来的に発展しますが、趣味、たとえば、あなたが瓢箪(ひょうたん)に興味をもってそれを共有したとすると競ってしまいますので、良好な関係でなくなる可能性大です。趣味はそれぞれ楽しみましょう。

 紀子さま それぞれの趣味もありますが、一緒に音楽を聴いたり、自然に親しんだり、旅行にでかけたりという時間も楽しいですね。

4.jpg

〈夫、妻、親として〉

 秋篠宮さま さて、ときどき夫もしくは親としてどのように認識されているのか気になることがあります。あなたも同様でしょう。最後に評価でもしてみませんか?

 紀子さま 気にしているかどうかわかりませんが、面白そうですね。

 秋篠宮さま 本来であれば、第三者、まったくの第三者というわけにもいかないので、私以外の家族に委ねなくてはいけないのでしょうが、それをするにはまず自らを振り返ることが必要です。とはいうものの、あなたと子どもたちから私の評価を聞くことは、今までの自分の行いを考えると少し怖い気もするので、今回はあくまで自己点検・評価でいきましょう。

 きちんとした項目立てをして、優・良・可・不可で客観的に点検および評価をしたわけではありませんが、漠然としたメルクマールからすると、私の場合には限りなくボーダーラインに近い「可」といったところでしょうか。

 紀子さま 私も仲良く「可」にいたします。いろいろな可能性を秘めている「可」ということでいかがでしょうか。

 秋篠宮さま おたがい、改善点が多いということですね。「良」や「優」は、今後の努力目標とすることにしましょう。

 紀子さま はい。これからも、可能性を大事にしつつ、努力目標にむけて一緒に年を重ねていくことができれば幸せに思います。

 秋篠宮さま それでは、このあたりで終わることにしましょうか。

 紀子さま そうですね。ありがとうございました。

=おわり

***********************************

私は、なんだか分からないのですが
お二人のお言葉を拝読している間中
ずっと目に涙をためていました。
全然うまく言えないのですが、
「こういう結びつきが『愛』なんだ」と思い、
感動して心が震えているような感じでした。

若く美しく素敵なお二方が結ばれて、
さまざまな困難を乗り越えられて、
絆の固い素晴らしいご夫婦となられたこと。
素晴らしいお子様達に恵まれて、
ご研究やご公務(私はひとくくりに
「公務」と思っていましたが、殿下のお言葉によると
「公務」と「公的な活動」は
厳然と区別して使うのだと今回初めて知りました)に
勤しまれて、着実に実績を積んでいらしたこと。

個人的に一番面白いと感じた描写は、
殿下がお買いものの後で
佳子内親王に注意を受けられたこと(笑)。
そして一番泣けたのは、妃殿下が殿下に倣って
「私も仲良く『可』にいたします」とおっしゃったくだりでした。

あまりにも素敵なものを見ると、
びっくりして、ありがたくて、涙が出てきますね…。
両殿下のお心遣いのおかげで、
今日一日ずっと幸せな気持ちで過ごせました。


私達日本人は、マスコミに頻繁に出てくる人達の水準に
自分達を無理やり落とす必要はないと思います。
私達日本人には、こんなに素敵なご一家がいらっしゃいます。
私達が見つめるべきは、秋篠宮のご一家だと心から思います。

お茶目なところもユーモラスなところも、
謙虚なところも人間らしいところも、気高いところも…
あらゆる面が輝いていて、本当に素敵なご一家です。

そして、秋篠宮両殿下がお手本とされ、
一生懸命に支えてこられた方々こそが
天皇皇后両陛下であらせられる、ということ。
両陛下から秋篠宮家に受け継がれている精神こそが
私達日本人のよりどころや背骨となっていることに
私は改めて、大きな喜びと感謝で一杯になりました。

改めまして、秋篠宮同妃両殿下、
ご成婚25周年おめでとうございます。
我が国の素晴らしい皇統が、
千代に八千代に続きますように。


posted by はなうた at 19:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 皇室と日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月04日

明治節に思ったこと

去る11月3日は、日本の大切な祝日の一つ、
明治節でした。

現在は「文化の日」などと
抽象的な名前がついていますが
この日は明治天皇のご生誕日であり、
ご治世中は「天長節」
崩御されてからは「明治節」
と呼ばれ、
日本国民の大切な日としてお祝いされてきました。

明治天皇は、こんなお方でした。
明治天皇.jpg
こんなにお若いときから
ただならぬ存在感を示しておられますが、
ご表情からは、ご思慮の深さやご聡明さが
自然とにじみ出ておられます。

お歳を重ねられてからの、こんな御真影もあります。
明治天皇2.jpg
「本物の威厳」とは何か、そのことを
御身をもって体現されたかのようなお姿ですよねー^^

さて、昨日の私は
「今日は明治節だから、教育勅語を読もう!」と思い、
手元の教育勅語を改めて読み返しました。
そしてやはり教育勅語は素晴らしいなあ…としみじみ感動し
1日遅れましたが、ブログ記事で取り上げることにしました。

教育勅語の原文と、それを現代語訳した文章が
明治神宮(明治天皇をお祀りしているところです)の
HP
に掲載されていますので、
ここでは現代語の意訳バージョンの方を
転載してご紹介します。
http://sukeikai.meijijingu.or.jp/taisetsu/004.html

===========================

国民の皆さん、私たちの祖先は、国を建て初めた時から、
道義道徳を大切にする、という大きな理想
を掲げてきました。

そして全国民が、国家と家庭のために心を合わせて力を尽くし
今日に至るまで美事な成果をあげてくることができたのは、
わが日本のすぐれた国柄のおかげであり、
またわが国の教育の基づくところも、ここにあるのだと思います。
 
国民の皆さん、

(1)あなたを生み育ててくださった
両親に、
「お父さんお母さん、ありがとう」と
感謝しましょう。

(2)兄弟のいる人は、「一緒にしっかりやろうよ」と、
仲良く励ましあいましょう。

(3)縁あって結ばれた夫婦は、
「二人で助けあっていこう」と、
いつまでも協力しあいましょう。

(4)学校などで交わりをもつ友達とは、
「お互い、わかってるよね」と、信じあえるようになりましょう。

また、(5)もし間違ったことを言ったり行った時は、すぐ
「ごめんなさい、よく考えてみます」と自ら反省して、
謙虚にやりなおしましょう。


(6)どんなことでも自分ひとりではできないのですから、
いつも思いやりの心をもって「みんなにやさしくします」と、
博愛の輪を広げましょう。

(7)誰でも自分の能力と人格を高めるために
学業や鍛錬をするのですから、
「進んで勉強し努力します」という意気込みで、知徳を磨きましょう。

さらに、(8)一人前の努力を養ったら、それを活かせる職業に就き、
「喜んでお手伝いします」という気持ちで
公=世のため人のために働きましょう。

(9)ふだんは国家の秩序を保つために必要な憲法や法律を尊重し、
「約束は必ず守ります」と心に誓って、ルールに従いましょう。

(10)もし国家の平和と国民の安全が危機に陥るような
非常事態に直面したら、愛する祖国や同胞を守るために、
それぞれの立場で「勇気を出してがんばります」と覚悟を決め
力を尽くしましょう。

いま(1)〜(10)に述べたようなことは、
善良な日本国民として不可欠の心得であると共に、
その実践に努めるならば、
(11)
皆さんの祖先たちが昔から守り伝えてきた
日本的な美徳を継承することにもなりましょう。
 
(三)このような日本人の歩むべき道は、
わが皇室の祖先たちが守り伝えてきた教訓とも同じ
なのです。
かような皇室にとっても国民にとっても「いいもの」は、
日本の伝統ですから、いつまでも「大事にしていきます」と心がけて、
守り通しましょう。

この伝統的な人の道は、昔も今も変わることのない、
また海外でも十分通用する普遍的な真理にほかなりません。
 
(四)そこで、(12)私自身も、国民の皆さんと一緒に、
これらの教えを一生大事に守って高い徳性を保ち続けるため、
ここで皆さんに「まず、自分でやってみます」と明言することにより、
その実践に努めて手本を示したいと思います。

===========================


こんなに温かく美しく、力強い呼びかけを
国民に対してしてくださった方
こそが、
私たちが明治時代にいただいていた
明治天皇であらせられました。
このような方が見守ってくださる日本に生まれて
生活できていることは、本当にありがたいことです。

私たちが子供の頃に、教育勅語の内容を教えさとして
励ましてくれる大人が一人でもそばにいてくれたら、
私たちは、自分の中に誇りと喜びを保ちながら
日本人らしい大人になっていたことでしょう。

一方で、こういうことを言ってくれる大人が
現在に至るまで周りに一人もいなかったとしても、
私たちは今ここで、時と場所を超えて
明治天皇の思いを受け取ることができています。


もし、つらく悲しい気分になったり、
道に迷ったような気持ちになったときは、
明治天皇が遺してくださった教育勅語を読み返して
エネルギーをいただいて、これからの道を
見つけていけばいいんだ、と感じました。

そして、たとえ暮らし向きが素朴でも、地味でも、
人から讃えられるほどの功をなすことがなくても、
お空の明治天皇がニコニコされて
見守ってくださるような健気な日本人でありたいな
…と
教育勅語を読み返していて、思いました。

教育勅語をくだされた明治天皇の御心に
恥じない日本人でありたい。

そのためにも教育勅語を自分の軸にして
これを大切に生きていこう、と改めて思いました。

(※明治神宮では、日本語と英語を併記して
イラストを使って教育勅語の内容を説明した
素敵なポスターや、冊子を制作しているようです。
http://sukeikai.meijijingu.or.jp/taisetsu/index.html
こういうポスターを職場やお家に貼るのもいいですね*^^*)


また、余談ですが、
ご紹介した教育勅語の冒頭で明治天皇が
「日本のすぐれた国柄」「わが国の教育」
素晴らしさについて言及なさっていますが、
私も先日、あるニュースに感銘を受けて
ちょうどそのテーマで文章を書いたところでした^^

きりり、きらきら、ヤマトナデシコ。
http://kirakira51.com/

の「ナデシコ新聞」(2003.10.28)のコンテンツを
ご覧いただけますと、ありがたいです(人)


posted by はなうた at 13:55| Comment(0) | TrackBack(1) | 皇室と日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする