2015年08月14日

安倍談話を聞いて思ったこと(安倍談話 全文掲載)

8月14日の夕方6時過ぎに、
安倍総理の戦後70年談話がテレビ中継で流れました。
「この安倍談話の発表は、
日本の歴史的瞬間の一つになるだろうなぁ」
と思ったので、作業の手を留めて中継を見ました。

「総理は、無理に談話を発表しない方がよい」
といった声が事前にたくさん上がっていたようですが
私は今日の談話の様子を見ていて
”総理の頑固さ・ゆるぎない決心”を感じました。

「今年という区切りをもって「戦後」を終わらせたい。
自分の言葉で、この戦いの決着をつけたい。
この談話を、次につながる強力な布石にしたい」

と考えて、今回の談話を発表されたのではないかな、
と私は想像しました。
総理が襟もとに着けたいつものブルーリボンバッジ
(拉致被害者全員を取り返すという意志表示のバッジ)も
今日はひときわ目立って見えた気がしました。


ところで、テレビ中継で談話を聞いていたときには、
総理は言葉をしっかりと長めに区切っていましたし、
また話自体もテーマが多岐にわたっていたり
ところどころで聞き取りにくい単語があったりと
私には一回では談話の全容は分かりませんでした。それでも
「先人達に改めて深い感謝を示したい」という気持ち、
「子孫を護る。これ以上の不要な謝罪はさせない」という気持ちは
総理の言葉や表情や雰囲気から強烈に伝わってきて
「ああ、これをご自分の口でおっしゃりたかったんだなあ」
と感じました。

安倍総理が2013年春、
体調不良をおして硫黄島(いおうとう)に行かれた
際に
総理は滑走路で靴を脱ぎ、
地べたにかがみこんでほおずりをしたそうです。
なぜならば、島の滑走路の下には、英霊の御遺骨が
今でも埋まっているからです。
島に飛行機が着陸するたびに
顔や体を激しく打たれ続けている英霊の皆様を
ご自分も足の裏で踏みつけるようなことは、
したくなかったのでしょう。

安倍さん.jpg

こちらの画像は、硫黄島で慰霊をなさっているところ。

安倍さん2.jpg

手前の、肩周りがオレンジ色のジャンパーの方は
硫黄島で死闘を繰り広げた
故・栗林忠道中将の御孫さんにあたる
衆議院議員の新藤義孝さんです。

ブログ主は安倍総理を
いくつかの理由から応援していますが、
その理由の一つは、こうやって、
立派に頑張ってくださった先人達に
心からの敬意と感謝を示せる人だからです。
そういう人だからこそ、
大勢の人の命を預かる政治家が務まるのだと思って
私なりに応援させてもらっています(人)
このまま俺達の安倍親方に、いい感じで
日本を引っ張っていってもらえれば、と願っています。

話がずれましたので、談話の方に戻りますね〜。

賢明な読者の皆様は既にお気づきかもしれませんが、
私の脳は便利なネトウヨ仕様(笑)になっているため
総理の談話の言葉は勝手に脳内変換されました\(^o^)/
たとえば、こんな風に!

「いかなる紛争も、法の支配を尊重し、
力の行使ではなく、平和的・外交的に解決すべきである。」
            ↓
「尖閣・竹島問題ですが、日本の外交カードとして活用します。
なりすましザパニーズ(笑)については、タイミングを見計らって
両国納得の上で平和的(笑)に送還しますのでお楽しみに☆彡」


「女性の人権が傷つけられることのない世紀とするため、
世界をリードしてまいります。」
            ↓
「日本をはじめ、世界にはびこる朝鮮半島出身の売春婦を
厳しく摘発していきます。女性の人権は護られるべきです。
売春のようなひどいことを女性にさせてはいけないのですし
そもそも売春ということを、まさか自ら好きこのんでやる女性が
この世にいるはずがないのでありますから(キリッ」


そして、談話の内容を文章で改めて読んで
印象に残ったこととしては…

欧米諸国の植民地支配に言及して
「お前らのやってきたことは全部まるっとお見通しだ!(古)」と
さりげなく、しかしやや深めにw釘を刺したこととか。

それでいて、そんな欧米諸国に対して
具体的な感謝の言葉を何度も入れて
日本という国の懐の深さや品格ぴかぴか(新しい)をにじませたこと。
同時にこれまで、世界が望む品行方正な平和国家として
歩んできてさしあげた(笑)事実を今一度強調して、
今後どこの国にも文句を言わせないようにしたこと。

それから、特亜や反日の大好きなフレーズ
「お詫び」「謝罪」「侵略」といった言葉を
一見、入れてあげたようでいて実際には
あちら側の望んでいないニュアンスに変えて使うことで
顔をテカテカさせながらこの日を待っていた特亜御一行を
フラストレーションでいっぱいにさせてみた(笑)ことなど。

そういった大人のテクニック?が
いろいろとちりばめてあって
「やっぱり安倍さんはすごいなぁ」と思ったのでした。

では、以下に本日の談話を全文貼り付けておきます。
明日は終戦の日ですね。
いつもどおり、各自でできることを心を込めていたしましょう^^



***************************
戦後70年談話

◇ 
終戦七十年を迎えるにあたり、先の大戦への道のり、
戦後の歩み、二十世紀という時代を、
私たちは、心静かに振り返り、その歴史の教訓の中から、
未来への知恵を学ばなければならないと考えます。 

百年以上前の世界には、
西洋諸国を中心とした国々の
広大な植民地が、広がっていました。
圧倒的な技術優位を背景に、植民地支配の波は、
十九世紀、アジアにも押し寄せました。
その危機感が、日本にとって、
近代化の原動力となったことは、間違いありません。

アジアで最初に立憲政治を打ち立て、
独立を守り抜きました。 
日露戦争は、植民地支配のもとにあった、
多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました。 

世界を巻き込んだ第一次世界大戦を経て、
民族自決の動きが広がり、それまでの植民地化に
ブレーキがかかりました。
この戦争は、一千万人もの戦死者を出す、
悲惨な戦争でありました。

人々は「平和」を強く願い、国際連盟を創設し、
不戦条約を生み出しました。
戦争自体を違法化する、新たな国際社会の潮流が生まれました。 

当初は、日本も足並みを揃えました。
しかし、世界恐慌が発生し、欧米諸国が、
植民地経済を巻き込んだ、経済のブロック化を進めると、
日本経済は大きな打撃を受けました。
その中で日本は、孤立感を深め、
外交的、経済的な行き詰まりを、
力の行使によって解決しようと試みました。
国内の政治システムは、その歯止めたりえなかった。
こうして、日本は、世界の大勢を見失っていきました。 

満州事変、そして国際連盟からの脱退。
日本は、次第に、国際社会が壮絶な犠牲の上に築こうとした 
「新しい国際秩序」への「挑戦者」となっていった。
進むべき針路を誤り、戦争への道を進んで行きました。 

そして七十年前。日本は、敗戦しました。 

戦後七十年にあたり、国内外に斃れた
すべての人々の命の前に、
深く頭を垂れ、痛惜の念を表すとともに、 
永劫の、哀悼の誠を捧げます。 

先の大戦では、三百万余の同胞の命が失われました。
祖国の行く末を案じ、家族の幸せを願いながら、 
戦陣に散った方々。
終戦後、酷寒の、あるいは灼熱の、遠い異郷の地にあって、
飢えや病に苦しみ、亡くなられた方々。
広島や長崎での原爆投下、
東京をはじめ各都市での爆撃、
沖縄における地上戦などに よって、
たくさんの市井の人々が、無残にも犠牲となりました。 

戦火を交えた国々でも、将来ある若者たちの命が、
数知れず失われました。
中国、東南アジア、太平洋の島々など、戦場となった地域では、
戦闘のみならず、食糧難などにより、多くの無辜の民が苦しみ、
犠牲となりました。戦場の陰には、
深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいたことも、
忘れてはなりません。

何の罪もない人々に、計り知れない損害と苦痛を、
我が国が与えた事実。歴史とは実に取り返しの
つかない、苛烈なものです。
一人ひとりに、それぞれの人生があり、
夢があり、愛する家族があった。
この当然の事実をかみしめる時、今なお、言葉を失い、
ただただ、断腸の念を禁じ得ません。 

これほどまでの尊い犠牲の上に、現在の平和がある。
これが、戦後日本の原点であります。 

二度と戦争の惨禍を繰り返してはならない。 

事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、
国際紛争を解決する手段としては、もう二度と
用いてはならない。
植民地支配から永遠に訣別し、
すべての民族の自決の権利が尊重される世界に
しなければならない。 

先の大戦への深い悔悟の念と共に、
我が国は、そう誓いました。
自由で民主的な国を創り上げ、法の支配を重んじ、
ひたすら不戦の誓いを堅持してまいりました。
七十年間に及ぶ平和国家としての歩みに、
私たちは、静かな誇りを抱きながら、
この不動の方針を、これからも貫いてまいります。 

我が国は、先の大戦における行いについて、
繰り返し、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを
表明してきました。その思いを実際の行動で示すため、
インドネシア、フィリピンはじめ東南アジアの国々、
台湾、韓国、中国など、隣人であるアジアの人々が
歩んできた苦難の歴史を胸に刻み、戦後一貫して、
その平和と繁栄のために力を尽くしてきました。 

こうした歴代内閣の立場は、今後も、揺るぎないものであります。 

ただ、私たちがいかなる努力を尽くそうとも、
家族を失った方々の悲しみ、戦禍によって塗炭の苦しみを
味わった人々の辛い記憶は、
これからも、決して癒えることはないでしょう。 

ですから、私たちは、心に留めなければなりません。 

戦後、六百万人を超える引揚者が、
アジア太平洋の各地から無事帰還でき、
日本再建の原動力となった事実を。
中国に置き去りにされた三千人近い日本人の子どもたちが、
無事成長し、再び祖国の土を踏むことができた事実を。
米国や英国、オランダ、豪州などの元捕虜の皆さんが、
長年にわたり、日本を訪れ、互いの戦死者のために
慰霊を続けてくれている事実を。 

戦争の苦痛を嘗め尽くした中国人の皆さんや、
日本軍によって耐え難い苦痛を受けた元捕虜の皆さんが、 
それほど寛容であるためには、
どれほどの心の葛藤があり、いかほどの努力が必要であったか。 

そのことに、私たちは、思いを致さなければなりません。 

寛容の心によって、日本は、戦後、
国際社会に復帰することができました。
戦後七十年のこの機にあたり、 
我が国は、和解のために力を尽くしてくださった、
すべての国々、すべての方々に、心からの感謝の
気持ちを表したいと思います。 

日本では、戦後生まれの世代が、今や、
人口の八割を超えています。
あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、
そしてその先の世代の子どもたちに、
謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。 

しかし、それでもなお、私たち日本人は、
世代を超えて、過去の歴史に
真正面から向き合わなければなりません。
謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、
未来へと引き渡す責任があります。 

私たちの親、そのまた親の世代が、
戦後の焼け野原、貧しさのどん底の中で、
命をつなぐことができた。 
そして、現在の私たちの世代、さらに次の世代へと、
未来をつないでいくことができる。それは、
先人たちのたゆまぬ努力と共に、
敵として熾烈に戦った、米国、豪州、欧州諸国をはじめ、
本当にたくさんの国々から、恩讐を越えて、
善意と支援の手が差しのべられたおかげであります。 

そのことを、私たちは、
未来へと語り継いでいかなければならない。
歴史の教訓を深く胸に刻み、
より良い未来を切り拓いていく、アジア、
そして世界の平和と繁栄に力を尽くす。
その大きな責任があります。 

私たちは、自らの行き詰まりを
力によって打開しようとした過去を、この胸に刻み続けます。
だからこそ、 我が国は、いかなる紛争も、
法の支配を尊重し、力の行使ではなく、
平和的・外交的に解決すべきである。 
この原則を、これからも堅く守り、
世界の国々にも働きかけてまいります。
唯一の戦争被爆国として、 核兵器の不拡散と
究極の廃絶を目指し、国際社会でその責任を果たしてまいります。 

私たちは、二十世紀において、戦時下、
多くの女性たちの尊厳や名誉が深く傷つけられた過去を、
この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、
そうした女性たちの心に、常に寄り添う国でありたい。
二十一世紀こそ、女性の人権が
傷つけられることのない世紀とするため、
世界をリードしてまいります。 

私たちは、経済のブロック化が
紛争の芽を育てた過去を、この胸に刻み続けます。
だからこそ、我が国は、いかなる国の恣意にも左右されない、
自由で、公正で、開かれた国際経済システムを発展させ、
途上国支援を強化し、世界の更なる繁栄を牽引してまいります。
繁栄こそ、平和の礎です。暴力の温床ともなる貧困に立ち向かい、
世界のあらゆる人々に、医療と教育、自立の機会を提供するため、
一層、力を尽くしてまいります。 

私たちは、国際秩序への挑戦者となってしまった過去を、
この胸に刻み続けます。だからこそ、
我が国は、自由、民主主義、人権といった基本的価値を
揺るぎないものとして堅持し、その価値を共有する国々と手を携えて、
「積極的平和主義」の旗を高く掲げ、
世界の平和と繁栄にこれまで以上に貢献してまいります。 


終戦八十年、九十年、さらには百年に向けて、
そのような日本を、国民の皆様と共に創り上げていく。 
その決意であります。 

平成二十七年八月十四日 

内閣総理大臣 安倍晋三 

2015年06月27日

おみくじに「生まれてきた理由」が書かれていた件

先日、神道関係の方とお話する機会がありました。
その方から興味深いお話を伺いましたので、
皆様にもシェアさせていただきます(人)

「低級霊が憑いて悪さをしている人は、
自分の両手を合わせることができない。
磁石の同じ極同士が反発し合うように、
本人が手を合わせようとしてもうまくいかない。

それは、その人に憑いている霊が
お祓いをされたくないから、
ずっとその人に取り憑いていたいから

その人が両手を合わせることを拒んでいるのだ。

ただ、人に悪さをする霊の中にも
たまに悪知恵の働くものがいて、
『霊なんて憑いていませんよ?』とばかりに
ちょっとの間我慢して、手を合わさせる場合もある」

なんだかとても説得力があって
面白いお話だなぁ…と私は思いました。

私達日本人は、神様仏様にお参りをするときには
ほぼ無意識のうちに身に付いた仕草として
自然と両手を合わせていることと思います。

それから日常生活の中でも、
ありがたい出来事があったときはやっぱり合掌して
こうべを垂れ、ほっと一息抜く方が多いと思います。

「何の抵抗もなく手を合わせられる」ということを
私は今まで当たり前のことと思ってきましたが、
あの形が自然とできるということはある意味
とても健全でありがたいことだったんだ…と
その方のお話を聞いて感じました(*-ω-人)


そして、自分の小さな習慣である朝晩のお祈り、
マイ神棚に向かって手を合わせてこうべを垂れて、
感謝や反省の気持ちを神様にお話する習慣は
自分を護るという意味でもそれなりに心強く、かつ
意義のあることだったのかもなぁ…と思いました。
これからも続けよう!と心に誓った次第(`・ω・´)ぴかぴか(新しい)


まあ、それはそれとしまして
先日、神社でおみくじを引いてきました。

前にも少し記事で書きましたが、
私は、大吉だの小吉だのはあまり気にしていなくて
おみくじはむしろ「和歌」や「お話」の部分を
読むことを楽しみにしているのですが、
今回はとりわけ「お話」の部分が心に残りました。
以下はその「お話」の全文ママです。


「ご飯たべたり、着物をきたり、
勝手いうのが能じゃない


御互(おたがい)は
ご飯たべる為に生(うま)れて来たのでも、

着物きるために生きて居るのではない。

神様から世界作り固めの御役目をうけて、

此(この)地上に高天原(たかまがはら)の、
住みよい、明るい、平和な世界を
作り上げる為(た)めに

生れて来たのである。

この信仰をもって一生を働き続けましょう。」



ここに書かれていることは、私にとっては
「お、おう…(汗)」としか言えないような、そして
「やっぱりな…」とため息をついてしまうような、
有無を言わせぬ力強さを感じさせる内容でした。

思い返せば、2011年3月の大震災をきっかけに
「何かおかしいなあ」と感じたところから
ブログ主の活動は始まったのでした。


震災当時、テレビでは
地震や津波の悲惨な映像を
「お前達はドSか?」というくらい
繰り返し繰り返し流すばかりでしたし、
震災から数か月を経過しても
被災地の復興が進んでいるとは
まったく思えない状況が続いていました。

「あの地震や津波が、いくら大災害だったとはいえ
ここまで変な感じなっているのはおかしいよね?
何で、こんなことになっているんだろう?」

「日本は今、どうなっているんだろう?」

と不審に思い、それまでは仕事や食べ物や娯楽など
狭い興味のためにしか使ってこなかったネットを、
日本の現状を調べるために初めて使いました。そして

「大変だ!日本は、滅ぼされようとしていたんだ!」

「日本が危ないということに
一人でも多くの日本人が気づかないと、

私達の未来は本当に終わってしまうよ!!」

と驚いて、自分に何ができるだろうと
必死で考えていました。

そして、たとえばこのブログを立ち上げたり、
ささやかなイベントを企画したり、
手ぬぐいやハンカチを作ってソフトに(?)啓蒙したり、
自分の調べたことを記事にしたりしてきたわけです。

小さな存在なりに、この国を護らなくちゃ!
という思いで自分なりにできることをやってきて、
そして現在に至るわけですが…
(なお7月9日からは集団通報を頑張る予定(ΘДΘ)V)

まあ、ぶっちゃけた話をするならば、
私はなんだかんだいっても日本は
この緊急事態を乗り切れるだろうと信じています。

民主党政権の時代は、
多くのネット保守の方と同じく
ほとんど生きた心地がしませんでしたが、
安倍さんが自民党総裁選で勝って
自民党が政権奪還した頃ぐらいから
「このまま頑張れば行けるかもしれない」
と思えるようになりました。

テロや情報操作や国内外での各種嫌がらせなど
特亜や反日勢力の抵抗はしばらく続くでしょう。
それでも、ここまで来ることができたのだから
この戦いで最後まで残って勝つのは私達日本人だ。
という確信を、私は腹の底に持っています。

そして、この緊急事態を乗り切った先に待っている

「高天原の、住みよい、明るい、
平和な世界を作り上げる」

という新しい目標のためには
自分は何をしたらいいだろうなぁ…と
こんな顔で('Д')ぼーっと考えてもいます。

むしろ本来の目標は、そっちだったよね、
という気もしています。

私は政治家ではありませんし
(余談ですが、志のある政治家は本当に偉いです。
魑魅魍魎の蠢く政界で細心の注意を払いながら
国益を第一に考えて成果を出しておられる方々は
本当に本当に強くて立派な人達です。
私はそういう政治家を心から尊敬しています)、
有名な立場にいるわけでもありません。
普段はできるだけ目立たぬよう、
また不要な波風を立てぬように(笑)
地味に静かに生きている(いやいやホントに汗)
普通の日本人です。

でも、そういう普通の日本人だからこそ

「高天原の、住みよい、明るい、
平和な世界を作り上げる」

きっかけの一つを作れるのではないかな、
という気が、何となくしているのです。

集団通報を頑張りながら、
そっちの方の目標についても自分なりに考えて
少しずつ実行に移していきたいと考えています。
そして、思ったことや行ったことを
このブログに少しずつ記録していって、
日本と世界の明るい未来について
皆様と考えていけたらと願っております。


私やあなたにできることは、何でしょうか?
普通の日本人だからこそ、できること。




2015年03月25日

私が映画『KANO』の中に見た「八紘一宇」

こんばんは〜^^

先日、年上のお友達であるおーちゃんから
久しぶりにお電話をいただきました^^

おーちゃん「あなたのブログを見ていますよ」

はなうた「おお、なんと!嬉しいです、ありがとうございます」

おーちゃん「あの着物の椿の柄は、林檎のようでもありますが
 私には
ハートのようにも見えました」

はなうた「なるほど!言われてみれば確かに(*´▽`*)」

なんていうお話をしたりして
心和むひと時を過ごすことができました。

おーちゃん、いつも見てくださっていて
ありがとうございます\(^o^)/
そして、おーちゃんのように、いつもこのブログを
そっと見守ってくださっている方々にも、感謝申し上げます!


*******


さてさて、今日は前々から書こうと思っていた
映画『KANO』の感想を綴っていきます♪


私は、野球といえば3アウトでチェンジするとか
基本的には9回の裏で試合が終了するとか
それぐらいの知識(笑)しかない人間でしたが…

そんな私でもこの『KANO』はとても楽しめましたし
素晴らしい映画ですと自信を持って推薦します!


一昨年に見た『永遠の0』は、
愛国心を揺さぶる大作ではあったものの、
原作を読んでから映画を見た自分としては
マスコミへの「配慮」を感じた部分がいくつかあり、
そこで興ざめしてしまったため残念ながら
映画の世界には完全に没頭できませんでした。

一方、『KANO』の世界はといいますと
「僕たちは、自分達の伝えたいことを
ストレートにダイナミックに皆に伝えたいんだ!」
という作り手の熱い思いがただ、ひしひしと伝わってきて
何の違和感もなく気持ちよく観ることができました。
そして今や『KANO』は、私がこれまでに見た
映画の中でも一番好きな作品の一つだ!

といっても過言ではありません\(^o^)/

KANO.jpg

『KANO』は台湾で作られた映画でして、副題の
「1931 海の向こうの甲子園」からも分かるように
1931年の、日本統治下の台湾が舞台となっています。

物語は、台湾嘉義農林学校(通称;嘉農)の
野球部の少年達が、寡黙で職人肌な日本人野球監督・
近藤兵太郎と出会い、互いに刺激を受け合い
日本の甲子園への出場を目指して共に夢に近づいていく、
というものです。

以下では、ちょっとネタバレといいますか
私がいいなあと思った『KANO』の魅力を
アトランダムに挙げていきます。
ネタバレがお嫌いな方は、ここまでとしてください(人)
























 私の好きな「KANO」のシーン

1.ものも言わずに、ただ座っている
 近藤兵太郎監督(永瀬正敏さん)


にこりともせず、ただ腕を組んで座っているだけで
この人はどうしてこんなにみごとな絵になるんだろう、
俳優ってすごいと思いながら永瀬さんに見入っていました。

映画観賞後に購入したパンフレットによりますと、
『KANO』の前はヒロポン中毒や極貧の役を演じたため
永瀬さんは病的に痩せておられたそうですが(笑)、
『KANO』の出演が決まるにあたり、筋骨隆々とした
体格の良い選手役の少年達に囲まれて一念発起!
「生まれて初めて意識的に体重を増やした」そうです。

小柄ながら「がっちり!」「どっしり!」とした、
昔の日本のかっこいいおじさんという感じがすごく出ていて
何より常に姿勢がよくて、本当に素敵だと感じました。

永瀬さん.jpg

参考までに、こちらが本物の近藤監督。

近藤兵太郎.jpg

さすが昔の日本の紳士は、ハットを粋にかぶっていますね^^
お顔立ちは、引き締まっておられる中にも温かみがあります。


体重変動といえば…いつもスッキリした体型を維持している
大沢たかおさんも、『KANO』の中では
少々お腹が出ていたような気がします
(実在した伝説の技師・八田與一役で登場)。

あまりにもスレンダーで若々しいとリアリティに欠けるから
作品に合わせて体型を変えたのかなあと想像しています。

大沢さんは、『仁―JIN―』のときもそうでしたが、
人徳と技術があって人に慕われる人物を演じたらぴか一!ですね。
登場場面は少なめでしたが、明るく温かく、輝くような存在感でした。

『KANO』の中の大沢さん。

大沢さん.jpg

本物の八田與一さんはこちらです。

八田先生.jpg

八田與一さんは、台湾では神様として敬われるぐらい
功績のある水利技術者です。
近年では日本でもその名が徐々に広まり
再び尊敬を集め、慕われています。
日本が世界に誇れる、素晴らしい日本人の一人ですぴかぴか(新しい)



2.「先人の魂を受け継ぐ覚悟」の美しさ

近藤監督の人物像は、愛想もなく言葉も少ない人でしたが、
それでも嘉農の選手たちのことは自分の子供と同じように
かわいいし大切に思っていました。そして
「この子達と一緒に、何としても甲子園に行くのだ」
という強い熱意で野球指導に当たっていました。
彼の熱意や愛情を、選手たちは一心に受けていたのです。

また監督は、選手としての体づくりや技術指導だけでなく
彼らの精神性をも育てようとしていました。


たとえば、グラウンドは聖域なのだから、
足を踏み入れる前には必ずきちんと一礼することとか。

男は、人前でむやみに泣いてはいけないということとか。

あるいは、炎を見つめながら精神統一する方法などを通じて
単なる「強い選手」にとどまらない「強い人間」を育てました。

映画の始まりのころは、嘉農の子達は
それはもう適当に野球をやっているような状態で
他校との試合でも、ただの一勝もしたことがありませんでした。

また、口の利き方はおろか、銭湯の入り方すらろくに知らず
体を一切洗わないでいきなりザブーンと湯船に飛び込むような
もはや野蛮といってもよい振る舞いが目につきましたが…(汗)

近藤監督の思いをまっすぐに受け止めて指導を受けるうちに
選手達の言葉遣いや身のこなしが変わっていったのです。
野球選手としての実力も、顔つきも、発する言葉や心構えにも
見違えるほどの成長が伺えました。
「誇り高く美しく強い野球選手」として開花していき
地元・台湾のみならず日本の甲子園でも
多くの人の心をつかみ、揺さぶっていったのです。

「成長したとはいっても、所詮は映画の中の話でしょう?」
と思う方もおられるかもしれませんが、
泥だらけの血まみれになってもボールに食らいつく姿、
本気の涙がにじんでも、その涙をこらえて浮かべた力強い笑顔、
人々の応援に心から感謝して、深々と頭を下げる彼らの姿を見れば
「これは映画だものね」なんて醒めたことは言っていられません。

嘉農の選手を演じていた少年達がピュアだったから、
『KANO』を撮りたい、と思ったスタッフ達が本気だったから、
何よりも台湾嘉義農林学校の実話に感銘を受けて
その魂を受け継ぎ、伝えたいと思った人達が作ったから
あんなにも素晴らしい映画になったのでしょう。



3.『KANO』が体現していた世界は
 まさに「八紘一宇」


私がいつもよく考えることの中に
「日本人の優れているところは何だろう」というのがあります。

幸いにして、私達日本人はたくさんの長所を持っていますが
その中でも私が最大の特長だと感じているのは

「ものごとの本質を見抜くこと」

「ものごとを活かす最善の
方法を編み出し、実践できること」

「改善に改善を重ねて、よりよい状態に仕上げること」


この三つだと考えています。


『KANO』では、念願かなって出場した甲子園で
嘉農の選手達がとある新聞記者に
こんな言葉をぶつけられていました。

「君達のチームの中には、日本人は何人いるの?」
「台湾の選手達は、日本語は分かってるの?」
「チーム内での意思疎通はちゃんとできてるのかなあ」

その様子を見ていた近藤監督が、選手達の代わりに
こんな風に答えていたのが印象的でした。

「混成チームの、どこがいけんとよ!
野球に人種なんて関係ない。

蕃人(台湾の高砂族)は足が速い。
漢人(漢民族)は打撃が強い。
日本人は守備に長けている。

こんな理想的なチームはどこにもない」


日本人は、確かに優れた能力を持っていますが
とはいえ、もしも自分達に陶酔し優越感に浸り、
他民族に対してバカにするレベルにしかなかったならば
他民族の長所や美点にしっかりと目を向けて
それらを伸ばそうとすることもなかったでしょう。

私が思うに「本当に優れた人物」とは、
目の前のものをどう活かすか?
さらに改善するためには自分が何をすべきなのか?
それらのことを一生懸命に考えて、行動に移せる人です。

つまり、本当に優れた人とは「適材適所」を実現できる人。


適材適所と言えば、私がいつも思い出すのは
日本の機(はた。織物を織る機械、「織り機」のこと)の話です。
ご家業が有名な「龍村織物」である龍村修さんが以前、
機と機大工の興味深いお話をされていたのですが
(詳細は、こちらの本のコラムに載っています)

昔ながらの日本の機(はた)には、なんと
50種類もの木が使われていたそうです。

たとえば、回転するために摩耗しやすい部位には
堅い性質を持つ樫を使い、
柔らかくしならせたい部位には、
しなやかな竹を使う、という風に使い分けていたと。

 『適材適所』という言葉は、
 人やモノの特徴を見極めて
 適した場に配置するという意味ですが、
 それはたくさんの種類の木を使う機作りが
 由来になった言葉だと言われています。

 もしも木を単なるモノとして認識していただけなら、
 このような繊細かつ創造的な設計は
 決して思いつかなかったでしょう

 (龍村修・やましたひでこ著
 『伝説のヨガマスターが教えてくれた究極の生きる智恵』
 p146より抜粋)

50種類もの木を使って設計する機は、
長年の観察・研究から生まれた智慧の粋です。
ものごとをじっくり観察して本質を見抜き、
それを活かす最善の方法を編み出し
そこからさらに改善を重ねたであろう機大工のあり方は、
映画『KANO』で日台混合の野球チームを育て上げた
近藤監督の姿と重なるのです。

またそれは、この現代日本の各現場で
目覚ましい成果をあげている研究者や教育者、
職人の姿にも通じるものがありますよ。

もっといえば、今あるものの良さを見出して活かして、
よりよいものに育て上げることに喜びを感じるイメージは
日本の神様にも重なるところがあるなあ、と思うのです。

志を持つ私達日本人一人ひとりが、小さな神様として
自分の持っている能力や活用できるものを見出し、活かし、
輝かせることができたらとても素晴らしいですよね。
そういうことを実現していけたら、私達日本人も、私達の日本も、
ひいては世界も、もっともっと輝いていくだろうと思います。
「八紘一宇」という理念の体現にもつながっていくでしょう。


ああ…気が付けばまた超、超長く書いてしまいましたが(汗)

『KANO』はいろいろなことを感じさせ、気づかせ、
感動させてくれた、本当に優れた映画でした。
機会があればもう1回見たいですが、
旭川での上映は終わってしまったので
映画館で観るのは難しいかもしれません(´・ω・`)

旭川に限らず、全国的に見ても
一般上映は、もしかしたら残念ながら
ひととおり終わってしまったかもしれませんが、
リバイバルやDVDなどで、ぜひ皆様にも
ご覧いただけたらと思います!
(ただしこの映画は約3時間とかなり長いので、
事前にトイレには必ず行ってください!お願いします!
あと、映画を見ながら飲み物を飲むのもキケンですからね!!
経験者は絶叫します(笑))


2015年02月26日

天国と地獄の話

今日は、先週の愛国オフ(金曜の部)のお話を少しします^^

オフ会の宴もたけなわになってきた頃、
私はふと、こんな疑問を口にしました。


 わざわざ韓国を選んで、韓国人として生まれる魂って
 一体どういう気持ちで生まれてくるんでしょうね?

 私だったらとても恐ろしくて、ああいう国には
 何としても生まれたくはないけれど…(´・ω・`)

 たとえば、何かものすごい罪を犯して
 その罰として生まれてくるとかなのかなぁ?」



すると、参加者の一人であった女スパイ(仮)が
火の鳥ならぬ火病の鳥のAAを教えてくださって
それはそれで、大変盛り上がったのでした\(^o^)/

ちなみに、こちらがそのAAです↓
クリックするとはっきり見られますw

火病の鳥.png

火病の鳥…
ネーミングもビジュアルもひどい…
怖すぎて涙が出てきます……w

まあ、それはさて置き…^^;


火病の鳥の話をにこにこと聞いていらした雪風様が
こんな意見を述べてくださいました。


 「たとえば、韓国などに生まれてくる魂は
 その場所が自分にとって心地よいと思って、
 自ら選んで生まれてくるのではないでしょうか^^」


そして、「天国と地獄の箸」のお話をしてくださったのです。


「天国と地獄の箸」のお話は、
検索すればいくつか出てくると思いますので
ご存知ない方はご自分で調べてみてください( ・ω・)/

かいつまんで説明しますと、こんな感じです♪


***********************

 一人ひとりが自分用に持っている
 長いなが〜い箸を使って、
 人々が、なんとかしてご飯を食べようとしている。

 けれども、箸が長すぎてうまく食べられないので
 その腹いせに、周りの人が食べる邪魔をしたり
 お互いの足をとにかく引っ張り合っている。

 そういう人達が暮らしているのが、地獄という場所。


 一方の天国では、一人ひとりが持っている
 長いなが〜い箸を、自分ではなく相手に向けて使う。

 相手のリクエストやタイミングを聞きながら
 お互いに、上手に食べさせ合うことで
 みんなが仲良く満ち足りて、
幸せに過ごしている。

 それが天国という場所。

***********************


自分のことしか考えない人が住む場所が地獄であり、
相手や全体のことも考えられる人が住む場所が
天国なんだよね、というお話です。

う〜ん、深いですね〜!(ΘДΘ)b グッ

争い、傷つけ合い、足を引っ張り、
相手を陥れる策を練る…
そんな行為が性に合う魂もある。

そういう魂にとっては、天国よりも地獄の方が
ずっと居心地がよいというのは
私にとっては目から鱗の解釈でした。

それで私は、こう思ったのです。

「好き好んで地獄を選ぶ人達がいるのであれば、
彼らのことを
心配したり
『こうすれば幸せになれるのでは?』

みたいな提案をするのは、やめよう\(^o^)/」


と(笑)。だって、地獄を好きな人達の気持ちは
どうしたって今の私には分かりませんし…。

そんな地獄好きな彼らにとっては、私の言動は結局
大きなお世話にしかならないのだろうと考えたのでした。


たとえば地獄の3丁目で、
石ころを食べている餓鬼がいたとして、
そんな餓鬼の心配を私がしても仕方がないでしょう?

自分が餓鬼を助けに地獄に行くわけにもいかないし
(っていうかそもそも行きたくないし)♪

餓鬼の代わりに石ころを食べてやるわけにもいかないし
(っていうかそんなの全然、意味わかんないし)♪

石ころの代わりの食べ物を届けることもできないし、
餓鬼を更生(笑)させることもできないのだから、
心配するだけエネルギーの無駄無駄無駄!っちゅうことです♪

それと同じで、朝鮮半島の反日の人達や
自称イスラム国に自ら望んで入った人達の心配をしても
しょうがないんですよねー。
我が国に巣食う売国奴やサヨク達についても
同じことが言えるわけです。

彼らはきっと、好きで好きで大好きで
ああいう破滅の道を驀進しているのですから、
私が心配して助言して、どうなることでもないのよね〜。
まあ、ほっといても遅かれ早かれ自滅するさw
と思ったのでした。

この話のついでに、もう一つ書いておきます。

最近いくつかの場所で、天皇皇后両陛下が叩かれています
(東宮一家関連をのさばらせた責任ガー、という論調で)。

そして私は、もっともらしいことを言いながら
両陛下を叩きに叩く人達を見て
「おいおい、あなた方は何様ですか?」と思っています。

両陛下を叩いている人達というのは結局、
いつまで経っても自分達の思う通り
(=廃太子廃妃)になる気配がないから、
強引に自分の思い通りに話を進めたくて、
自分以外の人達(それもよりによって、
日本人の心の父母であらせられる両陛下)を
貶めてまで自分を正当化しようとしているわけでしょう。

それは「地獄の生き物の所業」以外の
何ものでもないんじゃないですか。

安倍総理の責任ガー、と言っている人達についても、
私にはやっぱり同類に見えます。
自分の思う通りに動いてくれないからと言って
「安倍は日本を破壊する」とか騒ぐ人達って、
どれだけこらえ性がないのさ?(ΘДΘ)y-゜゜゜

70年かけてじっくりと壊されてきたものが
そんなに一瞬で、都合よく変わるわけがないでしょう。
そんなおめでたい思考回路を持ち続けているからこそ
日本人はこれまでずーーーっと足元を掬われてきたのです。


日本を取り戻すには、どうしたって時間はかかります。
そして、分断させられて隙間ができたら、
そこから団結力が弱ってしまうなんてことは
子供だってちょっと考えれば分かることです。
自分からホイホイ隙間を作ってどーするんだってぇの!
(ジャイアンの声で再生してください)

そもそも、自分の箸で相手と食べさせ合う幸せや大切さを
本当に分かっている日本人であれば…

これまで精一杯、日本のためにご尽力くださった両陛下を
しょうもない屁理屈を並べて
叩いたりはしないんじゃないのかな?と思います。

そして、日々ひどい誹謗中傷やくだらない質疑応答や、
普通の人ならめんどうくさくて死にたくなるくらい
大きなプレッシャーをはねのけてまで、
「日本や世界の転換期の総理」として働く安倍晋三さんを
人格否定まで持ち出して非難しないと思うのですが。
いかがでしょうか。


日本や世界が置かれている現状を知ろうとする姿勢や
自ら調べる行為は、本当に大事なことではあります。
でも、腹を立てすぎたり消耗しすぎたりするのは絶対によくない。

すべての日本人は日本の縮図であり

日本を構成する大切なパーツの一つだから、
そのパーツをいたずらに
損なうようなことをしてはいけない!!


大事なことなので、フォントを大きくして表現しました!

ということで私達は、日本の縮図であり大切なパーツである
自分のことをちゃんと大切にして
ほどほどの良い感じを保って、前に進んでいきましょう。

見たり読んだりして、具合が悪くなるほど不愉快なものからは、
ちゃんと距離を置くことも必要です。
自分自身の環境を明るく気持ちよく整えて、
心も体も元気に暮らしていくこと。

それが今の私達にできる、一番の護国活動だと思います。



2015年02月08日

おみくじは「神様メモ」

お世話になった方々にお贈りしようと思って
旭川自慢の超おいしいお菓子である
「北かり」のかりんとうを先日、買いに行きました。

お買いものも済み、お店から出て帰ろうとすると
オシャレで素敵な感じの女性に
「あの…」と声をかけられました。

 「これ、「北かり」のお楽しみ抽選券です。
 私は抽選会の当日は来られないので、
 もし当日来られるようでしたら、差し上げます」

と、抽選券を3枚もいただいてしまいました。

こういう、神様がくださったご縁は大事だから
ありがたく行ってみることにしよう!と思い
本日、ドキドキしながら抽選会に行ってきました。

かくして、おみくじを引くような思いで
3回分のくじを引いた私でしたが
そのうちの1回で、果たして!
あの金色の鐘(笑)が鳴り響いたのでした。


 「おめでとうございます、お客様!!」

 リンゴロ〜ン、リンゴロ〜ン♪


 「お客様には、こちらの…!!」



なんだろう、なんだろう、わくわく(`・ω・´)ハートたち(複数ハート)


 「松岡修造カレンダーが、
 当たりました!」



 ばーん!!!


2015020820441400.jpg


 「やっぱり神様っているよねwww
         笑いのww」

と改めて感じた瞬間でありました\(^o^)/


だいたいほかの賞は、かりんとうとかお菓子とか
いかにも「北かり」らしい賞品がほとんどだというのに
なぜここで松岡修造?
しかも日めくりカレンダー?

全然かりんとうと関係ないですやんwww



しかしながら「松岡修造カレンダーです!」
と係の方に言われた次の瞬間

「ふふっ。実は、これが当たるといいなあと思ってました」
とつい本音を吐いてしまった私の言葉に
「うふふ…」と別の係の方が笑っておられましたwww

そうでしょう、面白いでしょうともw私も面白いですものww


ちなみにこの日めくりカレンダーには
31日分のメッセージ+αがついていて、
何十年もずっと使い続けられる仕様となっております。
中身もすごくいいですよ〜。
笑いあり、感動ありの内容です。

そして、私がブログでいつも書いていることと、
修造さんのおっしゃっていることは
だいたい一緒だということに今日気づきました(笑)

修造さんのことは、近年とみに好きになってきていますが
本日をもって「心の先輩」と確信した次第です\(ΘДΘ)/


日めくりには、たとえば、こんなメッセージが載っています。


2015020820444200.jpg

自分を持ちたいなら、サバになれ!

何となく周りに流されてしまう自分がいやで、ネチネチ悩んでいるのか?
サバを見てみろよ。
いろいろな魚が泳いでいる所でも、周りを気にせずに、常にサバサバしているだろ。
サバは「自分」を持っている。
常に自分の心に耳を傾け、自分で考えて決断し、行動しているんだよ。
自分を持つことができれば、周りの声や視線など気にならず、
いつも自分らしくいられるんだ。」


素敵ですよね〜。止まらない大笑いの中に深い真実があります^^
こういうの、本当にいいなあと思うのです。感動します。
写真も面白いですし、ずっと使えるところも経済的だということで
はなうた家お気に入りのアイテムになりました(*´▽`*)


そして「いつも笑いと元気をくださってありがとうございます!
というお礼と、上京のご挨拶をしてこよう♪」と思って、
氏神様の旭川神社に行ってまいりました。

旭川神社.jpg

※画像は今年の初詣の時に撮影したもの。
今日はもっと閑散としていて、静かな感じでした。

境内にお祀りされている神様達にお礼とご挨拶をしてから、
恒例のおみくじであります。
ちなみに本日のおみくじはと言いますと…

 「心をかたくもって 一時の不運にあわてさわぎ
 思いまようてはいけません
 本業をよくまもって静かにときの来るのをまちなさい
 開運うたがいありません」

…なんだか慰めていただいてしまいました(汗)

おみくじを引くと、いつもだいたいこんな感じで
「もうすぐよくなるからね!だんだんよくなるからね!
(気落ちしないで、正気を保って頑張れ!)」

と半ば泣いている赤子をあやすようなw
温かいお言葉を繰り返しかけていただいているのですが、
それはもしかして、神様から見た私が
勇気が挫けそうな感じに見えているからなのかな…?

もしご心配をおかけしているのなら、申し訳ないな〜、
そんなにヘタレに見えるかなあ、なんかすみませ〜ん。

でも大丈夫ですよ〜。今だって十分幸せなんですよ〜。
自分のやると決めたことは、ちゃんと積み重ねていきますし、
心も出来る限り穏やかに清潔に保っていきますからね〜。

と神様に向かって「ぼよ〜ん」と思ったのでした。

まあ、ただ心の中で思うだけでは足りないかもしれないから
言葉と行動でしっかり表現していかないと、ですなあ(ΘДΘ)♪


また私が、おみくじを引くときにいつも楽しみにしているのは
おみくじの裏に書かれているお話であります。
今回は、こんなお話が載っていました。

 「天地(あめつち)の中に生えたる草木まで、
 神の姿と大切に見よ

 万物の中に神様は居(お)らせられる。
 天から降り注ぐ日差しに、雨に、雪に。
 道端の草にも、岩にも、川にも。
 森羅万象(しんらばんしょう)を司(つかさど)る
 諸々(もろもろ)の神々に祈りを捧げ、
 謙虚な気持ちで自然と向き合えば、
 生かされていることの感謝の念が自ずと芽生え、
 そして神様は豊かな稔(みの)りを約束してくださる。

私は、おみくじでは大吉とか小吉とかは
あまり注目していません。むしろ、すごく気にしているのは
おみくじの表の上側に書かれている和歌とその説明とか、
裏に書いてあるこういったありがたいお話
それこそが、今の自分に神様が伝えてくださっている
「神様メモ」だ!と思って、とても楽しみに読んでいるのです。

神様メモは、どれも短い文章ではあるけれど、どう考えても
「ああ、神様はいつも自分のことをご覧になっているのだなあ」
としか思えないような、ビンゴでナイスなご意見をいただきます。

あるときは、ものごとの見方や感謝の仕方を教えてくださったり、
あるときは、心にくすぶっている悩みを解きほぐしてくださったり…

「神様メモ」を読むたびに、私の中では絶対的な安心感と
大きくて温かいものに護ってもらっている幸福感が
ぐぐぐ〜っと増していくのです(*´▽`*)かわいい


こういうお話は、読む人によっては「宗教臭くてキモい」
ということになるのかもしれないけれど、
人の心の中に、自分と神様との健全な絆がまったくなければ、
信じても却って不幸になるものを信じてしまうのではないかな、
と私は思うのです。
それはあたかも、親と健全な絆が築けなかった子供が
人間関係において辛い失敗を繰り返してしまうかのように。


すべての命の中に宿っておられる神様、
そして、もちろん私やあなたの命の中にも宿っている神様を
私は素直に信じて、身近に感じて、大切にしたいなと思います。

それから私は、神様に対しては
恐怖におののき崇拝してひれ伏す感じではなく、
親きょうだいや大切な友達、恩師にお礼を言うように
当たり前に感謝の言葉を日々捧げていきたい。
そうして、自分の中の神様や周りの神様、仏様、
そして志を同じくした皆様と一緒になって
この人生を進んでいきたいなあ、と思うのです。