2015年02月06日

お天道様は見ている

自分がいつも肝に銘じていることの一つに
「お天道様は見ている晴れという教訓があります。

私も一応、いち人間ですから
(わざわざ明記したら却って怪しくなりましたがw)
生きていればそれなりに
やるせなく感じることもあります。
落ち込むことも、いらいらすることも、悲しいことも
それはもう豊富に(汗)あるわけですが…それでも

「お天道様は全部、見ているんだよね晴れと思うと、
あるいは「今の全部、見てたよ〜晴れ
お天道様に言われているところを想像すると
いい意味で、悪あがきをする気がなくなるのです。
肩に入っていた力が抜けてしまいます^^


そんなありがたいお天道様に対して
私はいつも、こんなことを思っています。


  「お天道様には、いつも明るくしていただいたり、
  暖めていただいたりして、とても感謝しています。

  私は、ご覧の通りの小さな人間です。

  いつもいただいているご恩をお返しすることすら
  ろくにできない、ちっぽけな存在ですし

  私の素性なんて、何の面白味もないかもしれませんが
  よろしければどうぞご覧になっていってください」


そういう感じで、自分のありようをお天道様に対して
どーんとオープンにしています。
(ある意味、開き直っているというか…\(^o^)/♪)


そして私は、他人様のこともある程度
「お天道様の分身晴れのように思っています。

それはつまり、嘘をついたり取り繕ったりしたところで
お天道様のような人はそれを一発で見抜く!
と考えているということです。一言で言えば
人様をなめてはいけないということですね(ΘДΘ)ノ


たとえば、私という人間は非常に粗忽でありまして、
絵に描いたようなうっかり八兵衛タイプであります。

そんな八兵衛が、いくら自分では巧妙にやったつもりで
完璧な工作(笑)をしたところで、
お天道様のように生きている人からはきっと
すべてがまるっとお見通しに決まっているのです。

しかも、お天道様のように生きている人は
私が人様を欺こうとした手口の奥底にある
卑しい心根までも見抜いてしまうのだろうな…
と、容易に予想もつくわけです(´・ω・`)


自分の腹黒さや醜さを見抜かれるなんて、
少し想像しただけでも
ばつの悪いことでありますね。

いたずらに取り繕って
ばつの悪い思いをするぐらいなら、
いっそ始めから取り繕わなければよいのだ!
と思いませんか?私には、そうとしか思えません。
オテアゲな感じです\(^o^)/(笑)


ですから私は、自分の卑しさや浅はかさを
お天道様や人様にずばっと見抜かれたり、
腹黒さに眉を顰められるぐらいならば
何もかも白日の下にさらけ出して
プークスクスとかちょっと笑われる方が

結果的にずっとマシだと思っていますw

笑われる方がいいと言っても
自分を卑下して、おどけて誤魔化すのが
よいということではありません。

卑下(卑屈)と謙虚は、似ているようで全然違います。

卑屈さとは、自分という存在をわざと貶めることで
相手を悲しませ、混乱させて
相手のエネルギーを自分に向けさせて奪うことです。
人間として、非常に残念なあり方です。

これに対して謙虚さとは、我が身をすっと引いて
相手のあり方や功績を、静かに讃えることです。
このあり方は、自分も相手も自然に温めて幸せにします。

お天道様の気持ちになって眺めてみたら、
卑屈な人間よりも謙虚な人間の方が
いいような気がいたします(*´▽`*)


そして、謙虚に生きるということはきっと…

相手の顔色をうかがったり
媚びへつらわないということ。

背伸びをせず、おびえもせず、
自分のありのままで一生懸命にやること。

その姿を御覧に入れることで相手に誠意を示し、
そこで自分という人間を判断していただくこと!

と私は考えています。

だからこそ!


お天道様にいつ見られても、大丈夫な自分であるか。

私はその一点を、何より大切にしていきたいのです*^^*


思うようにできないこともたくさんありますし、
失敗してしまうこともたくさんありますが
「お天道様は見ている晴れという
日本古来のありがたい教訓を肝に銘じ、
今日も明日も明後日も、
たとえプークスクスな瞬間があろうともw
自分なりの謙虚さを大切にしながら、
堂々とお天道様の下で生きていきたいです。




2015年01月23日

強い電波にびっくりしたヨの巻(笑)☆追記あり

☆追記☆

はい、皆様。
旭川の神秘的な雪の色でもご覧になって、
心を落ち着けてください^^
この世界には、こんなに美しいものだって
ちゃんとあるのですよ、鉄郎…(誰が鉄郎だよ…)


IMG_20150123_221427 (1).JPG


こんばんは〜。

本日の緊急会見にて、
後藤ママから発散されていた電波があまりにもすごすぎて
思考回路が爆破されたような感覚に陥っております(汗)
私にとっては彼女の存在自体がテロでした(汗)(汗)


【閲覧注意】フル 石堂順子氏記者会見
イスラム国拘束・後藤健二氏の実母





後藤健二氏が、生まれたばかりの我が子を置いて
アカの他人をヒーローのように助けに行ったという構図も
彼女の電波ゆんゆんなママぶりを見たら納得せざるを得ません。

そして…彼女の、場にそぐわないウキウキ感とドヤ感、
的を外しまくった独壇場的発言を目の当たりにして
田下先生のお話にあった「世代間伝達」「発達障害母」
という言葉が頭をよぎりましたよ。

私の護国仲間があの会見を見て、

「まともな日本のお母さんであれば、あの場で

 『自分の子供が世間様にご迷惑をおかけして
 本当に情けないことです。申し訳ございません。
 すべては親である自分の責任です。
 息子のことはどうなったとしても諦めます』

などと言うのではないか」

と語っていましたが、私もそう思いました。

多分、後藤健二氏やそのお母様だけが
突然変異的に独特だったということではなく、
彼らの家系で、世代を超えて受け継がれてきたものが
今の彼らに、ああいう形で表現されているのだろうな、
と想像しました。

幼い頃に適切な愛情をかけられなかった分、
別の形で、埋められなかった愛情を埋めようとして
どんどんずれていってしまうのだだろうなあ…

そして、あまり深追いしたくない人達だな、
と私は感じました。

ああいう親が日本に溢れてしまったら、
日本は本当におかしくなると思います(´・ω・`)

ああ、だめだ、ショックが強すぎて
ほかのことが考えられない(+o+)
とりあえず今日はここでおしまいです。


2015年01月21日

ブログの見直し作業が終了!通常運営を再開します♪

こんばんは〜。
本日2本目の記事となります。

以前宣言しましたブログ見直しの作業も、
おかげさまでなんとか無事に終わりまして、
ほっと一息つきました(ToT)=33(少々涙目ですがw)

自分が危惧していたのに反して、
邪悪な心から発信した記事はありませんでした
(ちょっと皮肉っぽかったり、意地悪っぽい記述は
ちらほら入っていましたが、まあ人間だからな〜、と…)。

一方、自分が思っていた以上に
愚痴っぽかったり半べそをかいた記事が多かったです(爆)。
さまざまな作業でてんてこ舞いになるため
体もおのずと弱り、
しょっちゅうブログ休止のお知らせをしていたので
我ながら苦笑しました。

そういった自分の弱さに直面したことで
いっそのこと、なんだか楽になりましたよ(爆)(爆)。

あとは、自分が思っていた以上に
自分という人間はしつこい生き物であり、それはもう
「護国」「護国」「三度の飯より護国」とでもいうような
すさまじい念の押しようで記事を書いていました。
護国の一念で、よくここまで記事を書いてきたものだなあと
自分の執念深さにぞっとしました(笑)。

総じて、自分が思っていたより
自分は基本的にへなちょこで、だがしかし相当しつこく、
それでもまあ、そこそこいいヤツだったということが分かり
なんだかんだで安心しました\(^o^)/←なんせ根が能天気w


今回の見直し作業で、ところどころにつけた「追記」は
もしかしたら、誰にも読まれない可能性もありますが、

もしも、いつか誰かが記事を検索して
読みに来てくれたときに、
今の自分とはあまりにもズレたものを
発信したままにしておくのは何だか違和感があるなあ…

自分が本当に思うところのエッセンスだけでも、
一期一会の方にもお伝えしたいなあ…

と考えて、せっせと追記をつけ続けていました。

それはとても地味で、目がシバシバする作業でしたが
自分が成長できた部分や、変わらないところ、
大事だと肝に銘じたはずなのに
うっかり忘れていたことなどに気づくことができ、
とても意義深い作業でありました。

拙ブログのために、お力を分けてくださった皆様と
神様、仏様、ご先祖様、英霊の皆様に
改めて感謝を申し上げますm( )m


取り急ぎ、見直し作業終了のご報告と
お礼まででした(*´▽`*)


次回からはまた、普通の護国ブログ(笑)として
記事をせっせとアップしていこうと考えています。
引き続き、お付き合いいただけましたら幸いです。
今後とも、どうぞよろしくお願い申し上げます。




【新聞記事より】吉田一彦先生の少年時代のお話

皆様、こんばんは!

前回の予告通り、
吉田一彦先生が新聞で発表されたコラムを
転載してご紹介します。
先生が大分県で過ごした少年時代の話を
まとめた文章です。
素晴らしい内容ですので、ぜひご一読ください。

※改行・太字は、ブログ主が入れたものです。
また、原文についていたルビは( )内に入れて記載しました。

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北海道新聞 平成26年12月2日(火)夕刊
「少年が見たカミカゼ」吉田一彦

苛酷な現実 一瞬にして認識

その日は朝から警戒警報が発令されていたので、学校は休校であった。
昭和19年(1944年)のことで秋晴れの雲一つない日であったと記憶する。
大分県別府の海岸からほど遠からぬ家の物干し場で、国民学校(現在の小学校)2年生は友人に借りた島田啓三の「冒険ダン吉」を読み耽(ふけ)っていた。当時人気の漫画である。

その時、北の方角で爆音がするので、本を伏せてそちらに目をやると、5機編隊のアメリカ軍爆撃機が低空で海上に向けて飛び去ろうとしていた。北九州の工業地帯を爆撃に来たものと察せられた。
垂直尾翼が二つあることからB24リバレーターであると分かった。当時の子供は飛行機の機種を当てるのが得意技であった。

編隊が海上に差しかかろうとしたその時、斜め前方から一気の日本軍戦闘機が一直線に降下してきて戦闘の編隊長機に激突した。
その瞬間ガラスの破片のようなものがぱっと飛び散ったのが目に映じた。

アメリカ軍機は何事もなかったかのように飛び続けたが、やがて速度が落ちたと見えた次の瞬間真っ逆さまに墜落した。
あっという間の出来事で、後には落下傘が三つ空に浮かんでいた。一瞬体がこわばって息苦しさが襲ってきた。

特別攻撃隊というとアメリカ軍艦船に爆弾を抱えて突入するというのが通例の考えであるが、日本本土上空でB29などのアメリカ軍爆撃機に体当たりを敢行するのも稀(まれ)ではなかった。そのための部隊も編成されていた。
アメリカ軍爆撃機は武装も充実し機体も堅牢(けんろう)であったから、通常の攻撃で撃墜するのは容易ではなかったのである。

当時、学校では日本軍機の爆音が聞こえたら手を合わせるように言われていたから、特攻隊が出撃しているのは、子供たちにもよく分かっていた。
しかし話に聞くのと目の前で実際にそれを目撃するのとでは全く別で、現実にそれを目にした経験は極めて衝撃的であった。
その光景はいまだに目に焼き付いていて、秋晴れの空を見上げるとふと脳裏に蘇(よみがえ)ることがある。

生活の場が戦場と化さない限り、戦争に対して子どもはある意味で部外者である。 
巻き添えになって死傷する場合もあるが、基本的には戦争の枠外に存在する。
学校では宿題などほとんど課せられないし、警報が発令されれば即時休校である。親は子供にかまう時間などほとんどないので、遊ぶ時間は極めて潤沢であった。
常に空腹を抱えているということはあったにせよ、ある種の子供天国である。

しかし特攻隊の攻撃は、一瞬にして子供心にも苛酷(かこく)な現実を認識させた。その瞬間を契機にして世界を一変させたのである。

それは言葉にならない畏怖の念を伴っていたので、友人にも語ることが憚られた。口に出せない経験となったのである。
自己犠牲の極限を目にして得たものは、ある種の緊張と虚無であった。
操縦士の氏名、階級は分からない。

歴史を繙(ひもと)けば、昭和18年(43年)9月12日にアメリカ軍は千島列島の幌筵(ほろむしろ)(パラムシル)海峡を爆撃し、日本側にはかなりの被害が発生した。北千島が北方防衛の最前線となったのである。
この時、横崎二郎陸軍中尉はアメリカ軍爆撃機に一式戦闘機(隼(はやぶさ))で体当たり攻撃を敢行して戦死した。
北方軍司令官である樋口季一郎中将(司令部は札幌市月寒)から感状が授与され、二階級特進となった。

 (よしだ・かずひこ=神戸大学名誉教授・札幌在住)

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体を張って自分達を護ってくれた大人、
ついぞ顔を合わせることもなかった大人の死を
吉田一彦少年は目の当りにしました。

吉田少年はその後、かつての敵国語であった英語を学び
海外のゴシップ誌から政府発表の論文まで
あらゆる文献を読みこなし、世界情勢に精通する
吉田一彦教授になりました。

また吉田教授は、戦争で使われる暗号を
研究する情報学を究め、
何冊もの専門書を執筆しています。

それらの努力はすべて「平和」のために積み重ねられてきました。
二度と戦争をしないために必要なのは「情報」である、と
先生は生涯かけて伝えてくださっています。

だからこそ私は吉田先生をとても尊敬していますし
吉田先生のような方が真の平和主義者だと考えています。
日本が強く、豊かになり、繁栄し、
世界に平和をもたらすために必要な情報を
これからも自分なりに積極的に集め、
皆様とご一緒に考えたり感じたりしていきたいと思っています。




2015年01月16日

護国ミニ講演会「はなうたの寺子屋」:吉田一彦先生講演録「暗号と情報の世界」(1)


皆様、こんばんは^^
いかがお過ごしでしょうか。

私の方は、テンションが上がったり
食べ過ぎで胃を悪くしたり(笑)
プライベートで少々バタバタしつつ、
過去記事をせっせと見直し
追記を付けていたのですが(`・ω・´;;)…

「あっ!たまには新しい記事も出さないと」
と思い至りましてw、
皆様が楽しみにしてくださっていたであろう
吉田一彦先生の講演録をアップすることにしました♪

タイトルは「暗号と情報の世界」です\(^o^)/

「戦争は嫌だ、平和を希求する」と本気で心に決めて
ご研究を通じてご意志を貫いてこられた吉田先生。
その知識の集大成を、今回おすそ分けしていただきました^^

中学校ぐらいの子供達でも読める易しい文章ですが、
内容は機知と示唆に富んでいて、
大人でも非常に読みごたえがあります。
幅広い世代の方々にお読みいただければと思います!

それでは、どうぞ☆


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2014.11.16
吉田一彦先生 講演録
「暗号と情報の世界」



身近にある暗号

「暗号」といいますと、なんだか別世界の話のように聞こえるかもしれません。また、どことなく暗いような感じがしますので、「安号」という表現を提唱する人もいますが、暗号についての話なんていうのは、そもそも暗いものなのであります(笑)。
とはいえ、暗号は我々の意外と身近なところにあるものです。これから、例を挙げてお話してまいりましょう。


たとえば、百貨店で買い物をしていた時に、BGMでピンクパーサーの曲がかかったとします。それは、百貨店の従業員の間では「万引き事件発生。警備係は即、店長室へ」ということを意味していることがあります。
こういう情報は、関係者だけが分かっていればよいことでありまして、お客さんにまで分かる必要はありません。


また、別の百貨店では「雨に唄えば」とか「あめあめふれふれ」などのBGMがかかった場合には「外で雨が降っているので、お客様にお渡し
する紙袋にはビニールをかぶせてあげてください」という合図になっていることがあります。


もう一つ例を挙げますと、空港で「保安係の吉田さん、至急50番ゲートへ」というアナウンスが入ったとします。
ところが、その空港には50番ゲートなどというものはなくて、そのアナウンスは実は「ハイジャック事件発生!警備員は直ちに集合せよ」という合図であったりするのです。


ただ、こういう合図は毎回同じものを使っていると、聞いている側に「おかしいなあ」と気づかれてしまいますから、定期的に文の中の言葉を変えるようにしています。50番ゲートを30番ゲートに変えるとか、吉田さんを山川さんにするといった具合です。
暗号を変える時には、もちろん内部で事前に打ち合わせをしています。こういう変化を、暗号の世界ではキー(key)と称しています。



英語では二つの表現になる日本語

少し話が変わりますが、英語では二つの言葉で表しているのに、日本語では一つの単語だけで表しているというものが、いくつかあります。
たとえば英語にはinformationという単語とintelligenceという二つの単語がありますが、その両方の単語を日本語では「情報」という単一の言葉で表します。しかしinformationとintelligenceでは、指し示している内容が違うのです。


informationの方が、より包括的な意味を表していまして、intelligenceは、informationが意味するものの一部分を表しています。
英語の辞書を引けば分かるのですが、intelligenceは「ライバルに関する知識」「自分が有利に立てる知識」などと定義されています。それは裏を返せばつまり、「自分が不利にならないような知識」という意味です。


日本語でいうところの「情報」は「敵情報告」、つまり敵の様子について調査して報告する、という言葉の真ん中の二文字を取って生まれた言葉でした。
ですから日本語の「情報」というのは、本来的にはinformationよりもintelligenceに近い意味合いを持っていることが分かります。



暗号の作成

同じように、「暗号」という言葉についても見てみましょう。
英語ではcodeとcipherと二つの言葉で表しているところを、日本では「暗号」という一つの言葉で表しています。しかしcodeとcipherでは意味内容が大いに異なっています。


cipherは「一対一の関係になるもの」を意味します。
たとえば、「SAPPORO」をcipherで表すとしましょう。アルファベットを3つずつずらしてcipherの暗号を作ることにした場合、「S」はアルファベットでSより3つ後ろの「V」に変わります。「A」は3つ後ろの「D」に変わりまして、SAPPOROという表記がVDSSRURという表記になるわけです。
こういうものが、cipherによる暗号化です。


今の例は非常に簡単な暗号作成法ですが、コンピュータでcipherを作ろうと思えば、もっと複雑な暗号の作成が可能です。
また一文を3グループぐらいに区切って、それぞれのグループに違う法則を適用して作るというcipherのやり方もあります。そういう手の込んだことをすれば、なかなか相手に見破られることがありません。
私の説明も少々複雑に、かつ分かりにくくなってまいりましたが…(笑)、先ほども申しました通り、暗号というのは当事者だけに分かればよいものですから、そう簡単に外部の人間に分かられては困るのであります。



暗号の基本

次に、「平文と暗号文」そして「換字(substitution)と転置(transposition)」というテーマに触れてみたいと思います。
「平文」は「ひらぶん」と読み、普通の文を指す言葉です。
先ほどの例で申しますとSAPPOROは平文ですが、VDSSRURは暗号文ということになります。また、換字は「かんじ」とは読まず、「かえじ」と読みます。これは、文字を置き換えるという意味です。ですから先ほどの「VDSSRUR」は、換字の暗号文ということになりますね。


もう一方のcipherは「転置」ですが、一番簡単な「転置」方法は、逆さから読むことです。
SAPPOROですと、OROPPASとなるのですが、これで、転置による暗号化ができたわけです。
転置の方は、文字の位置が変わっているだけですから、平文にある文字が全部出てきます。一方で換字の方は、文字自体がすべて変わっていますので、元の平文にある文字は出てきません。


以上、簡単な例をいくつか挙げましたが、こういった原則をより複雑に応用することで、現代の暗号(cipher)は作られています。
実用化されている暗号は複雑ではありますが、cipherの基本原則はあくまで「換字」と「転置」の二つです。



暗号の問題点

次に「解読と復号」に話を進めたいと思います。
たとえば、Aという人がBという人に、暗号を使ってコミュニケーションを取ろうとしたとします。ところが、そのコミュニケーションの内容を横取りしようとする人が出てきたとしましょう。
AからBへの暗号の流れは、正当な発信者から正当な受信者へ出たものであって、これを「復号」といいます。他方、横から割って入って暗号文を読み取ろうとすることを「解読」と呼んで、「復号」と区別することがあります。


なお、cipherとは別の「暗号」であるcodeとは、ある情報を特定の規約に従って表現したものを指しています。
つまり、ある言葉を、別の単語や意味のない言葉、数字などに置き換えて暗号を作るのです。これは日本語では「符合」と訳される場合もあります。
電話の市外局番や郵便番号もcodeです。冒頭でお話しました、空港で保安係を呼ぶような文章でハイジャック事件を知らせるアナウンスもcodeの暗号というわけです。
以上、暗号についての基本事項を概説しました。



歴史に有名な暗号

さて、年配の方なら一度は聞いたことはあると思いますが、日本には有名な暗号(code)があります。
それは「ニイタカヤマノボレ一二○八」というcodeです。
台湾には、今は玉山(ぎょくざん)と呼ばれている山がありますが、昔は新高山(にいたかやま)と呼ばれていました。それではこの「ニイタカヤマノボレ一二○八」は、登山か何かの呼びかけかといいますと、もちろんそうではありません。


これは、1941年12月2日に連合艦隊司令長官(山本五十六大将)が発した暗号電文の本文で、開戦のX日を12月8日とすることを伝えるものです。
日本艦隊はパールハーバーを攻撃するために、択捉(えとろふ)島の単冠(ひとかっぷ)湾から出港しました。
12月でしたから、船の通行の少ない北の方からハワイへと向かったわけです。


ここからは余談ですが、もしもパールハーバー攻撃をする前に「天気は良好」というような暗号文が打電されていれば、それは「日米会談が成功したので引き返せ」という意味であったそうです。
しかし実際には「天気は良好」という文は打電されることなく「ニイタカヤマノボレ一二○八」だけが打たれ、その結果パールハーバー攻撃が行われました。


また日本海軍だけでなく、日本陸軍にも有名な暗号があります。それは「コトブキ二十九号ヤマガタトス」という電文ですが、戦争の避けがたいことを知った大本営では、前もって前線基地への作戦命令伝達の暗号を決めていました。
予定日を12月8日として、その前後の1週間に、日露戦争の勝利にあやかるために大山、乃木、黒木、山県、野津など当時の将軍の名前を当てはめたのです。「コトブキ」(寿)は開戦を意味し、「ヤマガタ」は12月8日を意味しており、電文は「12月8日の開戦」を知らせるものでした。



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以上、(1)では、暗号についての基礎知識をご紹介しました^^
これにてスパイ小学校の入門編修了(笑)、といったところでしょうか。

次回の(2)では、先の戦争で実際に活用された暗号は
どのようなものであったのか、
また、どんな役目を果たしていたのかについてご紹介します。