2015年11月19日

北海道博物館と、旭川市博物館について考えた

皆様、ごきげんよう。

本日のお昼、産経ニュースのサイトを読んでいたら
こんなニュースが目に飛び込んでまいりました。

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http://www.sankei.com/politics/news/151119/plt1511190015-n1.html

「自衛隊批判の資料ばかり!」
クレーム受けて展示変更 

北海道博物館は
「政治的圧力に屈したわけではない」と弁明

北海道博物館(札幌市厚別区)が
自衛隊の基地問題を扱った展示について、
来館者や道議会議員から
「自衛隊を批判する資料ばかりで偏っている」との批判があり、
内容が一部変更されたことが19日、分かった。
同館は「政治的圧力に屈したわけではなく、
展示の趣旨が伝わるように変更した」と説明している。

展示が変更されたのは、常設展「アジアの戦争と北海道」で、
自衛隊の基地問題を扱った部分。
自衛隊の合憲性が争われた「長沼ナイキ基地訴訟」で使われた
「自衛隊違憲判決を!」とのたすきと、
2013年に陸上自衛隊矢臼別演習場で起きた、
在沖縄米海兵隊による誤射事故の地図パネルが撤去された。

同館は新たに、自衛隊の災害救助活動を伝える写真パネルや、
誤射事故は海兵隊が起こしたと明記した冊子など計5点を展示した。

同館によると、4月の開館当初から来館者アンケートで
「偏っている」との意見があったほか、自衛隊員の家族から手紙で
「見学に訪れた子どもがショックを受けた」との訴えがあった。
道に「反自衛隊の立場に偏っており、改善を求める」と伝えた、
自民党会派所属の藤沢澄雄道議は「政治的圧力と思うかどうかは
受け取る側の問題だ」としている。

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自衛隊の存在を否定し、隊員達に罵声を浴びせることで
「我こそは真の平和の理解者である」と自己陶酔する人達がいます。

あるいは、よからぬ団体からよからぬ報酬を受け取る代償として
日本人としての魂を売り払い、同胞の防人を貶める人達がいます。

けれども、そういう人達のことすらも、
自衛隊は命を懸けて護ってくれています。

自衛隊を悪く言う人達は、そのあたりのことについては
一体どう考えているのでしょうか。
「俺たちが高い税金を払って自衛隊を食わせてやっているんだ、
いざというときには俺たちは自衛隊に護られて当然なんだ」
と、口を尖らせてふんぞり返るのでしょうか。

そういう人達に、たった一度でもいいから、真剣に考えてほしい。
もしも、自分の職業が自衛官だったら。
もしも、自分が命懸けで護っている国民から
「お前らは、俺を護って当然なんだ!
俺は高い税金を払って、お前らを養ってやってるんだからな!
ありがたく思え」と言われたら、
言われた側の自分が一体どんな気持ちになるのか。

あるいは、自分の大事な親や、可愛い子供や、
幼いころからの大の親友の職業が自衛官だったとしたら。
大切なその人が、見ず知らずの人々から中傷を受けて
ひどく悲しんで落ち込んでいるところを目の当りにしたら、
自分は一体どんな気持ちになるのか。

今までの偏見や固定観念を、一度でいい、
勇気を出して取り払って、一度でいいから
本当に真剣に考えてほしい。

ただ、国民からどんなにひどいことを言われて
どんなつらい気持ちになったとしても、
それでも護るべきものは絶対に護る。
それが真の防人のプライドだと思います。
防人のそういう尊いプライドを、
日本人なら、むやみに傷つけてはいけません。

悪いことを言ってしまったなあと気がついたら
「ごめんなさい」と言うものでしょう。
自分を護ってくれている人に感謝するときは
「ありがとう」と言うものでしょう。
それが日本人というものでしょう?違いますか?

「政治的圧力に屈したわけではない」なんて
利いた風な口を抜かしたり、
安保闘争ごっこで注目を浴びて悦に入る前に、
人として、日本人として、
まず言っておいた方がよいことがあるのではないですか。
北海道博物館の方々よ。

そのなかでもとりわけ、
アカい思想に染まった今回の企画者の方々よ。

そんなにも、どうしても、
是が非でも反日プロパガンダをしたいのならば、
自分で身銭を切って、自分の私有地にプレハブでも何でも建てて
お好きなくそ資料をお好きなだけ並べてホルホルすればよいのです。
宣伝費も運営費も、全部の経費をいさぎよく手弁当で賄って
自分の個人名を前面に出して、
自分で責任をもって堂々とやってください。
私達が汗水流して働いて、必死の思いで納めてきた税金を
しれっと反日活動なんかに使い込みやがって、
そろそろいい加減にしましょうね。この卑怯者のコソ泥が。

あんまり調子に乗ってると、あなた達のそのシワシワのおでこに
でかでかと「反日」って焼印押しますよコラ?


話は変わりまして、博物館つながりでもう一つ小話を。

先日、旭川市博物館に行ってきました。

旭川市博物館のパンフレットは、こんなデザインですのよ奥様。


旭川市博物館パンフレット.jpg



「旭川市博物館」という名称を掲げながら
「アイヌの歴史と文化に出会う」とは、どういうことでしょう?

ちなみにこの場合は「出会う」ではなく「出合う」が正解であり、
厳密な日本語を使うことを意識せずに
博物館の顔であるパンフレットに載せるキャッチフレーズを
うかうかと決めてしまった人達に対して、
いち旭川市民としては非常に残念な思いを抱いています。

さて、話がずれてしまいましたので、元に戻しますが、
日本語として少々残念なこのキャッチフレーズよりも何よりも、
一番大事なところについて今からツッコミを入れます。

そもそも旭川は、アイヌの町でしたっけ?

北海道に住んだことのある人なば、
アイヌの血が入っている人は、一目見れば分かるでしょう。
そして、北海道生まれで北海道育ち、
入植したご先祖様から数えて開拓民四代目の私から見れば、
アイヌの血が入った人の割合は
どう考えても、そんなに高くはありません。
現在、旭川市を構成している市民の先祖は間違いなく
圧倒的に本州からの開拓民達が多くを占めていると考えます。

それなのに、なぜ「旭川市博物館」という名称の公的な場で
アイヌをクローズアップして取り上げるのでしょうか。
私達の直接の祖先を無視して、
どうしてそんなにもアイヌに執着するのでしょうか?

上のパンフレットを初めて見たときから
ものすごく、もや〜っとした印象を持っていたのですが、
「現場へ行かなければ分からないことがある」という
青山繁晴さんの教えをかみしめ、かみしめ、
先日ようやく旭川市博物館へ行ってきました。

いやあ、もうね…

展示を見れば見るほど、ショックで打ちのめされていって
しまいには館内で「うわああああ!!!!!」と
発狂&絶叫しそうになりましたよ(笑)

常設展の80%以上がアイヌ関連の展示でした。

玉飾りや衣類や、ござなどの生活用品、そしてアイヌ式住居が
いかにも誇らしげに、堂々と陳列していました。
体験コーナーも、絶句するほどアイヌ系のイベントばかり。
さらには「昔の旭川」を紹介するコーナーまでもが、一番目立つ場所で
子ども向けの「アイヌの物語」のアニメをモニターで流していました。

そして、一番びっくりして悲しかったのは…

常設展の会場の片隅に
屯田兵の暮らした住居の復元があったのですが、
その屯田兵の住居の中には、ほぼ何の説明もなかったことでした。

住居にはほとんど照明が当てられることもなく、何ともみすぼらしく、
当時使われていた道具・民具だって本当はたくさんあるはずなのに、
展示物はほとんど皆無と言ってよい状態でした。
屯田兵の住居のレプリカは、文字通り、展示会場の隅っこで
ただの通路の一部のような扱いで掘っ立てられていました
(ほんとうに「掘っ立て小屋」という佇まいでした。
アイヌ関連の展示に対する細やかさと比べると
その扱い方には、異様なくらい違和感がありました)。

私のご先祖様達が…
私の尊敬する、有名無名の先人達が…
ここでは何一つ、大切にされていない…

私達の大切な祖先が、
私達の今の暮らしを、命懸けで整えてくれた人達が
ものすごく軽んじられている!

あの人達の苦労が、ここでは、ほとんどなかったことにされている!

旭川の博物館なのに、どうしてアイヌの展示ばかりするの?
旭川でかつてアイヌが村を作って暮らしていたことぐらい、
私だって知っているよ。
その事実を否定する気はないよ。

でもだからといって、どうして博物館の常設展の8割以上を
アイヌ関連のモノで埋め尽くしてしまうの?
どうして旭川を切り拓いた人達のことを
ちゃんと取り上げないの?

旭川を切り拓いた人達は、私のご先祖様でもあるけれど
あなた達、博物館の人のご先祖様でもあるはずでしょう?
違うの?

あなた達は何人なの?
開拓民の子孫ではないの?
仮に直接の子孫でなかったとしても、
私達の旭川をここまで立派にしてくれた開拓民とその子孫に対して
あなた達は、1ミリも敬意を持っていないの?
なぜ、彼らが私達にしてきてくれたことをないがしろにしているの?

悲しい!
悔しい!
ひどいよね!!あんまりだよね!!!

そして、旭川市博物館のこんな偏った展示内容を、
今までほったらかしにしてきてしまった自分自身に対しても
ものすごく腹が立つ…。

私にも責任があるんだ。


「この展示を、悪気なく、一生懸命に作ってきた人もいるのだろう。
悪気がない人達に対しては申し訳ないけれど、
私はもう、こんなところにいたくない。ここにいると悲しくなる」

という思いで胸がいっぱいになって、苦しくて、
足早に博物館を出ました。
現状のようなアイヌ礼賛の展示が続くのであれば、
もはや二度と行きたいとは思いません。


旭川の春光地区には、北鎮記念館があります。
わが町・旭川が軍都として開発され、発展するに至った歴史が
さまざまな道具や資料を通して、丁寧に紹介されています。

また、東旭川地区には兵村記念館があります。
そこには文字通り、屯田兵やその後に続いた開拓民達の
血のにじむような苦労や、本州以南から持ち込んで守った文化や
貴重な資料が展示されています。

どちらも、とても立派な博物館ですし、私は個人的にも大好きで
そういった場所があることを誇りに思っています。

でも、北鎮記念館や兵村記念館があるから
それでいい、それで十分、という話ではないと思うのです。

「旭川市博物館」は、本来、旭川市の博物館がやるべきことを
北鎮記念館や兵村記念館に肩代わりしてもらっているだけだと感じます。
はるか数万年前の旭川の様子や、明治政府による開拓当初の様子、
戦前・戦後、そして現在に至るまでの歴史を
旭川市博物館こそが主力となって、きちんと伝えてほしいのです。

今の旭川市博物館の内容や姿勢は、
「旭川市博物館」とはとうてい言えないと考えます。
あれならばいっそのこと「アイヌ博物館」と
名前を変えてしまった方が、ずっとその内情にふさわしいでしょう。
もし、旭川のことについて何一つ、伝えたい愛情も覚悟もないのであれば
旭川市博物館と名乗ることすらやめた方がいいます。
旭川をつくってきた人達に対して失礼すぎます。


以上、稚拙な駄文ですが、
どうしても今回、自分の感じたことを書いておきたく、
また、同じ気持ちでいる人達に読んでいただきたく、
自分のその思いに最大限忠実になって書いてアップしました。

今回のこの記事を、今後皆様の参考にしていただけることがありましたら
本当に、大変光栄だと思っています。



2015年09月26日

「もし戦争が起こったら、国のために戦いますか?」

尋常小学校の国史の記事を書くために
ちょっと調べものをしていたところ、
気になる統計を発見しました。これです。
「世界価値観調査」

「もし戦争が起こったら国のために戦うか」という質問に
世界のおよそ80か国の人が答えた結果が出ています。


世界価値観調査.gif

(出所)社会実情データ図録
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/5223.html

世界の国々の中で「自分の国を護るために闘いますか」
と聞かれて「はい」と答えた人の割合が世界でダントツに低い国。
それが我が国・日本であることを上のグラフは示しています。

また、同じ世界価値観調査のほかの質問である
「自分の国に誇りを持っているか」
「権威や権力を大切にしなければならないと思うか」
という問いでも本は世界最低の結果を示しているそうです。

ちなみにこの統計は、2010年時のものですが
2010年の秋には、尖閣諸島支那漁船映像流出事件があり
2011年春には東日本大震災が発生しました。
また、2012年末には自民党の政権奪還がありましたし
今年2015年には安保法案が衆参両院で可決されました。

2010年から2015年の今に至るまでに、日本の「平和と安全」を
根底から見直さざるを得ない大きな出来事がたくさんありましたので、
同じ調査を今、行ったら、もしかするとこの数字は変わるかもしれません。

それでも、2010年の時点では
「もし戦争が起きたら、国のために戦うか」と聞かれた際に
「戦う」と答えた日本人の割合が15%であったという事実を
私達日本人は、よく覚えておいた方がよいと感じましたので
ここにご紹介しました。


ところでブログ主は、軍人ではありませんし、格闘家でもありません。
政治家でもなければ、スパイでもハッカーでもありません。
要するに、非常時にはほとんど役に立たないと思われる一般人です。
それでも、いざというときがきたら自分の最大限の力を尽くして
最後の最後まで戦って、日本を護るつもりでいます。
理由は単純です。

「自分は日本人に生まれたのだから、

日本と日本人を守るのは当然のことだ」

と思って生きているからです。

本日はそのことについて、皆様とご一緒に考えたいと思いましたので、
ブログ主の尊敬する人の一人、青山繁晴さんがご著書や
ご講演で取り上げていらっしゃるお話の中から、
とりわけ心に残る硫黄島についてのお話
ご著書から抜粋してご紹介したいと思います。


青山繁晴 著
『死ぬ理由、生きる理由 英霊の乾く島に問う』
ワニ・ブックス発行 

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P144〜P145

昭和19年、つまりこの硫黄島の戦いの前の年に
東京のご自宅からここに赴任されたのが
帝国陸軍の栗林忠道中将閣下でした。
その直系のお孫さんがいまの総務大臣の
新藤義孝さんでいらっしゃいます。

この栗林中将はこの島に赴任したときに、
それまでの日本軍の戦い方を
徹底的に自己批判しました。

敵を水際で迎え撃って玉砕すると、
あっという間に戦いは終わる。
いわばすぐ死ぬことができて、
自分たちの苦しみは短くなる。

苦しみは短くなっても、実はそのあと、
この平らな島を占領したアメリカ軍が
ここから本土へ爆撃機を飛ばして、
本土の女性や子供を根絶やしにして
祖国を潰(つぶ)してしまおうとするであろう。

だから自分たちがどんな苦しみを背負おうとも、
まず掘る道具もなかったけれども、
手の爪を剥がしながらでも、
この島で地下壕を掘ろうとおっしゃった。

その地下壕に立てこもって、
奥深くに敵をおびき寄せて、迎え撃てば、
この少ない兵士の数、足りない弾薬、
飛行機もほとんど使えない、そういう状況であっても、
戦いを引き延ばすことはできるという作戦を提案なさいました。

栗林さんは陸軍の将軍でいらっしゃいましたが、
それに対してとくに海軍いから激しい反対がありました。
あるいは兵士のなかには叛乱(はんらん)の動きもあった。
それを栗林中将は陸軍中将という御身でいながら、
自ら二等兵のところにまで回ってきて話をされ、
説得されました。

「お前たちが考えているとおり、俺たちはここで死ぬ。
二度と故郷に帰ることはできない。
自分たちが帰ることができなくても、
やがて本土で生き残った女性と子供が
次の日本を、新しい日本を築いてくれる」と。

「だから水際で迎え撃ってさっさと戦死してしまったり、
あるいはすぐにあきらめて
自決をしてしまったりということをしないで、
穴を掘って立てこもろう」と提案されて、
地下壕をほることにみんなの同意を得て、
地下壕を掘り始めていったのです。

************************

栗林中将や、中将の意見に賛同した兵士達や、
祖国日本を遠く離れた外国で亡くなっていった人達は
「自分達の子孫はきっと次の日本を、
新しい日本を築いてくれる」と信じていました。
そして、いっそ死んだほうがましなほどの苦しみの中でも
1日1日を必死で生き延びて、戦っていました。
「私達の子孫を生かしたい」、その思いだけを望みの光として。

そうして亡くなっていった人達がもし、戦後65年後の日本が
「戦争が起きたら、国のために戦う」と答える人の割合が
15%しかいない国になったことを知ったら、
どんな悲しい思いをするだろう?と想像することがあります。

日本の英霊の皆様は、その多くが健気で謙虚で心優しいでしょうから
「お前達のために死んでやったんだぞ!ありがたく思え」
なんて押し付けるような方々ではないと思います。でも、それでも…

「私達の死に対して、感謝しろとは言わないよ。
でも、私達があのとき、あんなにまで苦しんで
自分の命を張ったのは何だったの?
子孫達は、私達のことを知ろうとはしてくれないの?
子孫達は、私達が文字通り命がけで護った日本と
日本人を
大切にしようとする心が本当にないの?」

と、子孫である私達に尋ねてみたくなるのではないでしょうか。

易きに流れて生きていくということは、本当に簡単です。
「絶望したから」と理由をつけて、放棄することも簡単です。
かくいうブログ主も、しょっちゅうガッカリしたり悲しくなったり
怒ったり、やりきれなくなったりしていますが、
命を張って自分をこの世に送り出してくれた人達のことを考えると
つまらないことで腐っていられないな、と思い直します。

「次の日本を、新しい日本を作るための努力を
自分の命ある限り積み重ねるんだよ」
と思って、
疲れて落ち込んでいる日であっても最低限、
官邸メールだけは自動送信するようにしています
(ところで、官邸メールの自動送信ソフトを作った方々は天使です。
また、官邸メールのきっかけを作ってくれた嫁井さん改め余命さんも
ブログ主にとっては天使です。本当にありがとうございます\(^o^)/)

それから、時間はあるけれど考えがうまくまとまらないようなときは、
尋常小学校の教科書や文献の打ち込みとか、画像の整理をして
ブログ記事の下書きをできるだけ増やしています。
調子がよいときには、こんな感じで記事をつらつらと書き始めますし、
うまくいけばその日のうちに全部書き上げて、アップしています。

そういうことを通して、自分なりに日本を護っているつもりでいます。

こういう一連の姿勢に対して、ブログ主は、
素晴らしい言葉で称賛してくれる評論家を求めていません。
自分の後ろに付いてくれる取り巻きを求めていません。

求めているのは、こういう姿勢に共感してくれる人が一人でも増えて、
その人が自分の持ち場で、自分にできることを
一生懸命にしてくれることです。ブログ主にはそれが一番嬉しいです。

そしてブログ主は、既にご自分の持ち場で、ご自分にできることを
一生懸命にやっておられる方々のことを思い浮かべながら
こういう記事を書いています。
「あなたは一人ぼっちではないです。
私も、ささやかではありますが、あなたと同じ気持ちで頑張っています。」
とお伝えして応援したくて、この小さなブログを運営しています。


私達は、私達なりの方法で、この国を護るために戦いましょう(*´▽`*)
次の日本を、新しい日本を作っていくために…かわいい





2015年09月15日

小さな一人の人間が、全体のためにできること

皆様、ごきげんよう〜。
いかがお過ごしでしょうか。

前回の記事の最後の方で少し触れた

「自分のような小さな者にでもできる、
全体のためになることとは何だろう?」

というテーマで記事を書くことにします。

今回の水害の話については、
私がよく読ませてもらっているいくつかのサイトでも
大きく取り上げられていましたが
その中でも、特に詳細に問題を掘り下げていたのは
小坪しんやさんのHPでした。

ご自分の立場も責任も自覚された方が、
ご自分の名前を出して
政治家生命を賭けて書いている記事ですので、
やっぱり情報ソースは厳選されていますし、
そこから導き出された主張にも強い説得力がありました。

小坪さんのHPでは、今回の水害について
以下の3つの記事で分析しています。

人災の可能性、鬼怒川氾濫。ソーラーパネル設置で削った箇所からも越水
鬼怒川氾濫と民主党、現職地方議員としての見解
鬼怒川氾濫、問われるべき民主党の政治責任。現職地方議員として怒り。

話を戻しまして…ブログ主は
「今回のことで、私に何ができるだろう?」
とずっと考えていたのですが
まずは上の3件の記事について
自分なりに要約してみることにしました。
ちゃんとこの問題と向き合うためには
勉強が必要だな!と思ったからです。

とはいいましても、素人の要約した文章というのは
得てしてあまり当てにならないものですので、
心正しき真面目な日本人である皆様におかれましては
どうか上の小坪さんの記事や
他の方々の記事をしっかりお読みいただきまして、
今回の事故の背景や問題点について
具体的かつ的確に把握していただければと思います(人)

ということで、以下は素人の要約、個人的メモです〜。


今回、大規模な水害が発生した鬼怒川流域においては
従来より堤防の役割を果たしていた丘があったが、
その丘の一部が、ソーラーパネルの設置工事に伴い
およそ幅150m、高さ2mの範囲に渡って削られていた。

今回の水害では、その削られた箇所からの越水
(河川などから水が溢れ出すこと)
が明らかに認められており、
ソーラーパネルの設置工事による掘削が、水害の拡大や
深刻化に繋がったのではとの見方が強まっている。


民主党政権以前では、太陽光発電設備は
建築基準法で「構造物(工作物)」として定められていた。

構造物の設置工事を行う際は許認可が必要である。

しかし民主党政権・菅直人内閣において、平成23年3月25日に
「太陽光発電設備等に係る建築基準法の取扱いについて」
との閣議決定がなされた。この決定により太陽光発電設備は
建築基準法の「構造物」の対象から除外されることとなり、
さらに地方行政は太陽光発電設備の設置工事について
許認可の権限を失うこととなった。

これに伴い、たとえば今回のように、常総市の行政が
水害拡大の誘因となり得る設置工事に危機感を持ち
市議会で議題として詳細に取り上げたり、
市民と行政が意見を交わすほどに懸念されたケースであっても
問題の場所が民有地であったことに加え、常総市には
危険な工事を止めるための「許認可」の権限がなかったために
市の行政としては直接なすすべがないという事態に陥った。

このため常総市は、より大きな権限を持つ国(国土交通省)に
堤防の築堤を願い出ていたが、その間にも
問題のソーラーパネル設置予定地では着々と工事が進められ、
およそ幅150m、高さ2mの範囲が削り取られていった。


鬼怒川流域に設置された太陽光発電設備は
もちろんこの大水害の直接かつ最大の誘因ではない。
しかし削り取られた箇所からの越水が観測されている以上、
問題の原因を生み出した菅直人内閣及び民主党政権には
説明責任があると考えられる。


ところで今回の件では
ソーラーパネルそのものの危険性
についても
思いがけない角度から注目が集まり始めている。

ソーラーパネルの製造に使われることの多い重金属の
カドミウム、鉛、セレンは猛毒物質として知られているが、
それらが今回のような災害で破損した場合にもたらされる
水質・土壌汚染のリスクは、深刻化し得ることが考えられる。
にもかかわらず、これまでこのようなマイナス面の話は
ほとんど公で議論されることはなかった。

また、それほど危険性の高い設備でありながらも
現状では、ソーラーパネルの
適切な廃棄の手順が定められていない。

このため、破損した場合は「燃えないごみ」や「不燃ごみ」として
うやむやに処分されてしまう可能性も高く、
そのこともソーラーパネルをめぐる懸念の一つとなっている。

そしてもっとも重要な問題は、ソーラーパネルという装置は
太陽光が当たり続ける間は自動的に発電し続けて
スイッチを切ることができないという点だ。このため、
火災の際の放水作業をきっかけに感電するおそれは極めて大きく、
災害時の消火活動の妨げになるのではとの見方が強い。

今回の事故は、大規模な天災というだけにはとどまらず
民主党政権時のソーラーパネルの安易かつ強引な推進や、
ソーラーパネルを「構造物」から除外した、ゆえなき閣議決定、
ソーラーパネル自体の問題点にも思いがけず焦点を当てることとなった。

民主党とは果たして、私達日本人に何をもたらした政党だったのか。

私達は今後二度と「民主党ショック」に陥らないために
これから何を考え、どんな行動を選択していくべきなのか。

その答えを出す時期に、今、私達日本人は直面している。


とまあ、ざっくりまとめると、こんな感じでしょうか…(´・ω・`)=3

やっぱり、記事をザーッと読み流すのとは違い、
自分で考えながら要約を作っていくと、
理解のレベルが全然違います。

そして、要約することで問題の概要をつかんだ今、改めて
「やっぱり民主党はひどい政党だったよねぇ」
と思ってしまうわけですが、そんな民主党にそもそも、
うかうかと政権を握らせてしまったのは
他の誰でもない、私達日本人だったわけです。

そのことを、本気で辛く恥ずかしく苦しいと思うからこそ、
私達日本人はちゃんと
民主党政権という日本の黒歴史」
見つめ直さければいけないと思います。


民主党と言えば、スーパー堤防を小バカにしていた
こんな議員もいたそうです。

ドヤ顔その1.jpg

大変失礼ながら…
「うへぇ」と言いたくなるゲス顔…(*´Д`)たらーっ(汗)

数十年に一度の災害に対する投資を
「無駄遣いだ」と批判してケチってしまうことは、
たとえば、ど素人のブログ主にも簡単にできることです。
けれども、政治家の仕事というのは
ど素人でも思いつくようなヨタ話を
べらべらとドヤ顔で語ることではないでしょう?

国民の安心安全を護るために、
いろいろな計画を練って
現実的な行動を積み重ねるのが
政治家の本来の仕事でしょう?


数十年に一度というレベルの大災害が
ひとたび発生してしまえば、
大災害を防ぐために投資をケチった分の
何十倍、何百倍もの負のツケが
「ケチった議員」にではなく
私達「国民」に回ってきます。
特に、大災害のショックをまともに食らった人達にとっては
その後数十年の人生が自動的に超ハードモードになるでしょう。
数十年に一回レベルのことだからいい、なんて
ロシアンルーレットでもあるまいし、
ぶち当たるときはみんな一斉にぶち当たるのです。
全然、他人事でもなんでもありません。

そして、数十年に一度のレベルの災害を見越して
その対策を完璧にしておくことなど
「いち国民」にできるわけがないのです。
また「地方行政」にできることにも、どうしたって限界があります。
「インフラ」や「システム」という大きなレベルの安心・安全を
修繕し確保できる主体は、どう考えても「国」しかありません。
その「国」の運営をどんな人達に任せるか?ということは
私達の人生を左右する、本当に大事なテーマだと思うわけです。


かくして、冒頭に書きました

「自分のような小さな者にでもできる、
全体のためになることとは何だろう?」

というテーマの答えを出すわけですが、
ブログ主にとってそれは

「日本の未来を真剣に考えてくれる人が
一人でも増えるように、
まずは自分自身が自分を変えていくこと!」


なのであります^^。

とりとめのない、主観だらけの意見を
不安や焦りにかられながら周りに押し付けても
(自分的には、それがあくまで
善意からの発言だったとしても)、
周りの人は、なかなか耳を傾けてはくれません。
そういうときには自分も非常にしんどいものですが(笑)
周りの人も同じくらいしんどいことでしょう(ToT)(笑)
なんせ自分が通ってきた道ですから
よく存じ上げておりますの(爆笑)

それなので、まずは情報ソースのしっかりした発信を読んで、
それを自分なりにかみ砕いていって、理解して、
いずれは自分の言葉で、落ち着いて語れればいい。
そういう風に語れる話題が増えていけば、
自分の周りの人全員ではなくても、
「あなたの話なら信用できそうだし聞きたい」と
言ってくれる人が、いつか出てくるはずだと思うのです。

その日のために、黙々と勉強する。

周りの人も信用してくれるような
知識と知識を持った人間になれるよう、自分を磨く。

全体のために一人ができることの一つとして、
たとえばそういう努力の仕方もあるだろうなあと
ブログ主は考えています。

たとえば今回の水害の記事で、自分なりに学んだことで、
ブログ主はこんな風に込み入った(笑)世間話も
できるようになりました。テレレレッテッテ〜♪


「民主党政権の菅内閣のときにね、
ソーラーパネルをとにかく推進しようとしていて、
今まで以上に簡単に広範囲に設置できるように

すごくユルい閣議決定をしたんだって。

それで、鬼怒川で今まで天然の堤防になっていたような
大事な丘の一部も、ソーラーパネルを作るから、ってことで
広い範囲で削られてしまったんだけど、
そのパネルの設置場所から河の水が溢れだして、
結果的に今回の水害がさらに深刻化したみたいだよ」

「民主党は、インフラ整備とか公共事業への投資を
無駄だとかバカバカしいとか言って、どんどん削ってたよね。
でももし、インフラがまともに使えなくなるほどボロボロになったら
そのときにすごく困るのは、私達一般人なんだよね。
インフラや公共事業は、すごく大事なものだと思う。

蓮舫さんとか、民主党政権時代のあのへんの人達は
どんな大災害が起こっても何の対策もしてくれないだろうね。
民主党政権時だって、3.11の復興が全然進まなくて
自民党政権になってからようやく動き始めたくらいだからね。
あてにできないよ。

民主党の人達は、何があっても謝りにすら来ないと思う。
言いっぱなし、やりっぱなし、逃げて終わりでいいんだろうね。

そういう口ばっかりの民主党の人達に、
大事な公共事業の行く末を
任せてはいけなかったんだなあと
今は思うよ」


「安全で質の高いインフラを国が整備するってことは、
全然、無駄遣いでも何でもないよね?
もし、数十年に一度の大災害を食い止められるような
しっかりした設備やしくみを国が整えてくれるのなら、
私は喜んで税金を払うよ」

「ソーラーパネルっていうと、
自然エネルギーを利用した最先端技術の設備で
なんとなくクリーンで素敵♪みたいなイメージがあるけど…
いうほど費用対効果があってお得な設備ではないし、
維持費にしても本当のところはかなり高いみたいだね。

それにソーラーパネルは、製造過程で
けっこうな猛毒の
重金属が使われているから、
たとえば今回みたいな水害で破損したときには
水質や土壌が汚染される危険性が高いんだよ。

それからソーラーパネルは、太陽が当たっている間は
発電システムをオフにできないから、
たとえば発電中に火災が起きて
消火活動で水を撒いたりしたら、
そこから
感電事故につながることもあるんだって。
怖いよねぇ。

だから『ソーラーパネルは、安全でクリーンでエコで最高♪』
というイメージは、必ずしも正しいとはいえないみたいだよ。

そもそもソーラーパネルは、
メイドインチャイナが多いみたいだし^^」



というような話を、折に触れて、余裕を持って、
必要な時に必要な分量だけ語れればいいなと思うのです。

自分の理解が足りなくて、自分の言葉で語れないときには
どうしても口調も表情も自信なさげになりますし、
それを聞いている人も「何が言いたいの?」という
冷たい感じ(笑)になってくるものですが、

自分の分かる範囲で、自分の感じたことを
押しつけにならないようなるべく謙虚に語ることで、
相手が自分の言葉を「考えるきっかけ」として
活用してくれる可能性が出てきます。

最後になりますが、
「日本のことを真剣に考えてくれる人が
一人でも増えれば、それは全体のためになる
とても大事なことだ!」と
ブログ主は考えています。
だから、そのためにできることや思いついたことを
これからも少しずつ積み重ねていきたいです。




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2015年09月13日

このたびの水害にて

このたびの水害で、被害に遭われた方々に
深くお見舞い申し上げます。

同じく、このたびの水害で
尊い命を失われた方々のご冥福をお祈りいたします。
ご遺族の皆様に、謹んでお悔み申し上げます。

そして、夜も昼もなく懸命の救助作業や
復旧作業に当たられている方々に
心より感謝を申し上げます。

皆様のかけがえのないふだんの暮らしが
どうか一日も早く取り戻せますことを願っています。


焦ったり落ち込んだりしたところで、
災害地から遠い地方に住む自分にできることは
基本的に、ささいなことしかありません。
それでもブログ主は、ささいなことでも何でも、
「やってみよう」と思ったことを実践して
その実践を積み重ねていくことこそが大事なんだと
考えています。

まずは災害に遭われた方々へのお祈りとお悔やみと、
そして現場で働く人達への感謝の思いを表したいと思いました。
「自分のような小さな者にでもできる、
全体のためになることとは何だろう?」と考えながら
できることを積み重ねていこうと思います。





2015年08月22日

『日本のいちばん長い日』を観てきました

皆様、お元気でお過ごしでしょうか^^

こちら旭川は、夕方には鈴虫がリロリロと鳴くようになり
気温もすっかり下がってきまして、
ようやく北海道の夏らしい快適さが戻ってまいりましたかわいい


さてさて、雪風様の魅力的なレビューや
ヒデ丸様の素敵な感想に背中を押されて先日、映画
『日本のいちばん長い日』を見てまいりましたよ(*^▽^*)

IMG_20150822_135730.jpg

(↑パンフレットの表紙です)

映画館でチケットを求める際に、売り場のお姉さんに
「あの、次の映画を観たいんですけど…
『いちばん長い昭和の日』でしたっけ?」と訊いて
「あっ、『日本のいちばん長い日』ですね^▽^」
と教えていただき、ちょっと恥ずかしかったです*^^*

そんなこんなで『日本のいちばん長い日』を観てきましたが…
最初の方に出てくる、本木雅弘さん演じる昭和天皇
佇まいと話し方の素敵さにびっくりして、
そこで早くもほろほろと泣きました。

今も脳裏にあざやかに浮かぶ、昭和天皇の面影。
懐が深く慎み深い、穏やかで優しいおじいさんのような、
それでいて、純粋で気品あふれる子供のような雰囲気。
さらに「この人は大切な人だから、お守りせねばなるまい」
と思わせる崇高さが本木さんの姿からしっかりと感じられました。
研鑚を積んできた一流の俳優の表現力はすごい、と思いました。

映画のパンフレットによりますと、
本木さんは自分なりの昭和天皇を演じるにあたって
こんなことを考えていたそうです。

「最初に原田眞人監督からは、
物真似をする必要はないと言われました」

「とはいえ、何らかの拠りどころがほしくて、
明治天皇までさかのぼり、
昭和天皇の幼少の頃から、
皇太子時代の欧州旅行、そして
現人神(あらひとがみ)と呼ばれる時代まで
様々な資料を見つめました。
そして辿り着いたのが、
代々の天皇と重ねあわせ、
今上天皇にも受け継がれた
国民と世界の平和を願う
祈りの像としての姿を体現することでした」

「一個人を越えて
傷ついた日本を全霊で抱擁するにあたって、
胸のあたりにダイヤモンドのように
透明で硬い意思を抱えているとイメージしました」

また、独特の話し方については

「今回、声のチューニングには気を配りました」

「おそらく特にこの時代、あらゆる場が、
荒く揺れ動いていたわけですよね。
その乱れたもののなかを、
ひとつだけ違う周波数の音が
ヒューッと通っていくという感じです。
光線の如く遠くまで届くように、
静かに真っ直ぐ打ち出すようにと」

「シーンによっては、もう少し強く言った方が
いいかと試しましたが、どうも感情が過ぎると
響かなくなるような気がして、苦労したんですよ。
しかし、限界だらけでした(笑)」

と語っておられました。

役作りについて語る言葉から
にじみ出る感性が素敵すぎる…ぴかぴか(新しい)

当初のキャスティングでは、
本木さん以外の俳優さんが
昭和天皇を演じる予定だったそうですが、
スケジュールが合わなくて
本木さんに白羽の矢が立ったそうです。
それでも映画を観たら、この作品で本木さんが
昭和天皇を演じてくれて嬉しい、
この人以外には考えられない!
と強く思いました。それぐらい素晴らしかったです。

映画の公式サイトでは、8月31日までの限定で
本木さんが再現した「玉音放送」の
ノーカット版が公開されています。↓


劇中では一部しか使われていませんでしたが、
通して聴くと、改めてその昭和天皇ぶりに鳥肌が立ちます。
音質も、本当の玉音放送等当時より断然クリアなこともあり、
昭和天皇の大御心が本木さんの体を通して
現代の私達へと伝わってくるように感じました(*´▽`*)


それから、この映画を支えた鈴木貫太郎役の山崎努さん

映画冒頭の「私はもう77歳ですし、耳も遠いですし…
総理大臣というのは無理だと思いますん(´・ω・`)」
と昭和天皇に直訴するも要望叶わず、
こうなったらもう、引き受けるしかないか…と
覚悟を決めてからの働きぶりが神がかっています。

歴代大将の肖像画から抜け出してきたような
重厚たる存在感を一貫して保ちながら、
耳に手を添えて人の話を聞く仕草の愛らしいこと。
天井を指さして話をまとめるときの圧倒的な統率力。
ぼさぼさの眉毛とまつ毛でパチッと繰り出した
ウインクのチャーミングなこと。
「阿南さんは…倒れません」と断言した仲間を信じる強さ。
どこをとってもみごとな貫太郎総大将でした。

そしてもう一人の「いちばん長い日」の立役者、
阿南惟幾役の役所広司さん

この映画の中で、ある意味、神様のような昭和天皇や
古い社に祀られた翁神のような鈴木貫太郎とは違い、
よい意味での人間らしさと温かみを感じさせる人物でした。

昭和天皇の軍服の裾をびしっと直した父性愛溢れるシーン。
フリーズした鈴木貫太郎をがしっと支えた頼もしいシーン。
我が子にも部下にも、同じように
温かい笑顔と言葉で語り掛けるシーン。
昭和天皇との思い出を、部下に嬉しそうに語るシーン。

どの場面も、今思い出してもじーんと来ます…( >艸<)

阿南さんの役を役所広司さんが演じてくれて嬉しい、
すばらしい演技を見せてくれてありがとう…と思いました。


そして、この映画自体の感想ですが…
一旦始めた「戦争」のエネルギーを止めるには、
それ相応の、莫大なエネルギーが必要だったはずです。

そのとき日本には既に二発もの原爆が落とされ、
またソ連の北海道侵攻も時間の問題であり、
最終決断待ったなし!の一刻を争う状況でした。

映画のパンフレットのインタビューで
山崎努さんが語っておられましたが

「貫太郎老人が判断を誤らなかったのは
私欲がなかったから。
それにしても三人の信頼関係がなければ
あの終戦は別の形になっていたはず」

という言葉どおり、非常に切迫していたのです。
そんな重大な局面において

「この日本という国を護り抜くためには、
最終的には自分はどうなってもいい」

と全身全霊で考えて行動できる三人がいて、
三人の思いに共鳴した人達が周りで支えていた。
その人達が、ときにはかっこよく、ときには泥臭く
次々と噴出する諸問題に無我夢中で対処し、
各自の持ち場で最大限に自分の役目を果たした。

だからこそ、日本という国は「肉」を斬られこそすれ
「骨」まで断たれてしまうことはなく、
今日までやってくることができたのだと思いました。


ブログ主は、この2015年をもってやっと
「日本の戦後が終わった」と感じていますが、
そういう大きな節目の年に
このすばらしい映画が完成し、
それが多くの人の目に触れたということは
神の采配だとすら感じます。

そうでなくともこの作品は
日本映画の本職が真剣に、丁寧に作った
映画史上に残る傑作だと思いますので、
興味のある方はぜひ一度観に行ってみてください^^


そして、最後に…

「戦後70年」「終戦の日」ということで、この夏も
マスコミは、さまざまな戦争特集を組んでいました。
中には、潮目の変化を感じさせる番組もありましたが、
多くの特集は「武器はイクナイ」「殺し合いダメ、ゼッタイ」
「軍靴の音ガー!戦争ふるえる!」的ないつものアレでした。

本当に「戦争をしたくない」という気持ちがあるのなら
そもそもなぜ前回、日本が戦争に至ったのかを分析して
そこから教訓を導き出す必要があると考えます。

欧米列強の、むき出しの野心の現れである植民地化が
日本の領海を隔てた周辺国にまで押し寄せていたこと。

日本は、当時から既に重要な資源であった石油の供給を
断たれていた上にABCD包囲網を張られ、
国家として死の淵まで追い込まれていたこと。

国内ではコミンテルン(共産主義政党の国際組織)が
朝日新聞に入り込み、戦争への参加やむなし!と
国民を煽っていたこと。
日本を戦争へ引きずり込んで負けさせることで、
コミンテルンが漁夫の利を得ようとしていたこと。

戦後の仕上げとして、GHQは
昭和天皇の命を盾にとって
「WGIP」を日本にしかけ、
日本国民を物理的にも精神的にも
武装解除させていったこと。

そういった背景を日本国民の老若男女が共有し、
二度と戦争に巻き込まれないようにするために
何を排除し、何を増強すべきかを考える必要があるのです。
もし本当に、心から戦争をしたくないと思うのであれば。

そして憲法9条は、魔法の呪文でも何でもありません。
戦争ヤダヤダと口先だけで唱えているようでは
何一つ満足に守ることができません。
泥棒に向けて、家も庭も解放しているようなものですし
そんなことでは、私達の生活や人生の最重要基盤である
「国としての体」すら失いかねません。

役所さん演じる阿南さんが、
映画の中でこんなことを言っていました。

「大丈夫!日本人は勤勉な国民だよ」

そして、本木さん演じる昭和天皇はこう言っていました。

「わたくしには国体護持の確証がある」

阿南さんや昭和天皇や貫太郎さん、そして
大東亜戦争でほうぼうで亡くなった人達が
私達、未来の日本人を信じて託してくれた思いを
改めてしっかり受け止めたいと思いました。