2015年01月16日

護国ミニ講演会「はなうたの寺子屋」:吉田一彦先生講演録「暗号と情報の世界」(2)

吉田一彦先生の講演録(1)の続きです。

暗号が戦争でどのような役割を果たしたのか、
各国の特色や背景が紹介されています。

真の平和を望むこれからの私達は、
こういった歴史的事実を積極的に学び
未来に活かすべきだと考えます(`・ω・´)v

また、今回の(2)の章においては、
日本の命運を大きく揺り動かした
ミッドウェー海戦について取り上げられています。

「同じ轍は二度と繰り返さないぞ!」
という思いも込めつつ、どうかぜひお読みください!


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日本の暗号を解読していたアメリカ

さて、日本の敵国となったアメリカですが、実はパールハーバー攻撃以前に、日本の暗号を解読していたという事実があります。
そのためにルーズベルト大統領は、12月8日に日本がアメリカに対して攻撃を仕掛けてくることを事前に知っていたそうです。
ただし攻撃目標がハワイだとまでは知らなかったようで、フィリピンや東南アジアあたりが攻撃されると予測していました。まさかハワイだとは思っていなかったということです。


そういった予測のミスは、結果的にアメリカ軍の手抜かりとなるわけですから、誰かがミスの責任を取らないといけません。
そこで、ハワイの海軍と陸軍の司令官二人が、責任を取らされて解任となりました。
ルーズベルト大統領は、部下を犠牲にすることでうまく逃げたわけです。


当時のルーズベルトは、大統領として3期目でした。彼は4期まで大統領を務めたという珍しい大統領でしたが、彼が選挙で出していた公約は「アメリカは、外国の戦争には絶対に巻き込まれません。皆さまのご子弟やご主人を外国での戦争に狩り出すことは一切ありません」というものでした。そういうことを言って選挙に勝ったのです。
ですから、ドイツに負けそうになっているイギリスを助けるためには、まずは誰かがアメリカに対して攻撃を加えてくれないことには、ルーズベルトとしても具合が悪かったわけです。


そこでまず、アメリカはヒトラーを挑発しました。
アメリカからイギリスへと向かう輸送船を、アメリカの駆逐艦で護衛したのです。中立国であるアメリカがそういうことをするのは明らかに国際法違反だったのですが、ヒトラーは、このアメリカの挑発を無視しました。
ヒトラーがなかなか乗ってこないものですから、それならばとドイツをあきらめて日本に攻撃を起こさせよう、という話になったそうです。



ハル・ノートを書いたのはソ連のスパイ

 ところで、日米交渉は大東亜戦争の開戦前からずっと続いていました。
ルーズベルトという大統領は実は日本嫌いであり中国贔屓の人物でして、日本に対して相当きついいじめ、ハラスメントをやっていたのです。


たとえばアメリカでは、日本人の移民を禁止するという、かなりどぎついことをやっていました。
またアメリカにおける日本資産の凍結ということもやってのけたのです。
ハラスメントとして特に有名なものでは、「ABCD包囲網」というものがありました。A(アメリカ)、B(ブリテン=イギリス)、C(チャイナ=中国)、D(ダッチ=オランダ)が協同して、日本に対して石油も何も輸出しないといういじめを行いました。
日本には石油資源がありませんから、石油が輸入できなければ、軍艦も何も動かすことができません。そういう状況を打開するために、日米会談が開かれていました。


もしも開戦前の日米会談の中で、アメリカから暫定案が出されていたら、大東亜戦争は起こらなかったことでしょう。
しかしアメリカは、暫定案を引っ込めました。そのかわりに何を出してきたかと言いますと、強硬なハル・ノートです。


ハルというのは、コーデル・ハルというアメリカの国務長官で、日本でいうところの外務大臣の名前です。
ハル・ノートの内容は、今まで日本のやってきたことを全部否定する内容でした。
大東亜戦争後の東京裁判ではパール判事が、「こんなものを突き付けられれば、モナコやルクセンブルグ公国といった小国ですらアメリカに戦争を仕掛けただろう」という言葉を残しています。ハル・ノートはそういう強硬な代物でしたが、一番の問題は、そのハル・ノートを書いたのが一体誰だったのかということです。


確かに、コーデル・ハルが日本に渡したのでハル・ノートという名前がついていましたが、このノートの下書きを書いた人物こそは、ハリー・デクスター・ホワイトでした。彼は財務省のナンバー2でした。
ナンバー1の財務長官はルーズベルト大統領と非常に仲の良いユダヤ人のヘンリー・モーゲンソーでしたが、ナンバー2であったホワイトがハル・ノートの下書きを書いたのです。


このホワイトという人物は実は、ソ連のスパイでした。
彼の正体を暴露したのは、ヴェノナというアメリカの暗号解読作戦で、対象はソビエトがアメリカ国内でおこなっていた情報通信です。彼は議会の聴聞会に呼ばれましたが、その直ぐ後でなくなりました。
ジキタリスかなにか、心臓の薬を飲み過ぎて亡くなったということになっていますが、実際のところは自殺だったのではないかと言われています。


ホワイトはソ連のスパイとして何を画策したのかというと、日本とアメリカを戦わせようとしました。
日本とアメリカが戦争をすれば、漁夫の利を得て一番利益を得るのはソ連だったからです。これはOperation SNOW (雪作戦)と呼ばれました。なぜスノーかといいますと、彼の名前がホワイトだったからですが、そういう作戦が実際に行われました。
かくして日本はやむを得ず、パール判事も認める「自衛のための戦い」を始めました。



パールハーバー記念館

今日、ここに来ておられる方で、パールハーバーに行かれたことのある方はいらっしゃいますか。
戦艦アリゾナの上に記念館ができていて有名ですね。私がハワイへ行ったのは五十数年も前の事ですが(笑)、当時ハワイのオアフ島から遊覧船が出ていました。


私は物好きでしたから、その遊覧船に乗ったのですが、乗った途端に、船内に英語でアナウンスが流れました。
「卑怯なりジャップは日曜日にパールハーバーを攻撃し…」と。そのアナウンスを聞いていましたら、いかつい体の、腕に錨のマークのタトゥーを入れた恐そうなおじさんが私の方へやってきまして、”Are you a Japanese?”と訊いてきました。
そういう時には本当は、自分はチャイニーズだの、インドネシアンだのと適当に答えておけばいいのでしょうけれども、私も若かったものですから、つい”Yes, I am!”と言ってしまいました(笑)。
そうしたら、彼はウインクして”When will it come next?(今度はいつだ(いつ攻撃してくるんだ))と訊くものですから”Maybe tomorrow!”と答えました。
すると「お前はユーモアがあるな。船を降りたら、ちょっと付き合え」と言って、ビールを奢ってくれました(笑)。
パールハーバーと言えば、私にはそんな思い出もあります。


そういうわけで、アメリカは日本の暗号を解読していましたので、攻撃してくることも事前に知っていたわけです。
では、一体どうやって日本の暗号を取ったのかといいますと、ワシントンにある日本大使館に忍び込んで、暗号表を盗み取ったと言われています。
その際には銀行強盗の一味であった、鍵をこじ開ける「名人」を刑務所から借り出してきたという噂もあるようです。
ただ別にこういうことは、アメリカに限ったことはではなく、日本からも逆に同じようなことをしているのです。
神戸のアメリカ領事館には、日本の憲兵隊が侵入したと言われていますし、その時に日本側が撮影したアメリカの暗号書の写真が残っています。お互い様と言うことでしょうね。



海軍甲事件

 暗号を取られた結果として、大きな悲劇が起こったのが、たとえば山本五十六連合艦隊司令長官です。
前戦視察のスケジュールを全て読まれ、その結果アメリカ軍戦闘機の待ち伏せ攻撃を受け戦死したのです。


何時にどこへ到着して、何時に出発する、といった山本大将のスケジュールを解読した当時の資料が、アメリカの公文書館にはいまだに残っております。
興味深いのは、大将が時間厳守をモットーにしていたことが、アメリカ側に知られていたことです。この生真面目な性格が災いして非業の死を遂げられたのです。
ちなみに、ドイツのヒトラー総統には40数回も暗殺計画が企てられましたが、すべて未遂に終わっています。
なぜかといえば、彼の回想録を読むと「私は不規則な生活をしている」とあります。これが、暗殺を防ぐ一番よい方法だと豪語しておりました(笑)。山本五十六大将の場合は、几帳面な性格が命取りになったのです。
彼の死は戦争の前途に暗い影を落として、大きな衝撃をもたらしますから、「海軍甲事件」という秘匿名(codename)が与えられました。



コンピュータの発明は暗号解読が契機

相手の暗号を解読すれば、自分の立場が有利になります。ですから、お互いがあの手この手で何とかして暗号を取ろうと画策するわけです。戦争では、双方が暗号解読にしのぎを削ることになります。


ドイツには、有名な「エニグマ」(Enigma)という暗号がありました。
これに関してはドイツには絶対の自信があって、難攻不落だ、解読されるわけがないと思っていたのですが、実はこれも、イギリスの政府暗号学校(GC & CS)の努力で解読されてしまいました。「学校」と称していますが、それは世を欺くための手段で、実際は暗号解読の本拠でした。


では、どうやって解読できたかといいますと、そこの暗号学校で現在のコンピュータの元祖が開発されたのです。
発明したのは、アラン・チューリングという変わり者の天才的数学者でした。彼はまたチェスの名手でもありました。
まあコンピュータといっても、今のように小さく軽いものではなく、真空管を使ったバカでかい装置でしたが、そのコンピュータでもって暗号を処理して、エニグマ解読に成功したのです。
ですからコンピュータというのは、第二次世界大戦時に暗号解読をするために発明されたもので、つまりコンピュータとは元は戦争の道具だったのです。
イギリスでは、戦争に関する秘密は100年間厳守ということになっていますので、コンピュータは表向きには別の人が発明したことになっていますが、本当の発明者は別にいたということになります。


ところで、暗号を解読する際には、元の平文が分かっておれば比較的仕事が楽なのです。
たとえばアメリカは、日本の暗号を調べるうちに、真ん中と最後にいつも決まったものが出てくることに着目しました。
真ん中にあるのは「続く」、最後にあるのは「終わり」ですから、それらが手がかりの一つになりました。


また、イギリスがドイツのエニグマを調べていく中で「4月20日」という手がかりが出てきました。
4月20日は何の日かと言いますと、それはヒトラーの誕生日だったのです。ヒトラーの誕生日ともなれば、あちこちにいる軍司令官や重要な人物から、ベルリンのヒトラーに対して誕生祝の電報が届きます。
その祝電もまた暗号になっているのですが、誕生日のお祝いの平文というのはすぐに分かります。「総統閣下の第○回目の誕生日を祝して、心からお祝い申し上げます」みたいな文であるのに決まっていますから、それと暗号を見比べていくことで、イギリスは暗号解読のきっかけをつかんでいったのでした。



AFの正体

ところで、日本海軍が使っていた暗号の中にAFという記号がありました。
これが何を意味しているのか、最初はアメリカには分かりませんでした。パールハーバーの次に日本が攻撃を仕掛ける場所はAFであるらしい、それはもしかしたらミッドウェー諸島かもしれない、ところまでは分かっていたのですが、最終的な確信がもてなかったのです。
そこでアメリカが何をやったかと言いますと、ミッドウェーからハワイに向けて、無電を打ったのです。


そもそもその時点、その状況で、アメリカが無電を打つ必要は全くありませんでした。ミッドウェーとハワイとは海底電線、つまり有線で結ばれていたからです。それをわざわざ無線を使って、平文で連絡をしたのです。
そのときの無電がどういう内容だったかと言いますと「海水蒸留装置が壊れてしまって、水が不足している」と打電したのです。
これを、当時ウェーキ島を占領していた日本軍の無線班が拾いまして、それについて日本に向けて何と打電したかといいますと「AFは水不足だ」と。そうすると、アメリカにしたら「ああ、なるほど。やはりAFとはミッドウェーのことだったのだ」と。つまり日本は、アメリカの策略にひっかけられたのですね。


そしてご存知のように、ミッドウェーでは暗号解読に基づいたアメリカ軍の待ち伏せ攻撃を受けて、日本は正規空母4隻が撃沈され、パールハーバー以来のベテラン搭乗員多数を失いました。これが太平洋戦争の大きな曲がり角になったのです。
暗号には一国の運命や戦争の行方を決める可能性が秘められていることが分かります。



通信解析とは

アメリカは日本暗号の解読に成功して戦勢を有利に導いていきましたが、日本はアメリカの暗号が解読できませんでした。
その欠陥を補うために「通信解析」を行うことで、アメリカの意図を探ろうとしました。通信解析とはどういうものかといいますと、通信量を分析して内容を予測するものです。


たとえば、AとBという二人のテロリストがいたとしましょう。二人がやりとりしている暗号がCという人には解けないので、それならば、どういう頻度や長さで通信をしているかというところをCは見るのです。


最初にAが長い通信を打って、Bが短い通信で返答したとします。
その次のAの通信はちょっと長くて、Bもまた長い。AとBが何回か比較的長いやり取りをしていって、最後に、AもBも短い通信を打つ、というやり取りだったとしましょう。
暗号の内容は分からないのですが、通信時間の長さを調べてこういうことではないか、と予測を立てていくのです。

最初のやり取りは、Aが「こういう作戦を計画したので、聞いて分かったら答えろ」と提案して、Bが「わかった」と短く答えているのかな、と考えます。
次にAは作戦について少し長く説明し、Bの方からはその計画についていろいろと質問をしていきます。最後になって、Aが「明日やるぞ」B「わかった」と。そういう見当がつけば、事態が切迫していることが分かりますから、二人を逮捕する手配をするわけです。
戦争中の日本軍は、この通信解析を使ってある程度の成果を上げています。なお解析を中心になってやっていたのは、大学を繰り上げ卒業して軍務に服した学徒兵でした。



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次回は、いよいよ最終回の(3)です。
舞台は、私達の生きる現代へと移ります。

護国ミニ講演会「はなうたの寺子屋」:吉田一彦先生講演録「暗号と情報の世界」(3)

(2)の続きです。
そして、吉田先生の講演録の完結編でもあります。

話は近代から現代へ!

時代と共に戦争のスタイルも変化しています。
最終章となるこの回では、これからを生きる私達が
どんなことを知り、何に注意すべきかについて
身近な例を織り交ぜつつ、提案してくださっています。



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情報収集とその分析

暗号を直接解読する以外にも、情報を分析して予測を立てることもあります。
戦時中の日本の将校の中には、なかなか有能な人がいました。彼は第三国を通じて、アメリカの新聞を取っていたのですが、彼が新聞のどこを見ていたかと言いますと、株式欄でした。
化学会社と薬品会社、それに保険会社の株価を見ていて、それらが急に値上がりしたとしたら、近いうちに上陸作戦があるだろうと踏んでいたのです。「問題は着眼点にあり」というわけです。


また、時は1941年6月のことですが、ドイツ軍占領下のワルシャワで情報収集に当たっていた日本の情報関係者がそこで目にしたのは、大量の竹かごとソ連の道路標識が作られていることでした。
竹かごは戦死者を収容するためのものであり、道路標識はその地域を占領するということに他なりません。従って彼はこの二つの事実から、独ソ開戦が近いことを察知したのです。
情報関係者には、このような観察力が必要なことは言うまでもありません。


さらに、現在の北朝鮮の最高指導者は金正恩氏ですが、彼の父親である金正日氏は飛行機旅行が嫌いなので有名でした。
それで外国に旅行をする時でも専用列車で行くのですが、中国やロシアに行く時には、排泄物を全て持ち帰っていました。
それを調べられるとどのような薬を服用しているかが分かってしまいますし、薬の種類が分かれば病名も明らかになってしまいます。
一国の指導者の健康状態は国家の最重要項目ですから、それらの秘密保持には細心の注意が必要というわけです。


ついでにアメリカについても触れましょう。
最近、オバマ大統領の人気に陰りが出てきたのが顕著であります。特にペンタゴンは、大統領に対して不満を募らせています。国防長官が次々に辞任しているのが、その証拠ですね。後任者を見つけるのも大変だと思われます。
なぜかといいますと、大統領は「イラクからは○年○月に撤退する」「アフガニスタンからは○年○月に撤退する」と発表しているからです。
そうなると反米勢力の方としては、その時までは大人しくして、勢力を温存すればよいのです。そしてアメリカ軍が撤退すれば、その時がわが世の春となるわけです(笑)。国防省にしみてれば、軍事音痴の大統領にはつきあいきれないと言ったところでしょうか。


ところで最近のアフガニスタンは、比較的静かです。アメリカ軍が大規模な攻撃を受けたという情報もありません。
それはアメリカが、アフガニスタンで貴重な情報源を手に入れたからだと言われています。あまり柄のいい話題ではないのですが、ワシントンポストという新聞にあった話しを少しご紹介いたしましょう。


アフガニスタンというのは部族社会ですから、族長がおりますね。
情報は族長のところに集まってくるものですから、CIAは族長のところに出向きまして「情報を回してもらえないか」と、お土産を持参してお願いするわけです。そのお土産が何かと言いますと、実は、バイアグラだったというわけです。
アフガニスタンはイスラム教でして、奥さんは4人まで持つことが可能です。族長にも、たいてい4人の奥さんがいます。族長は4人の奥さんを「公平に」愛さなくてはいけないのです。そういうことですから、CIAのお土産が大変功を奏したのです。
最近では、族長の方からCIAに連絡があって「いい情報が入ったから来い、教えてやる。ただし、あの土産を忘れるな」と言ってくるそうです(笑)。
そういった経緯もありまして、アフガニスタン情勢は最近大変安定しているということです。



パスワードの選び方

暗号の話に戻りますが、私達が普段からよく使っているパスワードも、暗号の一種です。
皆さんは、どんなパスワードをお使いでしょうか。パスワードというのは、覚えやすいものでなければ忘れてしまいますが、しかし覚えやすいものは盗まれやすいという問題を抱えています。
それでは、今の世の中で一番多く使われているパスワードは何か、ご存知でしょうか。それはなんとpasswordなのです(笑)。passwordをパスワードにしている横着者が多いというわけです。
それから012345や007007なんていうのも多いそうです。しかしこんなパスワードでは、すぐに盗まれるのは当然ですね。
だからといって、たとえばAh83:B8soKv!Lo9みたいなものにすれば盗まれにくいのですが、とてもじゃないけれど覚えられません。しかし一旦パスワードを取られると、大きな危険を招くことがあります。


パスワードの脅威ということで私が思い出しますのは、以前、ハーバード大学にあるクラッカーが忍び込みまして、彼は1日も大学に行っていないのに、卒業生名簿の中に自分の名前を入れたという話です。
しかも彼は、自分が優秀な成績で卒業したというニセ情報を書き込んだそうです。
かくして彼はその「捏造した優秀な成績」で大企業に就職したのですが、やはり、悪いことはできないものです。その会社には彼が設定したのと同じ年度にハーバードを卒業した人がいたのです。
それでいろいろ話をしていると、どうも彼はおかしい、ということで、最後には「偽学生」であったことがばれてしまいました。まあ、悪いことはできないといった話ですね。


ちなみに、クラッカーが一番お好みの職業は清掃員だと言われています。
清掃員募集の広告を出すと、なぜか若いイケメンがどっとその求人に押し寄せてくる、ということがあるようですが、その理由はやはり情報取得にあるようです。
つまりその会社から社員が帰った後に、清掃員に扮したハッカーがコンピュータのところに行きますと、パスワードを書いた紙が貼ってあったりしますので、誰にも怪しまれずにそのパスワードをメモして帰るわけです。


また、トロイの木馬などを仕掛けることもあるようです。
トロイの木馬にもいろいろありますが、たとえば、その会社のコンピュータが午前2時になると立ち上がって、そこに入っているファイルをすべて某所に転送して、午前4時になるとシャットダウンできるようにする、ということも可能です。


クラッカーついでに申し上げますと、有名な人物にミートニックという人がいました。
彼はFBIにつかまって連邦刑務所に放り込まれたのですが、囚人たちが彼にハッキングの講習会をやってほしいと言い出し始めたのです。そういうことをされてしまうと、刑務所としては大変困るわけでして(笑)、仮釈放で刑務所から出てきました。
その後、あろうことかFBIがビートニックをバックアップして、セキュリティの会社を立ち上げました(笑)。早い話が、泥棒が警官になったようなものですね。しかしこの会社は大変繁盛しているそうです。


いろいろと物騒な話をしてきましたが、それでは、盗まれにくくて覚えやすいパスワードはあるのか、それは一体どういうものかといいますと、単語ではなく文でパスワードを作ることです。
たとえば、There is no place like home. (我が家ほど素晴らしいところはない)という文であれば、アメリカ人は誰でも知っています。こういった「文」をパスワードにしてしまうのです。
さらに安全性を強化するためには、文中のそれぞれの単語の最初の2文字だけを大文字にしてもよいでしょうね。THere IS NO PLace LIke HOme.といった具合です。文末にクエスチョンマークを入れておくと、安全性はさらに強化できます。
ワードではなくセンテンスで作っておくと、盗まれにくくなるのです。



「小間使い」とは何者

以上のような話はすべて、intelligenceに属する情報です。こういった話はまだまだあります。
現在、中国共産党のトップにいるのは習近平さんですが、その前は胡錦濤、その前は江沢民でした。

事の発端は2000年7月5日にさかのぼりますが、この日中国の解放軍が経営する航空会社が発注した江沢民国家主席の専用機が、ワシントン州にあるボーイング社の飛行場から、テキサス州サンアントニオ国際空港に向けて飛び立ちました。
このボーイング767型機のお値段は1億2000万ドルでした。さらにサンアントニオでは中東の首長も顔負けの豪華な内装が施され、国家主席のための振動式ベッドを含む内装費用は1500万ドルに達しました。


8月10日には内装も終わり、専用機は北京の軍用飛行場に到着しましたが、そこから程なくして中国の公安当局は「専用機の機内に27個の高性能盗聴器が仕掛けられてあった」と発表したのです。
内装時には、25人の中国側情報員が厳重に監視していたのですが、それをかいくぐってCIAと国家安全保障局(NSA)が密かに盗聴器を設置したのです。
問題は「なぜこんなに早く、盗聴器の正確な設置数がばれたのか」ということです。
内通者の存在を窺わせる状況であるのは確かでした。その結果、広範囲なスパイ捜しが行われたわけでした。中国側は、功を焦ったばかりに早過ぎる発表をしてしまったのです。


FBIによる調査の結果、FBIにとってははなはだ不都合な事態が明るみに出ました。
事件の主役はアメリカ在住の女性実業家で、カトリーナ・レオンという中国系アメリカ人でした。中国名は陳文英ですが、他にもいくつかの変名を使っていました。
彼女は中国関連の情報源としてFBIの評価が高く、報酬として170万ドルを受け取っていました。FBIが彼女に与えた秘匿名が「小間使い」だったというわけですが、実は彼女は同時に中国の国家保安部のためにも働く「二重スパイ」だったのです。



スパイになる動機とは

人間がスパイになる動機は、MICEという言葉で表すことができます。これは4つの単語の頭文字を集めたものです。
最初のM、これはmoneyです。お金がスパイになる動機となる、ということですね。
Iはideology、これはたとえば、ソ連という社会主義国に憧れてスパイになる若者がいた、というようなことです。
Cはcompromise、名誉や信用などが危険にさらされることです。スキャンダルとか、自分のキャリアが危機に瀕するので、やむなくスパイになるということですね。
そして最後のEはegoです。たとえば、CIAの中では自分は低い身分だけれど、世界をひっくり返すような情報を手に入れて敵国に売ってやろうか、そうすれば俺は一躍世界的に有名になるぞ、というように、自分のエゴを満足させるのが動機です。
4つの中でも一番多い動機はもちろんmoneyですね。



ハニートラップはお色気作戦

スパイの常套手段で有名なものに「ハニートラップ」(honey trap)があります。要するにお色気作戦です。
かつて、上海の日本領事館で暗号係をやっていた日本人男性が現地の女性に誘惑されましたが、その女性がまさに諜報員だったということがありました。


彼は上海の虹橋地区にある「カグヤ姫」というカラオケ店の常連だったのですが、上海のカラオケ店というのは、これはもうはっきり言えば売春宿でして、そこにいる気に入った女性を連れ出してもよいことになっています。
そこで深みにはまってしまって、相手に「暗号書類を持ってこい」と脅されたのですが、板挟みになってしまった彼は最後に自殺してしまいました。
遺書には「卑怯なヤツらです。ここは本当に怖い国です」とあったそうです。
この事件は皆さんも、新聞などでご覧になったかと思います。私はあの事件を知って、「日本には、ハニートラップなどのスパイにひっかかってしまった場合の対策ができていないのではないかと」と思ったものです。


外国の場合では、ハニートラップなどに引っかかった場合、どうなると思いますか。
外国では、引っかかったことを上司に報告すれば、お咎めなしになるのです。
ただし、ここから先が大事なのですが「次からその女に会う時には、俺が渡す情報を渡せ」という上司の命令が下るのです。つまり、ニセ情報を渡して相手をかく乱するわけですね。やられたらやり返す、というのがこの世界です。
とはいっても、渡す情報がすべてニセであった場合には、相手にすぐばれてしまいますし信用されません。ですから、ある程度どうでもいいようなレベルの真実に、ニセ情報をうまく混在させなくてはいけません。
そういうバランスの取れた絶妙な偽情報をつくるための部局が、外国にはちゃんとあるのです。


最近では、某国の外交官が中国で、やはりハニートラップに引っかかりました。
いいですか。外国のホテルというのは、情報機関と密接な関係にありますから、油断はできません。なぜならホテルと通じていなければ、写真も撮れませんし盗聴もできないからです。ゴミ箱に捨てられた紙くずですら、全て情報機関に提供されていると思った方がよいでしょう。


さて、ハニートラップにかかった当の本人は、女性と親密な厚誼を交わしている写真を撮られまして、その写真をネタに脅されそうになりました。
そこで彼は何と言ったかといいますと「あんたは、なかなかいい写真を撮るね。自分もこうやって見てみると、なかなかの肉体美だ」と返したのです。それで、「この写真を記念にしたいので、俺にも何枚かくれないか。そして、うちの女房にも何枚か送ってやってほしい。遠い外国で、亭主がこれだけ頑張っているんだという姿を見せてやりたい」と言ったそうです(笑)。
これで中国側の目論見は完全に外れましたが、世界にはこのような猛者もいるのですね。
ホテルで盗聴された際に「何ということをするのだ。友好国なのに」と外国政府に文句を言った日本の総理大臣もいたそうですが、そういう楽天的な考え方は通用せず、騙される方が悪いというのがこの世界の常識です。



恐るべきサイバー戦争

そして最後になりますが、一番大事なことを申し上げます。
今、中国が一生懸命やっているのは、サイバー戦争に備える動きです。今はまだ、日本の官庁のホームページにいたずらをするとか、嫌がらせをしているハラスメントの段階ですが、これが、本気で牙をむく段階に入った時は大変なことになります。


航空管制塔にサイバー攻撃が入れば、飛行機が飛べなくなります。
新幹線の運転指揮系統に入れば、場合によっては新幹線が衝突することになります。
ダムに入られれば、思いがけない時に洪水が起こります。送電の中枢に侵入されれば、国民生活は完全に麻痺します。
人命に危機が及び、金融機関にはパニックが発生します。
主要都市の飲料水を汚染することも可能です。そういう形で彼らは戦争を仕掛けてくるのです。


多くの人は「戦争」といいますと、一つ前の戦争のことを考えるでしょう。
しかし、これからの時代には、第二次大戦のような戦争はありません。むしろサイバー戦争の方が、起きる確率が高いですし、そちらの方がさらに怖いわけです。
この戦争は陸・海・空・宇宙に比肩する第五の戦場と称されているのです。


その脅威を切実に感じているアメリカはいろいろな対策を講じています。また中国には、サイバーテロのための要員が40万人もいるそうです。
こういったことは恐るべき事実でありますし、日本はこれらの脅威を認識し、有効な対策を講じる必要があると考えるのです。


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吉田先生のお話は、いかがでしたでしょうか(^O^)ノ

もしも私達が学校時代に、
こういった知識をスムーズに学ぶことができていれば
進学・職業の選択や、祖国への思いや外国に対する見方は、
今とは随分違っていただろうなあと思います。

とはいえ、今からでも遅くはないので
先生が全身全霊で語ってくださったこういったお話を
新たな視点として取り入れ、吸収しつつ
次の世代に必要なことを
自信を持って教えていける大人でありたいなあ…
と私は考えています^^

皆様は、どんなことをお感じになりましたか。
短いご感想でも大歓迎ですので、
コメントをお寄せいただけましたら大変嬉しいです。


次回は、吉田先生が昨年末に北海道新聞(!)で発表なさった、
少年時代(戦中)の出来事をつづったエッセイをご紹介いたします。

吉田先生がなぜ、英語や情報学を専攻なさったのか。
また、笑いやユーモアを大切にしながらも
大事なことを注視してこられた動機の「原点」が伝わってくる
とても素敵なエッセイでした。

私は非常に感銘を受けましたので、
先生のご許可をいただき、
次回の記事で転載させていただきます^^
どうぞお楽しみに♪



2015年01月12日

田下先生の講演会の感想&護国仲間の「教育ブログ」

本日は、田下先生の講演会についての
皆様のご感想をご紹介します。

先生のお話を聞いたり読んだりするだけではなく、
皆がそれぞれの感想を表に出し合い、
各自の考えをさらに広めたり、深めたりすることを
「はなうたの寺子屋」のやり方にしたいのです^^

ですので、皆様からいただいたご感想は
積極的に取り上げていこうと思います!

(なお、ご感想の掲載にあたっては
ご本人のご許可をいただいています^^)

では…まずは、講演会に参加してくださった
女性の方のご感想からご紹介します。


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私は60年間、左を向いて生きてきました。
民主党政権になって不信を持つようになり
今は新しいことを学んでいます。

現在は、学童保育の指導員をしています。
60代ですので、小学校1年〜6年までの子供達にとっては
祖母的な立ち位置を保つようにしています。
つまり、世代的には自分の孫に関わっている状態ですが
今日の田下先生のお話の世代間伝達は
その通りだと感じました。

子供は親を見て育ちます。子供達の親を見ると、
その子の親と同じことをしたり話すものだと
驚くことばかりです。

余談ですが、私は最近、学童保育で
日本神話の話を子供達にしています。
はじめは興味がなさそうにして周りで遊んでいた子達も、
だんだんそばに寄ってきて、静かに話を聞いてくれます。

「国生み」の話をしたときに、
イザナギとイザナミが
アマノヌボコで
コオロコオロと海をかきまぜました、と話すと

「コオロコオロ?」と、初めて聞く音の響きに
子供達はびっくりして口ぐちに繰り返していました。
子供達の中にある日本人としてのDNAに、
日本神話の言葉の力が響いているように感じました。

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日本の子供の教育に関わっている方に
田下先生のお話を直接聞いていただき、
さらには、示唆に富んだご感想をいただけたことが
大変ありがたかったです(人)

私は、田下先生の教育論は正しいと感じています。
そして、正しいものが持つ説得力や面白さ、美しさ、強さは
今まではひた隠しにされてきましたが、
これからは徐々に広まっていって
日本、ひいては世界の主流になっていくと考えています。

正しいものが広まり、深まるまでの間は「端境期」となり、
その端境期となるこれからしばらくの期間は
先に気づいた有志の人達でカバーするしかないと思います。

ですから今回、この方が
田下先生のお話に触れてくださったことは、
正しいものを支え、広めるための
貴重な一歩になったと考えています。
こういう一歩を重ねていくことがすごく大事だ!
と私は思っています\(^o^)/


次は、同じく講演会に参加してくださった
お若い女性の方からのご感想です^^


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どのお話も初めて聞くような話ばかりで
大変勉強になりました。

へその緒は6分間は切っちゃ駄目とか、
生後30分以内には母乳を与え、
1時間以内には顔を見るなど、
そういうことのできる病院を選べたらいいと思いました。
抱っこ癖もつけたらいけないと聞いたことがありましたが、
真逆で驚きました。

戦後、子育ての分野でも
日本の良いものが失われていた(壊されていた)ことが
怖いと思いました。
今後、赤ちゃんを産むかもしれないので、
産む前に田下先生のお話が聞けて良かったです。
本もぜひ購入したいです。

また、講演会はとても面白かったです。
参加できて良かったです。
後半、先生方の対談ではなく
座談会という形になっていましたが、これも良かったです。
終了予定時刻を大幅に過ぎたけれど、
もっと話を聞いていたかったです。
私には身近に愛国仲間がいないので、
座談会での皆さんで語り合う場がとても良かったです。

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私は、若い男性や女性にもぜひ
田下先生のお話を読んでいただきたいです。そして

「子育てってすごい。
責任重大だけど、面白そうだ。
自分で子供を生み育てるのが楽しみだなあ」

と思っていただきたいのです*^^*
「楽しみ」とか「自分で頑張りたい」と感じる力が
日本と日本人の未来をよりよくしていくと思います。

上の方にも、元気な子をぜひ生み育ていただいて
日本の頼もしいお母さんになっていただきたいです!


そして最後のご感想は、
このブログの読者である女性からのご感想です。

この方とは、はなうたの護国手ぬぐいやハンカチを
お求めいただいたご縁で親しくさせていただき、
何回かメールをやり取りする間柄になりました^^
そして、この講演録の記事をお読みいただいて
メールでご感想をお寄せくださいました。

上のお二人のご感想よりも、かなり長い文章ですが
拙ブログ読者の皆様には、ぜひお読みいただきたい内容です。


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少し長くなりますが昨年12月の出来事についてと、
「はなうたの寺子屋」の感想を書かせて下さい。

衆議院選挙の結果には落胆し、打ちのめされました。
売国政党に投票する洗脳された日本人の多さに
恐怖すら感じました。

東京12区の結果を不審に思い、
私も問い合わせをしようとしましたが、主人が
消去法で田母神さんに入れても、
比例は他に入れる可能性は十分にある。
自分だって田母神なんて人知らなかった。
と言ってました。

主人は私と近い考えですが、
保守とか左翼とかそこまでの思想はありません。
そう言う人や、知らずに左翼に寄ってる人が
まだまだ多く占めているんだと思います。

では次に私がしなければならない事をしなければと考えて
天皇誕生日を子供と祝いました。

選挙終了後、世間はハッピークリスマス!
23日休みだしイブイブパーティしちゃお!です。

これが戦争に負けるって事なんだと、
初めて思い知りました。
なぜ初めてかと言うと、
私は昨年まで筋金入りの左翼フェミニストだったからです。
母親が共産党を支持していた影響が大きいです。

話はそれますが、昨年ソチオリンピックで
浅田選手のフリーに涙し、
銀メダルの演技には感動も何もなく、
何か変な感じがすると
ネットであれこれ調べていくうちに、
ワーッ!!!!と、目どころか
全身全霊のウロコが剥がれ落ちました。

天長節の話に戻ります(^_^;)

神棚に子供と作った紙の日の丸を飾り、
神社へお参りしました。
普通のケーキ(寧ろクリスマス仕様)(笑)ですが
天長節ケーキを用意し、天長節の歌をかけて、
今日は天皇陛下のお誕生日だと言う事、
クリスマスも良いけど、外国のお祭りである事
(でもサンタさんは優しいので日本にもやって来る事)
を3歳の息子に話しました。

本来ならば天長節ケーキに天長節ソング。
天長節プレゼントが当たり前に
なっているはずなんですよね。
でもそう言う事ばかりしか教えていないと
浮世離れ扱いされます。ギャグかと笑われます。
悔しいし、悲しい。
そしてその折り合いが今後非常に難しい課題です。

私も日本を護りぬくには教育だと思います。
その教育を行うのはやっぱり
母親でなければならないと思います。

日本を破壊するのは外からの勢力も当然ですが、
真の部分は内からの崩壊、日本女性の白痴化、
フェミ化、母性の崩壊だと気が付きました。

私は今育児休暇中ですが、保守に覚醒して
仕事を辞め育児を真剣にやろうと決心しましたが、
決心すれども行動出来ずに居ました。
15年働いて染み付いた拝金主義の垢は
なかなか取れないものです。

いくら天長節を祝っても、元旦に国旗掲揚しても、
子供の逃げ場になれるよう
信頼を築き上げる努力をしなければ、
何もしていないのと同じですよね。

保育園に日中預けて、帰ってきたらご飯を食べさせて、
お風呂に入れて寝かせる。
1日5時間しか子供と居ない、
しかもその時間は慌ただしく生活するだけ。
世話をして「育ててる(大きくしてる)」だけで、
それは飼育みたいだと薄々感じていました。

まあまあ育つんですね。
でも、所々抜け落ちた子になるだろうし、
立派な日本人にはならない。
ああ、やっぱりって思いました。

私は、あなたの決心は正しい。
自信持っていきなさいと
言って貰いたかったんです。
保育園には(少なくとも3歳までは)
預けてはいかんと、厳しくても言って貰いたかった。

今回の記事に救われました。
大袈裟で無く命を救われたと思います。
私の家族と、その子孫のです。


息子達が親になった時、
息子達の子供をちゃんと育てられるように育てます。

子孫のまた子孫も、
ずっとずっと先の未来の子孫まで
立派な日本人に育て続けられるように。

本当に、今回の企画に心から感謝致します。
これからも大変かと思いますが是非ブログを続けて下さい。
きっと、絶対、私みたいに気付く人がいます。

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私は、この方にこんな風に思っていただけた、
ただそれだけで、講演会を企画開催して
本当に良かった、と感じてぼろぼろと泣きました。

そして、この記事をアップしようと
思っていたまさに今日!
田下先生からたまたまお電話をいただいたので、
この方のメールについて
お話させていただきました。

「ああ。それはよかった。
その話を聞いて嬉しいです。
その人の子や子孫の命が救われたというなら、
よかったです」

「私は、子育ての支援をすることは
自分の天職だと思っているんです。
ですから、たとえどんな小さな集会であろうとも、
呼ばれることがあったらぜひ行きます」

と、田下先生はおっしゃっていました。

私は、また違うテーマで
田下先生にお話していただきたいなと思いました。
今度は、拙ブログ読者の皆さんと
一緒になって作っていく感じで企画をしたい、
そして、そこでいただいた先生のお話を
またシェアさせていただきたいなあ、
と考えています。

ちなみに私は、単なる田下先生ファンであって
これといった特別な力はありませんが、
もし、拙ブログ読者の方で
「地元に田下先生をお招きしてお話を伺いたい」
とお考えの方がいらっしゃいましたら
私のできる範囲で応援させていただきます。
どうぞご相談ください。

これからの日本にとって、大切な考えや必要なものを
少しずつ広めて、深めていって
自分達のものにしていけたらいいですね。
私達日本人には、それができると思います。
みんなで頑張りましょう\(ΘДΘ)/♪


さてさて…話は変わりますが、
私の護国仲間の一人が
教育に携わっているのですが、
彼の教育のお話が毎回、とても素晴らしいので
このたびお願いをしまして
ブログを立ち上げていただきました。

「弥栄」
http://fimuka.seesaa.net/

「日向 剣士朗」さんというHNで
拙ブログにも何回かコメントをいただいています^^

拙ブログのリンク集にも
日向さんのブログを追加しておきますので、
拙ブログ同様、ご愛読いただけましたら幸いです。

(ちなみに日向さんも、田下先生のお話を読んで
とてもよかった、と言ってくださいました^^)


以上、田下先生の講演会の感想まとめと、
おすすめの教育ブログのご案内でした!

なお「はなうたの寺子屋」でお話をしてくださった
もう一人の偉大なる先生・吉田一彦先生のお話は
次回の記事からご紹介していく予定です。

「日本は戦争に負けたのだから、
GHQの言う通りにして武器を捨てなくてはいけない」
と多くの日本人が洗脳された中で
吉田先生はそういう考えには染まらず、
戦争における情報の意義をひたすら研究なさいました。

そんな吉田先生のお話も、とても面白くためになります。
どうぞお楽しみに!!


2015年01月06日

田下先生のお話を受けて、私が感じたこと

平成27年1月11日 追記:

この記事は、今改めて読んでみても
不器用なりに祖国愛がこもっているので
我ながら好きな記事です^^

どんな国の人であっても、
自分を育んでくれた祖国への感謝と、
祖国に生まれた喜びと誇りを
持って生きていくことが
大切なのだと思います。

そして、本当の感謝と喜びと誇りを持つ人は
自分と同じように他の人を尊重できるのだとも思います。


今日は、先日ご紹介した田下昌明先生の講演について
自分自身が感じたことを書いていこうと思います。

今回の田下先生のお話の中で、
個人的に一番感銘を受けたのは

「人間の命は地球より重いのか?」

というくだりのお話でした。

「自分の命が一番大事だというなら
それは結局、動物と一緒の考え方だ」


「自分の命と引き換えにしてでも
護りたいものが
特攻隊の人達にはあった。
彼らにとってそれは、
祖国であり親であり同胞であった」



田下先生のお話を読み返すうちに、私は最近読んだ
ラモス瑠偉さんの言葉を思い出しました。

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「『日の丸』付けて、『君が代』を聞く。
最高だ。

武者震いするもの。体中にパワーがみなぎってくる。
国を代表して戦うって、スゴイことなんだよ。

ワールドカップを見てみろよ。
みんなあんなに必死になって戦うのは、
国の代表だからだろ。
国を愛し、家族を愛し、仲間を愛しているからだろ。


自分のためだって?そんなの当り前じゃない。

なぜ、もっと大きいものを背負わないの?

オレ、『日の丸』背負ってなかったら
あんなに頑張れなかったよ…」

   明成社『私たちの美しい日の丸・君が代』63頁より抜粋

*****************************

私は、国を代表するような選手ではありませんし
もちろん特攻隊でもないのですが、
それでもやっぱり

「こんな小さな自分だけど、日本を代表しているんだ」

「先人達の頑張りに倣って、
私の大好きなこの素晴らしい日本を
何としてでも次に伝えていくんだ」

という気概を常に持っていたいです。

せっかく日本人に生まれたのだから、
日本の国旗である日の丸を背負って、
日本の国歌である君が代を口ずさんで、

日本と共に生きていきたいとも思います。

そして、自分だけのために頑張るのは限界があるけれど、
「人の役に立ちたい」と思って腹を決めたら
限界を超えて、最後の最後までものすごく頑張れる。
それが「日本人らしさ」の一つだと私は考えてます。

この命ある限り、自分の中の「日本人らしさ」を
磨いていきたい、と改めて感じました。

ところで、今回の田下先生のお話を
お読みになった方の中には

「ああ、先生のお話の通りに
自分も育てられたかったなあ…(´・ω・`)」

と思った方がおられたかもしれませんが…^^

それでも、なんとかかんとかこうして無事に育ってこられて、
ここでこんな風に文章を読んだり書いたりできるだけでも
親の恩はなんと大きいのだろう!と思いませんか。
今のこの状態を叶えてもらえただけでも、私達は親の恩を
十分に受けていると言えるのではないでしょうか。

そもそも、日本人として生まれてきたことだけでも
ものすごく恵まれたことですし、
ありがたいことだなあと感謝せずにはいられませんぴかぴか(新しい)

そして、どんな育ち方をした人にとっても
田下先生の今回のお話はきっと魂に響くと思うのです。
皆さんにとって、先生のお話はいかがでしたか?

たとえば私にとっては、田下先生の子育て論は
教育勅語のようです。深い真実味があって、
科学的な裏付けと、目に見えないものへの敬意が両立していて、
大いなる説得力と感動があって…

さらに、聞いてただ面白いとか、心に響くとかいうだけでなく
先生のお話は世界中のどこでも応用が利きます。
日本が世界に誇る最高の子育て論の一つではないでしょうか。

自分がもし、この先、子供を生み育てる機会に恵まれたら
田下先生のお話をぜひ実践したいですし、
そういう機会がなかったとしても、
身の周りで子育てで困っている親御さんや
おじいさん・おばあさんがいらしたら
田下先生のお話やご本を薦めて励ましたいです。

そして、田下先生の子育て論を
これからの世の中のスタンダードにしていって、
自分が来世でまた日本人として生まれてきたときに
日本の赤ちゃんとして万全な環境で育てられたいと思います(笑)(笑)

胎教からして既にばっちり☆
3歳まではしっかり抱き癖をつけてもらって!
親や周りの方々の愛情を一身に受けて!
そして、栄えに栄えたこの日本で
輝かしい日本人としての人生を謳歌したいです\(^o^)/

こいつ…!自分の来世のために、
今から保険をかけてやがる…!!


と思われてもいい(笑)

よいものを広めたり分け合ったりしていけるのも
日本人のいいところですよねー( *´艸`)


さて、次回は、田下先生のお話シリーズの総集編。
田下先生のお話に対する、皆さんのご感想を
まとめてご紹介いたします(ΘДΘ)ノ♪


2015年01月02日

護国ミニ講演会「はなうたの寺子屋」:田下昌明先生講演録「子育ては母育て」(1)

平成27年1月11日 追記:

田下昌明先生のお話は、
今までもこれからも堂々とオススメできる、
素晴らしいお話だと私は考えています。

日本を愛する方にぜひ
先生のお話をお読みいただき、
それぞれのお立場で参考にしていただければ…
と思います^^どうぞよろしくお願いいたします。


※最初の掲載時から、構成を変えて

 読みやすくしました。

 先生のお話を、2部構成から
 3部構成へと 変更しました。

 また、ブログをスクロールしていけば
 お話の順に読めるように編集し直しました。

2015年お年玉企画、第2弾です^^

今回から数回に分けて、
昨年11月開催の護国ミニ講演会
「はなうたの寺子屋」での講演内容を
ご紹介していきます。

田下昌明先生と吉田一彦先生の
ご講演内容を文字起こししまして、
両先生に公開のご了承と
ご校正をいただいたものをアップしていきます。

(なお、講演後半の座談会の部分は、
都合により文字起こしをカットいたしました)

今回のお年玉企画に関しましては、
田下先生と吉田先生のご厚意なくしては
とても実現しえなかったものです(人)
両先生に心より感謝申し上げます。

まずは、田下先生のお話からご紹介します。

田下先生.jpg

「子育て〜教育」というテーマで
講演していただいたのですが、
今読み返しても非常に中身が濃く、
ヒリヒリするような強烈な真実味や
先生ご自身の「慈父」としての温もりが伝わる、
とても印象深いお話だったと改めて感じます。

田下先生のお話につきましては
お子様やお孫さんがいらっしゃる方はもちろん
お子様のおられない方にも、
ご自身の来し方を振り返ったり、
ご自身を磨くためにも

ぜひお読みいただきたい内容であります。
どうぞ宜しくお願いいたします。


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2014.11.16
田下昌明先生 講演録
「子育ては母育て」   


時間が少ないので最初から問題点をあげてみます。
まず、男女共同参画基本法に代表されるような、「男と女は一緒のことをしなさい」という風潮ですが、この主張にそもそもの間違いがあります。


私がいつも言っていることですが、「ライトはレフトフライを捕れない。ライトがレフトフライを捕ったら、野球は成り立たない」、こういうことでありまして、男が子を産めればいいのですけれど、男は子を産めないのでありますから、男女の分業を壊してはいけない。
単純に言えば、ただそれだけのことなのです。


その男女の分業というのが混同されてきまして…まあ、いろいろな理由から混同されてきたのですが、その結果、何が起こったかというと「母性の劣化」であります。つまり「お母さんになりきれないお母さん」がこの世の中にはびこってきた、ということが大きな問題になっています。


「お母さんになりきれないお母さん」が多数派になってきますと、そういう人は、自分より上の「お母さん」が自分のそばにいてほしいとは思いませんので、自分と同じか、それより下のレベルの母親が周りにいると安心するわけです。そういうことで、立派な母親になるための努力がバカにされるようになってまいりました。
それもまた「母性の劣化」のせいですし、その状況が悪循環を呼んでさらに劣化を招く…という状況になっています。


あとで各論のところでも詳しく申し上げますが、私は医者ですので、分娩に立ち会ったりなどのいろいろな経験があるのですが、そもそも、赤ん坊が生まれた時の看護師や医師の最初の言葉がまず、悪いと思っています。


たいていの看護師や医師は、母親に対して「やあ、元気な赤ちゃんが産まれましたよ。あなたも今日からお母さんですねえ」と言うわけです。
ところが、たった今赤ん坊を産んだばかりの女性は、まだ母親にはなってないのです。その女性はまだ「母」ではなく、「今、子を産んだ女性」でしかないのです。
それなのに、そこで「あなたも今日からお母さん」なんて言われてしまうと、なんだかもう自分がすっかりお母さんになった気がするのですが、本当はそうではないのです。


「自分は今、単に子を産んだというだけで、お母さんにはなっていないんだ」という自覚を本人に与えてやるべき存在が、実は本人の母親、つまり赤ん坊のおばあちゃんなのですが、そのおばあちゃんも既に間違った傾向を持ってしまっていますので、娘に対して正しいことを言ってやれないのです。


私はいつも、「子育ては孫までだ」と言っています。
私がこういう母子関係の話をしますと、60歳以上の年配の方々から「私はもう子育てが済んだから、自分には直接関係がない話でしたね。先生のお話を、もっと早く聞けばよかったです」なんて、お世辞半分で言っていただくこともあるのですが、関係ないということは決してないのです。

「あなたの産んだ子がさらに子を産んだら、孫ができますよね。あなたがあなたの子をどのように教育したかという結果が、孫で出てくるのです」と。
ですから孫というのは、いわば自分の子育ての通知箋(通信簿)なのです。


もしも孫がおかしかったら、それはそもそも自分の子育てがおかしかった、ということになるのです。そういうことで、孫までが「子育て」なのです。
そういう事実をほったらかしてですね、ゲートボールにばかり行っているようでは…(笑)、まあ、そういうおじいちゃんやおばあちゃんだから、そういう子が生まれて、そういう孫ができて、という悪循環が続いていくのですが。


お配りしたレジュメ(レジュメ1)の中で、一つ書き忘れたことがありました。
一番最後の部分ですが、子育てにおけるこの悪循環が、最終的にどうなっていくかというと、老人虐待に繋がっていくのです。
お母さんを尊敬していない子供が、お父さんやお母さんを大事にするわけがありません。
お父さんやお母さんが元気なうちはいいのですが、お父さんやお母さんが年を取って動けなくなった時に、虐待が始まります。

老人虐待というのは、親が自分の子供を育てていた時に、天に向かって唾したことの結果なのです。ですから、レジュメの最後のところに「重大な問題:老人虐待へと繋がっていく」と書き加えておいてください。


さて、私が今日申し上げることの中で、一番の中心にしたいのは「子育てにおいては、子供だけでなく母親も一緒に育っていくのだ」ということです。
母親が子供と一緒に育っていくということ、母子関係の成立の過程につきましては、コンラート・ローレンツという動物行動学者がおります。
この人はノーベル賞を受賞しているのですが、知らない方もおられると思います。私達にとって一番身近な著作は『ソロモンの指輪』という本でして、これは実は、聖書に次ぐ世界のベストセラーなんですね。


そのベストセラーを書いたローレンツの仮説では――私は、これは間違いなく真理だと思います――「刷り込み」についての論文があります。
これは1935年にローレンツが出した論文ですが、この論文を基礎として、心理学者のジョン・ボウルビィという人が、人間の母子関係の発達の中にそれを取り入れて仕上げたのが「愛着理論」であります。
これは『母子関係の理論』という三部作から成る大作でして、最後の三冊目ができ上がったのは確か1980年だったと思います。非常に新しい理論ですけれども、私は、これも真理だと思っております。
この理論の根っこになっているのは「お母さんと子供は離れちゃいけない」という、それだけの話です。
お母さんと子供は、少なくとも3歳までは、お母さんがトイレに行く時でもくっついていた方がいい
という、そういう理論です。


ただ、この理論ですが、実は、女性の労働力を期待して女性を働かせようとしている人達や、子供が親を敬ったり、親孝行しようという気持ちになってもらっては困るという共産主義の連中の利害が一致したことから、せっかく論文があるにも拘わらず、それらは日本中の大学の文学部の書庫に入ってしまっていて、あまり世に出てきていません。


大学というところは、ほとんど赤いところが多くてですね(笑)、本来であればこの母子関係の理論は、医学部でも看護学部でも、必修で教えなければならない科目なんですけれども、それが教えられていないというのが現状です。


こういった状況になかば付け込むようにして、昭和40年代に日本でも世に出回り有名になったのが『スポック博士の育児書』という本でした。
この本では、「子供は6カ月になったら親から離れたがるのだ」というばかげた考えを提唱していましたが、しかし、この考え方がまかりとおってしまって、日本は汚染されてしまいました。
そういうばかな理論の話ではなく、本当の母子関係というのはどういう形で成立していくのかという話を、今日はさせていただきたいと思います。


子供を育てるにあたっては、どこの家にも「子育ての方針」というものがあります。
それが立派か立派でないか、ということは分かりませんが、とにかくそこの家なりの方針というものがあるはずです。
ただ、子育ての方針が全くないという家も中にはあります。そういう家は「子供には、食べ物さえ与えておけば自然に育つ」という考え方なのでしょう。


日本が戦後アメリカに占領された時期に来日したアメリカ教育使節団の方針の中で「黙っていても子供は育つのであるから、子供から何かを引き出そうとしたり、教え込んだりしてはいけない」と主張されており、それを素直に思い込んでしまった親達が子供達に食べ物だけを与えてしまいました。そうなりますと、育っていくのは人間ではなく動物ですね。動物は、食べ物さえあれば育ちますから。


「子育ての方針」に話を戻しますと、子育ての方針は、それぞれの家でどう決めたとからといって、別に問題にはなりません。また「うちの子育ての方針はこうです」とわざわざ紙に書いている人も、まずいないと思いますが…
おおざっぱにいえば、そこの家の子育ての方針というのは、次の3つの問いの答えとして出てくるものだと私は考えています。


まず一番目は「子供は誰のものか」。次が「何のために子供を育てるのか」。三番目は「どんな大人になってほしいのか」。この3つに対する答えが、そこの家の子育ての方針となります。
これは、そこの家の事情もありますから、答えが多少違っていてもいいのですが。とはいえ、全体の60%ぐらいは日本人として共通した答えを出してもらわないと、困るのですね。
しかし実際はこの答えが今、非常にバラバラになっていまして、それが大きな問題となっています。


参考までに、この3つの問いに対する私の答えを申し上げます。
私は「子供は誰のものか=日本人の社会のもの」だと思っています。それから「何のために子育てをするのか=日本の将来を担う、日本の文化をしっかりと伝承する日本人にするために」です。三番目の「どんな大人になってほしいのか=国を愛する日本国民になってほしい」ということです。


ただ、「日本人」と「日本国民」というのは、同義語ではないのです。
といいますのは、日本国民だけれども日本人ではないという、とんでもない人もいますし、逆に日本国民ではないのだけれど、日本人より日本人だという人もいるからです。
この「日本人」と「日本国民」というのは、区別して考えなければいけません。


たとえば小泉内閣で、北朝鮮に拉致された人達が帰ってきた時に、「まだ北朝鮮に残されている人達のことはどうするのですか」と、帰ってきた人の親から聞かれた当時の官房長官が、「あんたの子供が帰ってきたんだから、別にいいじゃないか。他の人のことなんて、どうでもいいでしょう」と言ったそうですが、その言葉を聞いて私は、この官房長官は、日本国民だけれど日本人ではないと思いました。


まあ、そういうところで日本人と日本国民を見分けてほしいと思うのですが、そのように考えていきますと、国会議員の中にも「日本人とはいえない」国会議員が山のようにいることが分かると思います。
こういう問題の根っこにあるものは何かといいますと、やはり究極的には母子関係なのです。


ここからは、母子関係の具体的な話に入ります。レジュメ2をご覧ください。
お母さんと子供というのは、子供が12歳前後ぐらいまでの長い期間、同じバリアの中で過ごしています。
そして、レジュメ2の図2を見てください。女性は妊娠したとたんに、お母さんと子供の関係ができ上がります。
これは、私自身が父親ですからよく分かるのですが、母子の関係ができ上がった途端に、母子の世界に父親は入り込めなくなるのです。
私達父親がどうやって頑張っても入り込めない世界が、そこにはできてきます。


分娩が済みますと、お母さんと子供の体は離れますが、それによって母と子の世界から子供が出てくるのかというと、ずーっと出てこないのです。
3歳までは、お母さんにひっついたような状態です。3歳からは徐々に離れていきますが、この母子のバリアがようやく破れるのは12歳前後です。
ですから、お父さんが子供に対して直接説教をしたいと思っていても、お母さんを経由しないことには、12歳までは駄目なのです。12歳を過ぎますと、お父さんが直接言っても子供に効き目はありますが、それまでは母親経由でないと注意すらできないと、そういうことです。
これは大事な流れですから、覚えておいてください。


子供が15歳前後になると、今度は「母と子」「父と子」の関係が対等になってきます。
そして、それぐらいの年齢になると、子育ての方針がしっかりできていた家庭であればあるほど、子供は次の二点について考えるようになります。
一つは「誰のようになりたいのか」、もう一つは「何に人生を賭けるのか」。これらについて、子供は考えるようになっていきます。


繰り返しになりますが、この2点について子供が考えていくということは、前に述べた子育ての方針がしっかり定まっていて、かつ、それに沿って教育したり躾けてきた結果なのであります。


よく「自由」だの「子供の権利」だのと言いますけれど、当の子供はそんなものは求めていません。
子供が親に求めているのは「強い保護」なのです。
強い保護を求めているのに、子供の権利だの自由だのと言ってしまうということは、子供を見放して、突き放したことになります。
そこの部分が「アタッチメント」という言葉で表される愛着行動に関わる問題です。



アタッチメントの前段階に来るのが「インプリンティング(刷り込み)」という段階ですが、それぞれの段階でやるべきことをしっかりやっていないと、子供はいじめられた時に、どこに逃げ込んだらいいか分からなくて、遺書を書いて自殺してしまうようなことになるのです。


私は、現代の日本で一番かわいそうなのは、遺書を書いて自殺する子供だと思います。
今日ここに来られている皆さんは、児童相談所なんかに行かれたことはないと思いますが、たとえば、今日、相談所に入所してくる子供が、ちょうど今来たとしますね。
その子の額に、たった今できたばかりの傷がついていた場合、職員が見れば、その傷は誰にやられたものかがすぐ分かるのです。親がやったのに決まっているわけですが、子供に「その傷はどうしたの」と訊くと、「転んだ」とか「ぶつかった」とか答えるのです。絶対に「親にやられた」とは言いません。


同様に、自殺した子供が書いたどの遺書にも――実際には、その子達は家庭でのアタッチメントがしっかりできていなくて、逃げ込むところや行き場所がなかったので自殺したのですが――「お父さん、お母さん。あなたがたが僕の逃げ込むところを作ってくれなかったからこうなったんです」とは、遺書には絶対に書いていません。
「お父さん、お母さん、ありがとう。すみません。ごめんなさい」、これだけです。子供というのはそういうものなんです。


子供達が逃げ込むところを失って、自殺に追い込まれるというのは本当にかわいそうです。
もちろん、いじめたやつがいいとかいう話では絶対にないのですよ、そこのところは間違えないようにしていただきたいのですが。そのあたりの「保護」ができているかどうかということも、結局は母子関係の中身にかかっているのです。
そして先ほど申し上げた二つの人生指標の中の「何に人生を賭けるのか」という部分ですが、それについて解釈をするといいますか、もう少し因数分解をしますと、つまりは「命より大切なものがあるんだ」ということを見つけることなのであります。


以前、福田という総理大臣が「人間の命は地球より重い」などと言っていましたが、人間の命は地球より重いのか、本当に?と、私はその言葉を聞いて疑問に思いましたし、今でもそう思っています。


自分の命よりも大事なものがある人にとって、人間の命が地球より重いかどうか、私には分かりません。
ただ、大事なものは命なのだ、まず一番先に自分の命なのだ、その次にいろいろなことを考えるべきなのだという話でしたら、それは結局、動物と一緒の発想ではないかと私は考えます。動物にとって一番大事なものは命です。
人間も動物ですから、とりあえず一番大事なのは命だと言うのかもしれませんが、自分が命をかけて何かをやるということは、つまり自分の命と引き換えにそれをやるということですから、それは「自分の命より大切なものがあるんだ」ということを、その人が納得しているということになります。


神風特別攻撃隊の人達には、自分の命より大切なものがあったのです。
それは、祖国だし、親だし、同胞だし…もし、そうでなければ特攻ということはできなかったわけです。
「命より大切なものが自分にはある」ということをいかに早く分からせるか。といいますか、そこは自分で探すべきものであり、親が答えを与える問いではないのですが、とにかく子供にこの問いの答えを探させることです。

そのためには、いろいろな事例に触れさせることです。
簡単に言うと、偉人伝をたくさん読ませて、誰のようになりたいかを考えるために勉強するのです。


偉人伝というのは、例によってGHQがみんなぶち壊してしまいました。
さすがに最近ではまともな偉人伝も出てきましたが、いかんせん、子供の親達が偉人伝をきちんと読んだことがないわけですから、子供に解説することすらできない状態です。


以上のことから、私達が子供を育てていく時には、その結果は孫までつながっているということ、逆に自分を中心とした立場から見れば、自分は父母の祖父母も含めて、孫は5代繋がった結果なのだということを、頭の中に入れているべきです。
ここまでが総論であります。


ところで、私自身はどう育ってきたのかということを少しお話します。
私は昭和19年に国民学校1年生になりました。
私の本懐は「戦死」なのですが、以前、ちょっとへそ曲がりな自衛官と話をしていた時に、その自衛官に「いざ、ことがある時には俺だって鉄砲を持って駆け付けるぞ」と言いましたら「いやいや、あなたは足手まといになるので、頼むから来ないでくれ」と言われました (笑)。


それでも私は「どう死ぬのか」ということが、男が持っている課題なのだと考えています。
そして女は「どう生きるか」ということが課題になると思っています。
男女それぞれが、そういった考えの答えのところまで行きつくためには、なんといっても「お母さん」にしっかりしていてもらわないと困るのです。


これは以前、ちょっと本に書いたこともあるのですが、私が母親の腹の中にいる時に、私の父親が粟粒結核という病気になりました。
普通の結核は、肺のリンパ腺が腫れてそこからだんだん広がっていくのですが、粟粒結核というのは、一気に全肺に広がる結核です。
それはほとんど死の宣告でありまして、私はもらわれていく先まで決まっていたのですが、運よく父親が生き返ったのです。
それでも、母親は父親の看病をしていまして、私を実際に育ててくれたのは祖母でした。


ですから、私のお母さんというのはおばあちゃんでして、そのおばあちゃんがちゃんと育ててくれたからまあ、よかったのですが、実母に対しては、実母が死ぬまで、何だか薄紙が一枚挟まったような関係でいきましたね。これはまあ、仕方のないことなんでしょうけれども…。
そのことについて、あれは高校の時だったのかな、「俺の本当の母親はお母さんではなく、おばあちゃんだ」なんてことをうっかり実母に口走ってしまって、実母を悲しませたことがありました。その時のことは今でも「失敗したなあ」と思っています。


まあ結局、3歳まで育ててくれた人が自分にとっての母親になるわけです。
大岡越前にも出てきましたね。育ての親と生みの親がお白洲に出て来て、真ん中に子供を置いて、腕を引っ張って、引っ張り勝った方が親だと言ったら、育ての親が「とてもかわいそうで引っ張れない」と諦めました。
それで、引っ張れなかった方が本当の母親なのだとした大岡裁きの話がありますが、これはまさに、母子関係の理論の話に立脚した裁定です。
少し前置きが長くなりましたが、ここからは母子関係の中身についてお話したいと思います。


***************************************

先生のお話は、まだまだ続きますが
本日はここまでといたします^^

次回の(2)はこちらから読めます。