2016年02月17日

愛と気合で選ぶ

こんばんはー!
皆様、体調はいかがですか?

私は昨日風邪をひきそうになりましたが、
アツアツの湯たんぽを布団に入れてたくさん寝たら
今朝はまた、すっかり元気になりました。
冷えは万病のもと!ですので、
いつでも暖かくして過ごしましょう\(^o^)/

冷え対策としては、白湯をたくさん飲むのもよいようです。
私は今年の冬、白湯を積極的に飲んでいるのですが
そのおかげか、今年は例年よりずっと元気でよい感じですし
冷えにくくて温かい体感をキープできています♪

まあ、健康の話はこのぐらいにしておきまして(笑)、今日は
先日会ったお友達から聞いた素敵なお話をシェアします^^

まず、1人目のお友達はアロエちゃん(仮)。
アロエちゃんは、大の浅田真央ちゃんファンなのですが、
そのアロエちゃんが、真央ちゃんの出る試合を
見に行ったときのことです。

本番前の最後の練習で選手達が出てきて、調整をしていたとき
真央ちゃんが2回ルッツに挑戦して、2回とも飛べなかったそうです。
そのとき、アロエちゃんの周りにいた真央ちゃんファンの人達は
思わず「ああ〜〜」と、悲しそうな声をあげたそうですが
そこでハッと気づいたアロエちゃんが一人、とっさに大きな声で

「真央ちゃーーん、大丈夫だよーー!!!!!」

と、真央ちゃんに向けて声援を送ったそうです。

アロエちゃんの周りにいた人達は一瞬びっくりしたものの、そこから
「そうだそうだ、大丈夫だ!」という雰囲気に切り替わったようで…*^^*
そして真央ちゃんの耳にも、アロエちゃんの大きな声援が届いたのか、
その後の試合はばっちりジャンプを成功させていたそうです。

いいお話ですよね^^

アロエちゃんのその話を聞いていた私が、アロエちゃんに

はなうた
「さすがはアロエちゃんですね。素晴らしいです!
真央ちゃんの耳に絶対届いてましたよね、その声援」

と称賛の言葉を贈ったところ、

アロエ
「でも、『ああ〜』って言っちゃった人達の気持ちもすごく分かるんです。
私も、たとえばテレビでスポーツの試合とかを見ていたら、
ミスしたときは思わず『ああ〜』って言っちゃいますし…

それに、日本人は、人の気持ちに一生懸命共感しようとするから
応援している人が失敗したときには思わず
『ああ〜』って言っちゃいやすいかもしれないなあって」


とコメントしていていました。
いろんな人の気持ちに思いを馳せることのできる、
心の広いアロエちゃんに、私は内心で深く感動していました((((`・ω・´))))

かくして、みんなの気持ちも分かりつつ、
真央ちゃんをしっかり見ていたアロエちゃんは
「観客が『ああ〜』って言っただけだと、
このがっかりした感じが
真央ちゃんに伝わってしまう!
こりゃイカン!」
と即座に判断して
「真央ちゃん、大丈夫!!」とエールを送ったということでした。

ほんと、素敵ですよね!

あの、自称・内気(笑)なアロエちゃんが…(笑)(笑)
いや、内気じゃないと思いますよ。
十分に、人並み外れた勇気があると思います。

それでもアロエちゃんは、自分のことを
いやいや私はホントに内気ですから〜と首を振るかもしれませんが、

アロエちゃんが真央ちゃんを思う心の強さや温かさが、
周りの人達がまとっていた空気をパッと入れ替えた。

そして、もしかしたらアロエちゃんの大きな声援は
真央ちゃんの心の切り替えも、スッと後押ししたのかもしれない。

それって、本当に素晴らしいことだし、
それこそが愛の力だな!と私は思ったのでした(*´ω`)
かっこいいよ、アロエちゃん!

そして、私自身も、もし好きな選手を応援しに行く機会があったら
どんなときでも選手の力になるような、
アロエちゃんみたいな気合と愛で応援したいとも思いました!


さて、もう1個のよいお話は、おーちゃんから聞いたお話です。

純粋な愛国者であるおーちゃんは、旗日(祝日)になると
ご自宅の前に国旗を掲げています。

おーちゃんの家の周りでは、旗日に国旗を掲げているお家は
まったく見当たらなかったそうですが、それでもおーちゃんは

「自分が国旗を掲げたいから、掲げる。それでいいんだ」


と思って、旗日のたびに国旗を掲揚していたそうです。

そうしたら、なんと先日の紀元節(建国記念日)に!
おーちゃんのご近所のお宅が、
とても立派な国旗を掲げていたそうです。

今までその界隈では、旗日にはおーちゃんのお家でしか
日の丸が翻ってなかったのに、
その日は、日の丸がはためくお家が2軒に増えたのです。

おーちゃんは、うれしくてうれしくて、
興奮しながらご家族に、そのご近所に国旗のお話をしたそうです。

と、この文章を打っている私の目からなぜか涙が…ぐすぐす…

だってねえ、そんなの、嬉しいに決まってるじゃないですか。
その話をしてくれたときの、おーちゃんの
ピカッと光る笑顔を思い出すと、
なんだかますますじーんと来て、泣けてきます。

「今から自分がやろうとしていることは、
もしかしたら、誰も分かってくれないかもしれない。

それでも、自分はどうしてもやりたい。
自分がやりたいと思うんだから、やるんだ、やろう」


そう思って、何かを始めたことがある人には
きっと共感してもらえると思います。

誰かが分かってくれても、そうでなくても、
どうしてもやりたいことだから、やってきた、そのことを
誰かが分かってくれたら、それは、
ものすごく嬉しいんだ!ということを。

日々、いろんなことがあり、
その中には、腹の立つことも悲しいこともあります。
それでも、腹の立つことや悲しいことを受け止めた後はどうするか、
どんな気持ちや行動を選んで、どう生きていくのか、その選択は自由。
何を選ぶかは、完全に私達の自由です。

いつだって愛と気合で、自分が一番やりたいことを選び続けて
自分が一番自分らしくいられる今をつくっていきたいなあ、と
二人のお話を振り返って、改めて思ったのでした。

love is in the air.

自分が「見よう!」と心に決めさえすれば、全ての中に
愛があふれているのが見えるはずなのでござるよ。にんにん。




















posted by はなうた at 20:08| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月15日

コメント欄や検索欄を見て思ったこと

ハッピーさん、狸っぽい猫さん、
朝倉さやちゃんの歌のよさに一緒に共感してくれて
嬉しかったです!ありがとう\(^o^)/♪

カラフルなハンモックの中で歌っているのは、
「緊張と弛緩の中で自由に遊ぶ才能」を象徴しているような気がして、
「なんかいいなあ*^^*」と思いました。


話は変わりますが、先日、当ブログの検索ワードで
「人を許す方法」で検索していた方がいらしたようですが、
そのテーマにリンクする記事をあっちのブログの記事に書きましたので
よかったら読んでみてください。

以上!アディオス☆


posted by はなうた at 22:36| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

(三)「くにうみ」に思うこと(1)

皆様、ごきげんよう。

2月いっぱいまでかかると思っていた「くにうみ」の翻訳でしたが
とりあえず、動画だけですが
紀元節(建国記念日)までに公開できることになりました^^
よかったです〜!

だって、日本という国が生まれた大切な日だからこそ
「国生み」の話をしたいなあと思ったのです\(^o^)/

我が国の国土が、どのように生まれたのか…
そして私達の暮らしの中に、どれだけ神様が満ち満ちているのか…

そういうことを紀元節のこの日に、
皆さんとひしひしと感じたいなあ!と夢見ながら
自分なりに現代語に訳してみました。

解説文は、後日また改めてアップします。
遅くとも今月中には公開したいと考えています^^



あまたの解釈の一つとして、お楽しみいただけましたら幸いです。

最後に、明日は紀元節(建国記念日)です。
日本に生まれてよかったですね^^
これから先、「日本に生まれてよかった」と感じる経験を
私達はますます多く、重ねていくことと思います。
日本人としての人生を、ご一緒に謳歌しましょう。
すめらぎ、いやさか!!!


以下、2月11日11:00 追記

**************

日本の国土に宿る「国魂(くにたま)」に思いを馳せる

さて、私が「くにうみ」のくだりでまず注目したい点は、
伊邪那岐と伊邪那美が生んだのは
「国土」そのものではなく
「国魂(くにたま、国土を成す神)」だった、ということです。

一般的な「くにうみ」のイメージですと、
伊邪那岐と伊邪那美はまず最初に淡路島を生んで、
そのあと大小の様々な日本の島を立て続けに生んでいった…
ということになっていると思います。

まあ、ざっくり言えば確かにその通りではありますが、
だからといって伊邪那美が、
お腹を痛めた可愛い我が子として

固形のゴツゴツした石っぽい島々(笑)を
生んだわけではないのです。


伊邪那岐と伊邪那美は、この「くにうみ」において
それぞれの島を成して営む「神様」を生んだわけです。

しかも、それぞれの神様にはちゃんと個性と名前があるのです。
そのことは、いち日本人としてぜひ心にとどめておきたいところですね^^

さて「くにうみ」の記述をよく読んでみると、
四国も九州も基本的な構造は同じです。
一柱の神が、四つの表情(性質)を表して成り立っていることが分かります。

四国の方は、四つの性質の内、
女性的な性質が二つ(愛媛と徳島)、
男性的な性質(香川と土佐)が二つ現れていますが、
九州の方は、四つの性質すべてが男性的なものであると書かれています。

ですから四国という島はきっと、
男性性と女性性のバランスがとれていて
和気あいあいとした賑やかな雰囲気なのかなあ、と思ったりしますし、
九州は、その隅々にまで雄々しくパワフルな個性が満ちているのかな、
などと想像したりしています*^^*

その一方で、本州はといいますと、あんなにも広いのに
その性質は「くにうみ」の記述では、ただ一つのようです。
「あまつみそらとよあきつけわね」という名前からは
男神であることが推察できますが、
私のイメージでは、本州を成すその神様は
落ち着きがあって聡明で、日本の中心部をしっかり支えている
国魂の中のリーダー的存在!という感じがしています^^

まあ、こんな風に、古事記の記述から
日本の性質についてイメージを膨らませるのは
とても楽しいものなのです。

さて、伊邪那岐と伊邪那美が「国魂」の末っ子として生んだ
「両兒嶋(ふたごのしま)」につきましては、
現在に至るまでどの島なのか
はっきりと特定されていないようです。

そこで、はなうた訳ではこの両兒嶋を「竹島」と訳してみました(笑)

「両兒嶋=竹島」という説は、ネットで検索しているときに知りました。
これは、いろいろな仮説のうちの一つに過ぎないのかもしれませんが、

 ・竹島が主に男島(西島)と女島(東島)から成っていること

 ・竹島の見た感じが、なんとなく双子っぽいこと

以上の2点からシンプルに考えて、
このたび個人的に「両兒嶋」に認定しました(笑)

竹島_R.jpg

こちら↑が竹島です。どうでしょうか?
双子だといわれると、なるほどそうかもなあ、という気がしませんか?
小さいながらも存在感がある、可愛い男女の双子だなあと感じます^^

さて、私の愛する大切な北海道が、
この「くにうみ」では登場していないのが
ちょっと寂しいところではありますが…

おそらく古事記がまとめられた時代には、北海道は、
古代日本人からは「日本」として認定されていなかったのかもしれません。

(とはいえ北海道からは、縄文式土器や土偶が出土していますし、
「古事記」と同時期にまとめられた「日本書記」には
「渡島(おしま?わたりしま)」という、
北海道を思わせる土地についての記述があったりしますので
古代日本人が北海道をまったく知らなかったということはないと思いますが)

ただ逆に考えれば、古事記の「くにうみ」に載っている島はその当時から
日本のものとして親しまれ、重視されていたということが分かります。

日本という国の黎明期に立ち会った人達が、
これらの島に関する神話を掘り起こして明文化することで

「これらの島は、神が生んでくれた、神宿る島だ!大切な島なのだ!

と、神々に対して畏敬と感謝の念をさらに深めたことは想像に難くありません。
そして、さらに!

「すべてのものには神が宿っており、
また、それぞれの神には個性が備わっている」という感覚は
縁あってこの日本に生まれてきた私達日本人の魂にとっては
自然と理解できますし、親しみを持てる考え方です。
しかしながらこの考え方は、決してグローバルスタンダードではありません。

特に、近代の欧米では「自然は人間がコントロールすべきもの」とされてきましたし、
モノは単なるモノとして見なし、そこにある心などは認めない考え方が採用されていました
(ただ最近では、日本的な考え方を認め、そこに憧れる傾向も出てきたようです)

モノをモノとしてしか見なければ、それは単なるモノでしかありません。
しかし、もしもモノの中に輝く神性を見出し、それを認めて大切にすれば
大切にされたモノは神性を発揮して輝き始めます。

私達が「これは在る」と認め、受け入れたものだけが
常に私達の目の前に立ち現れます。
この真実は、古事記の最初の物語から、繰り返し描かれています。

私達を育む日本の自然が、神々しいまでに美しく輝いていて
その輝きが多くの外国人を惹きつけてやまない理由は、
古代から日本人が、自然の中に「神」を見て感動し、讃え、
大切にしてきたことの動かぬ証だと私は考えています。

そして、そう考えますと、さまざまなものに対して
自然に神の宿りを感じ、
それを愛でることができる日本人の感性は
なんとも愛すべき、素晴らしい才能(ギフト)だと思うのです。




以下、2月15日21:00 追記

**************

「くらし」を支えるはたらきをする、日本創世記の神々

古事記では、国魂(国土を成す神々)が生まれたあとは
くらしを支える神々が生まれました。おおざっぱに言いますと、
まず生まれたのは、家を成して守る神々。
そして、水や風などの自然を成して営む神々。
それから、喜びや満足以外の新たな感情を司る神々。
最後には、物質的な豊かさに関わる神々です。

ここで改めて、伊邪那岐と伊邪那美がどのように神様を生んでいったのか?
その順番を書き出してみると、こんな感じになります。

国土(住む土地)、住む家、生きていくために必要な水、風、木、山、野…

もしも、自分が紙粘土で「おのごろ島」を作るとしたら、
やはりこれと同じような順番で、世界を形作っていく気がします。
そして、この順番で世界を作り上げていく場合、
その世界の主人公は
間違いなく「人間」、つまり私達だと考えます。

古事記の世界における人間とはつまり、
理想の世界の神様の命(いのち/みこと)を受け継ぐ大切な存在。
いわば神様の分け御霊です。

そんな「大事な我が子」である人間達が、
この「おのごろ島」で住みよく豊かに暮らせるように、
楽しみながら、いろいろなことを考えながら
伊邪那岐と伊邪那美は世界を作っていったのではないでしょうか。
そして、すべての環境をしっかりと整えた上で、
最後に人間を配したのではないでしょうか?^^

このような古事記の記述が、地球創生における実話であるかどうかは
今のところ、誰にも証明はできません。
それでも、ただ一つ確実に言えることがあります。それは、
私達の先祖である古代日本人が、創世記の神を
信頼し、感謝して慕っていたということです。

私達の世界を作った神は、怒れる恐ろしい神でもなければ、
気まぐれで冷たい神でもない。
愛情深くて世話好きで、豊かな智慧を持った親のような神なのだ、と
古代の日本人は信じていた。
だからこそ、このような国生みの神話が残っているのではないでしょうか。

そして、このことを言い換えるならば、私達日本人の中には、
感謝と喜びをもってこの世界を眺めていた
古代の日本人のDNAが受け継がれているのです。

他国の神話の多くが、厳しさや残酷さや不条理さをはらんでいる中で
日本の古事記が何となくほのぼのしていて、優しく感じられるのは
古代の日本人の「神様観」の土台が
信頼と感謝に根ざしているからかもしれません*^^*

ところで、「くにうみ」で生まれた、自然を成し営む神々の中では
水に関する神様がもっとも多く生まれています。
全部で11柱です。
(海の神、川の流れの神、海の流れの神、泡の夫婦神、水面の夫婦神、
水を分配する夫婦神、水の灌漑を管理する夫婦神)

それでは、水以外の自然の神様はどうなのかと言いますと、
風の神様が1柱、木の神様が1柱、
山の神様が1柱、野の神様が1柱、以上!であります(笑)
あれ?なんだかやけにざっくりしてませんか?(笑)
水の部署にはあんなに人員(神員?)が豊富なのに、
風や木や山や野の部署は1柱ずつで大丈夫ですのん?(´・ω・`)
という気がしてまいります。

ただ、これはおそらく古代の日本人が
水のはたらきを何よりも重視していたからなのでしょう。
水が生命を育み、維持していくはたらきに感動し、
水のはたらきの中に特別な「神」を見ていたからこそ
水に関する神がこんなにも多くなったのではないかな、と考えています。


さて、この「くにうみ」の解説は次の更新で終わりにする予定ですが、
次の更新部分こそが個人的にはクライマックス\(^o^)/です。
オカルトな話が大好きな私の色眼鏡(笑)から覗いた古事記の世界を、
オブラートに包むことなく(笑)ヘラヘラとご紹介していきたいと思います。
なお、次の更新は今月中には行う予定です。よろしくお願いしますm( )m





posted by はなうた at 21:00| Comment(0) | 生きるために読む『古事記』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月14日

「love is in the air」をどう訳すか

春の嵐が激しく吹き荒れる夜なので
今夜は耳栓をして寝ることに。

ところで昨日は、久し振りに会った人達から
いい話や楽しい話をいろいろ聞けた。
その温かい余韻にひたっているうちに、ふと
何年も前からずっと気になっていたフレーズ
「love is in the air」を自分なりに訳してみたくなり、
ぽくぽくちーん♪とひらめいたのでメモしておく。

love is in  the air

→すべてに愛があふれている

そもそも、すべてに愛があふれている状態こそが
本来のデフォルトなんだろうなーと思う今日この頃です。

それではみなさま、おやすみなさい。
私もみなさまもよく眠れて、さわやかに起きられますように。
ぱよぱよちーん♪



posted by はなうた at 23:38| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする